22.招待状
お茶会から数日後。エルミラからカトレイヤ侯爵家で開かれる夜会の招待状が届いた。
夕食後、今日もお茶をのんびり嗜んでいる大公に、参加してもいいか尋ねることにした。
「大公様。カトレイヤ家の夜会に招待されたのですが、参加してもいいでしょうか?」
「……それはいつのことだ?」
「一週間後です」
さすがに急すぎたかもしれない。普段なら夜会の招待は遅くても一カ月前に来ることが多い。だけど今回はエルミラと打ち解けたおかげで、本来なら招待する予定のなかった私に遅ればせながら招待状を送ってくれたのだ。
準備する期間は一週間もないので、新しいドレスを準備するのは難しいだろう。本来なら舞踏会や夜会などに、同じドレスで参加するのは貴族としての品位を疑われてしまう。けれど北部の夜会で顔見知りに会うことはほとんどないはずなので、この際ボタニーアから持ってきたドレスを着ても気づかれないはずだ。
そう思っていたのだけれど。
「そうか。その日までに仕事を終わらせよう」
「……もしかして、大公様も参加されるのですか?」
「もちろんだ。夜会などの社交の場にはなるべく一緒に参加する約束だろ?」
「そうですけど。北部の夜会に、第二皇子殿下が参加するとは思いませんが」
もとより大公と婚約したのは、公衆の面前で婚約宣言をしてしまった体面と、アルベルト様を牽制するためだった。
だから今回の夜会は、アルベルト様が参加するはずがないのと、急なお誘いなので一人で参加しようと考えていた。
私の言葉に大公の眉の間に皺が寄る。
「北部に来てから一度も社交の場に顔を出せていない。家臣の中には本当にオレが婚約したのか疑いの声を上げている者もいる」
私が城の中で過ごしている空間と、大公が仕事をしている場所は遠いので、騎士団の人間以外にまともに挨拶できていない。
「だから北部の連中に、オレの婚約者が誰なのか、そろそろお披露目しておくべきだ」
婚約者として、一緒に社交の場に出るのは願ってもないことなので、私に断る理由はなかった。
◇◆◇
ランデンス領からカトレイヤまでは、馬車で一日かかる。そのため途中の町で宿をとってから、カトレイヤ領に入った。
カトレイヤの街に着いたのは昼頃で、馬車に揺られて本日泊まる予定の宿に向かっていた。その道中、ふと窓の外に見えた看板に視線が吸い寄せられる。
「……スイーツ専門店、ピース」
「どうかしたのか?」
向かい合って座っている大公が、訝し気に私を見る。
「先日のお茶会で、このお店のスイーツが美味しいと、ロザリー嬢が言っていたのを思い出しまして」
「食べたいのか?」
「気になっているのですが、夜会の準備もありますし」
宿に着いたら夜会用のドレスに着替えなければいけないので、寄り道している時間はあまりない。
「まだ時間には余裕がある。少しぐらい寄り道しても構わないだろう」
「よろしいのですか?」
「ああ」
大公はそう言うと、御者に馬車を止めるように言う。
「せっかく城の外に出たのだからな、町のなかを見て歩くのも悪くはない」
「ありがとうございます、大公様」
お礼を言うと、大公はなぜか眉を顰めた。
――それにしても、不思議な光景ね。
ピースの店内は主に女性客でいっぱいだった。そのほとんどは庶民のなかでも裕福な暮らしをしている人々か、貴族の使用人、または下級貴族らしき人々だ。
私と大公は、ピースの飲食スペースで向かい合って座っていた。
大公は紅茶だけで、私はケーキをひとつ頼んだ。今夜は夜会があるので、あまり食べるとドレスが着られなくなってしまうから、迷ったけれどなんとかひとつに絞ったのだ。
頼んだのは、イチゴののったショートケーキだった。甘いけれどくどくなく、これなら何個でも食べられそうだ。
「美味しいか?」
「はい。大公様は、本当に何も食べられないのですか?」
「甘いものは好きではないからな」
だから眉を顰めているのだろうか?
店内はスイーツ専門店らしく、甘い匂いがそこここから漂っている。甘いものが好きな人間でも、胸やけがしそうなぐらい。
だからこそ、とても不思議な光景だった。
ランデンス大公がこの店の中にいることが。
大公の姿は店内でとても浮いていた。不愛想な面持ちで紅茶を飲んでいるのに加えて、闇を引き連れてきそうな漆黒の髪がその異様さを引き立てている。
店内にいる人間のほとんどが、ちらちらと大公を盗み見ているほどに。
「え、あれって、ランデンス大公?」
「なんでこんなところに。一緒の空間にいたら胸やけしそう」
顔を青ざめさせているのは、下級貴族の令嬢たちだった。さすがに北部の領主であるランデンス大公の姿を知っているのだろう。そそくさとケーキを買うと、店から出て行ってしまった。
ケーキも食べ終わったし、私たちもそろそろ店から出た方がいいかもしれない。
「あの、大公様、そろそろ」
「……ラウラ嬢」
「なんでしょうか?」
「オレの名前は、ゼブル・ランデンスだ」
「はい。存じています」
突然名乗って、どうしたのだろうか。
「……オレは、あなたの婚約者だろう?」
「そう、ですね」
彼がなにを言いたいのかわからずに灰色の瞳を見つめていると、大公は少し眉を顰めながら言った。
「そろそろ、名前で呼んだらどうなんだろうか? 婚約者なのだから」