21.続・お茶会
「ラウラ嬢、知っていますかしら? 今年の流行色は菫色らしいですわ。まあ、帝都出身ですし、知っていますわよね?」
「ええ、もちろんです。菫色は私の好きな色でもありますから」
ロザリーの質問に、私は頷く。
菫色は、皇太子殿下の婚約者――私の妹でもあるクララの色だ。
誰もが注目してきた皇太子殿下の婚約者がようやく決まった。過ぎ去りし未来でも菫色はその年の流行色だった。多くの令嬢が菫色のドレスやアクセサリーを身に着け、その年のドレスコードにもよく使われていた。
「先日ブティックで見つけた菫色のドレスを――」
ロザリーの話を、私はにこやかに聞いていた。
先ほどからロザリーは私に質問しながらも、自分の話ばかりしている。それに双子のジェニーとアミィーが楽しそうに相槌を打っていて、エルミラは静かに紅茶を飲んでいる。
流行に敏感な令嬢らしく、ロザリーの話す内容は常に流行のファッションやスイーツのお店の話ばかりだった。
本来ならお茶会の主催者である私がいろいろ話題を提供した方がいいのだろうけれど、私はまだ北部のことをあまり知らない。だから気づいたらロザリーに話題の主導権が渡っていた。
それでもこうして、北部の貴族令嬢が好むものをいろいろ聞けるのは楽しいと思っていたのだけれど。
「そういえば先日オープンした、【ピース】というスイーツのお店をご存知ですかしら?」
「ピース、ですか?」
聞いたことのないお店だ。
「カトレイヤにオープンしたお店ですのよ。帝都で有名なお店の支店らしいのに、知らないなんて驚きですわ」
クスクスと双子が笑う。
ボタニーアの領地は帝都のすぐそばにあるけれど、私はあまり領地から出たことがないから知らなかった。社交界デビュー前のクララも同じだろう。
でもそれは言い訳にしかならない。社交界で流行っていることを知らない令嬢というのはいい嘲笑の的だ。
ここで笑顔を消すことは、さらなる弱みに付け入られることになる。
だから私はにっこりと微笑んだ。
「まあ、あのピースが北部にまで出店してきたのですね。名前は聞いたことがあったのですが、領地にこもりっきりだったので知りませんでした。一度行ってみたいと思っていたのですが」
「……それでは、今度我が領地にいらっしゃいませんか?」
私の言葉にさらなる追撃を仕掛けようとしていたロザリーの口が閉まる。
それまで静かに紅茶を飲んだりケーキを味わったりしていたエルミラが口を開いたからだ。
助け舟なのかどうかわからなかったが、私はエルミラの話に乗ることにした。
「カトレイヤには一度行ってみたいと思っていたんです。あとで、大公様にお願いしてみます」
「それが良いでしょう。我が領地はいつでも、ラウラ嬢を歓迎しますよ」
静かに微笑むと、エルミラはまた無言でティーカップに口を付けた。その仕草はあまりにも上品で、ここにいる令嬢のなかでいちばん優雅だった。
気を取り直すように、ロザリーが口を開く。
「さすがエルミラ様ですわ。次期大公夫人と言われてきただけありますわ」
「……っ!」
大公の婚約者を前にして口にするには、あまりにもお粗末な言葉だ。しかも伯爵令嬢が公爵令嬢を侮辱するなんて。ここが舞踏会などの公の場だったら家の地位ごと蔑まれかねない。
ジェニーとアミィーの双子は顔を見合わせて出方を窺っている。
新しいケーキに手を伸ばしていたエルミラが、眉を顰めてロザリーを見た。
「周りが勝手にそう言っていただけです。ラウラ嬢に失礼ですよ」
ロザリーの顔が真っ赤に染まる。さすがに自分の発言の危うさに気づいたのだろう。
「……ごめんなさい」
「いえ、気にしていませんわ。私と大公様の婚約は、突然のことでしたから」
思ったよりも素直に謝罪をするロザリーに、少しクララの影が重なる。
その後のお茶会は、ロザリーが大人しくなった影響で静かに進んでいた。
それにしてもエルミラは、用意したスイーツをほとんど食べてしまっていた。もしかしたら甘いものが好きなのかもしれない。
お茶会がお開きになり、ロザリーとジェニーとアミィーが部屋から出ていく。
「あの、エルミラ嬢」
続いて出て行こうとしていたエルミラを呼び止め、私は顔を合わせた時から気になっていたことを訊ねた。
「もしかして、お兄様がいますか?」
「ええ。【青蘭騎士団】のカイル・カトレイヤはわたくしの兄です」
「まあ、やっぱり!」
凛としたエルミラと、柔らかい笑顔のカイルの雰囲気は違うものの、髪や瞳の色が同じだったからもしかしてと思って訊ねたのだが、当たりだったみたいだ。
私の表情を見て何かを悟ったのか、「あの人はまた……」とエルミラが呟いている。
「今度領地に伺う際は、カイル卿も誘ってみますね」
「それはやめた方がいいでしょう」
「え?」
「お兄様――カイル卿がカトレイヤに来たがるとは思いません」
カイル・カトレイヤ。
【青蘭騎士団】の副団長を務める彼は、カトレイヤ侯爵家の庶子として産まれた。カトレイヤ家の長男として育てられたが、カトレイヤ家を継がない代わりに騎士団に入団したという。
「だからカイル卿は、自分の姓を名乗りたがりません」
「そうだったのですね。私は、本当に何も知らなくって」
「知らないのも無理はありません。北部では有名な内緒話ですから」
エルミラはそう言って、どこか寂しそうに微笑んだ。