20.お茶会
ランデンス城に帰ってきた大公と一週間ぶり二回目の一緒の夕食は、会話もないまま進んでいた。
大公にお茶会のことを訊ねたいけれど、彼の食事のスピードは私よりも早く、すぐにでも食べ終えそうだ。話している時間がないかもしれない。そう思っていたのだけれど、大公は食べ終えても席から動く気配がなかった。
視線を感じて顔を上げると、大公と目が合う。じっと見られていたみたいだ。何か言いたそうでもある。
ボタニーア家では食事中の会話は少しぐらいしても怒られなかったけれど、大公は不愉快に思うかもしれない。
何とか食べ終えて顔を上げると、大公は食後のお茶に視線を落としていた。先ほど話しかけたそうにしていたのは気のせいだったのかもしれない。
「あの、大公様」
呼びかけに、鋭い灰色の瞳が私に向く。
「どうした?」
「ご相談があるのですか、いまよろしいですか」
「問題ない」
「サロンでお茶会を開きたいのですが……」
「お茶会、だと?」
大公の顔が険しくなる。怒らせてしまったのかもしれないと思ったが、彼は顎に手を当てながら呟いた。
「サロンはしばらく使っていないところだ。家具や調度品やらいろいろ替えなければいけなくなるが、一か月後ぐらいなら大丈夫だろう」
大公が戻ってくる前にサロンの様子は見たけれど、定期的に手入れをされているみたいで、おかしなところはなかったと思うのだけれど。
「私はいまのままでも構わないのですが」
「いや、あれは母上が揃えたものだ。ラウラ嬢はまだオレの婚約者という立場だが、結婚したらこの城の女主人にもなる。サロンの家具や調度品は、あなたの好きに揃えた方がいい。すぐに手配をしよう」
真剣な灰色の瞳は有無を言わさぬ迫力があり、私は頷くことしかできなかった。
◇◆◇
一か月後。
無事にお茶会が開かれることになったのは、八月の中旬ごろだった。
アリシアやエリックに手伝ってもらい、近隣領地の令嬢宛てに招待状を送ったら、四人参加してもらえることになった。その中にはエリックの妹のクロッカー嬢もいる。
他の領地からランデンス城に来るのには一番近くても半日近くかかるので、客間の用意も必要だった。そちらは使用人にお任せしたけれど、みんな快く引き受けてくれた。
サロンの内装は、大公に言われた通り、自分の好みに変更した。もともとシックな感じが奥ゆかしい装いも美しいと思っていたのだけれど、正直自分の好みではなかったのだ。だから大公の言葉に甘えて、自分好みに変えさせてもらった。
白い壁紙はそのままで、ちょうどバルコニーから差し込む光が心地いいので、それが引き立つように白や黄色、おとなしめの桃色の調度品を増やしてもらった。
二階にあるサロンにはバルコニーがある。私はお茶会のメンバーが揃うまでそこで待機していた。
バルコニーからは中庭が一望できる。だけど、カヒナ様の温室があるところは、高い木々に覆われていてよく見えない。なんだかそこだけ深い森の中に迷い込んだような異質な雰囲気がある。
帝都と比べて北部の夏は涼しい。優しい風を全身で感じていると、背後からアリシアが声を掛けてきた。
「お客様がお揃いのようです」
「ありがとう。すぐ行くわ」
サロンの中に戻り席で待っていると、一人の令嬢が入ってきた。
淡い紫色の長い髪をした、落ち着いた雰囲気の令嬢だ。
「初めまして、ボタニーア嬢。本日はお招きいただきありがとうございます。わたくしエルミラ・カトレイヤでございます。エルミラとお呼びください」
エルミラ・カトレイヤ。
カトレイヤ侯爵家の長女だ。カトレイヤ侯爵家と言えば、ランデンス大公が北部に来る前は、北部の実質的領主だった由緒正しい家系だ。
過ぎ去りし未来で舞踏会に参加した回数は少なかったものの、社交シーズンに姿を見かけたこともあった。あの頃より幾分か幼い姿をしているが、常に落ち着いていて上品な立ち姿はほとんど変わっていない。
それにしても彼女の姿を改めて見て思ったのだけれど、誰かに似ているような気がするのは気のせいだろうか。雰囲気は少し違うけれど。
「ようこそ、お待ちしておりました。ラウラ・ボタニーアです。私のことも、ラウラと呼んでください」
エルミラは長い睫毛を伏せるように頭を下げると、用意していた席に座った。私の向かい側の席だ。
続いて入ってきたのは、赤い髪を二つに結った、活発そうな令嬢だった。妹のクララと同じ歳ぐらいだろうか。
「ごきげんよう、ボタニーア嬢。あたしはクロッカー伯爵家のロザリーですわ」
ロザリー・クロッカー。
どこか高飛車な感じがするものの、優雅にスカートの裾を摘まんでお辞儀をする。
クロッカーということは、彼女はエリックの妹だろう。目元がとてもよく似ている。
「ロザリー嬢、よろしくお願いします」
私にはふんと鼻を鳴らすようにしながらも、ロザリーはエルミラに丁寧に挨拶をしてから、私の右側の席に着いた。
最後に入ってきたのは、金糸のような薄い金髪に、瓜二つの顔をした令嬢たちだった。
「ジェニー・アーニングです」
「アミィー・アーニングです」
前髪を右側で分けているジェニーと、前髪を左側で分けているアミィー。
アーニング子爵家の双子の令嬢だ。お人形みたいな見た目に、そっくりな顔をしている。
二人は並んで歩くと、私の左側の席に腰かけた。
「皆さん、今日はお茶会の招待に応じてくださって、ありがとうございます。改めて挨拶させていただきます。ラウラ・ボタニーアです」
そう挨拶をすると、エルミラは静かに頭を下げてくれた。
だけどロザリーと、ジェニーとアミィーの双子はどこかそっけない感じがする。特にロザリーの瞳からは、明確な敵意を感じる。
――歓迎されていないようね。
それもそのはず。私はまだ北部に来たばかりなんだから。北部の貴族は閉鎖的だと聞いたことがある。大公や騎士たち、それからランデンス城の使用人たちからは敵意を感じたことはなかったけれど。
お茶会はまだ始まったばかり。少しでも彼女たちと友好な関係を築いていかないと。