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19.地獄の訓練メニュー

 ランデンス城で過ごすようになってから一週間ほどが過ぎた頃。

 部屋で図書室から持ってきた本で読書をしていた時、外から騒ぎ声が聞こえてきた。


「何事かしら?」

「調べて参ります」


 私の呟きに、背後に控えていたアリシアが答えて歩きだそうとするのを慌てて呼び止める。


「私も行くわ」


 ランデンス城の門の辺りは青い服を着た騎士たちが集まっていた。

 アリシアがその騒ぎの中心と思われる人物たちを見て、眉を顰める。


「戻ってきたみたいですね」

「もしかして、大公様?」


 大公が戻ってくるのは明日だと伺っていたけど、一日早く到着したのだろうか。それにしてもアリシア、とても険しい顔をしているのだけれど。


「いいえ。騎士団所属のエリックとコーディです」


 エリックとコーディは【青蘭騎士団】の団員で、大公と一緒に帝都に行ったらしいけれど、とある事情からゲートを使わずに馬でランデンス城まで帰ってきたらしい。

 馬車だと半月近くかかるが、馬を走らせると早くて十日ほどで帝都からここまで来ることができる。それでも長い距離なのでとても苦労しただろう。


 どうして二人だけ馬で帰ってきたのだろうか。そう訊ねると、アリシアは表情を変えずに「罰です」と答えた。


「罰?」

「はい。帝都で馬鹿騒ぎをしたので、団長が罰を与えました」

「そう、厳しい方なのね」


 冷血な戦場の鬼と言われているだけあるかしら。


「いいえ、お嬢様。たしかに団長は厳しいですが、何もしていない人に罰をお与えになるような方ではありません。悪いのはあの二人なのです」


 アリシアの迫力に、私は頷いた。

 そうこうしていると、騎士団の中からエリックとコーディと思われる二人が、団員から背中を叩かれながらも出てきた。二人は私に気づくと一礼する。


「ラウラ・ボタニーアです」

「あれ、もしかして団長の婚約者になったっていう……」


 赤髪の騎士がまじまじと私を見てくる。

 その隣にいた新緑の髪の騎士が、そんな赤髪の騎士の背中を叩いた。


「おい、エリック、じろじろ見るのは失礼じゃないか。……ご挨拶が遅れて申し訳ないっす。僕は、グリーソン子爵家のコーディです」

「いった、人を叩くな。あ、俺はクロッカー伯爵家のエリックっす」


 新緑の髪の騎士がコーディで、炎のような赤髪の騎士がエリックというらしい。


「エリックとコーディというのね。よろしくね」


 お辞儀をして挨拶をすると、二人も胸に手を当てて敬礼した。



「ちなみにエリックは、私と一緒にラウラお嬢様の護衛を務めます」


 アリシアの嘆くような言葉に、エリックがまた一礼する。


「エリックは粗暴な男です。口が悪いですし、ラウラお嬢様に迷惑をかけてしまうでしょう。ですから何か困りごとがありましたら、遠慮なく私に仰ってください」

「おい、アリシア。さすがにそれは言い過ぎなんじゃねぇの?」

「言い過ぎ? どの口が言っているんだ? おまえは先日何をしたのか忘れたのか?  人前で魔法を使って、団長に迷惑をかけただろう」

「いや、あれはコーディのヤロウが」


 詰め寄るアリシアの言葉に、エリックが横にいるコーディをにらみつけるが、コーディは知らん顔でそっぽを向いている。もしかしたらこの三人は仲が悪いのかもしれない。

 三人の間に険悪な雰囲気が流れていて、私はどうしたらいいのかわからなかった。


 そんな私たちのところ、救世主のごとく新たな人物が現れる。


「あなたたちはこんなところでなにをしているんですか? ラウラお嬢様が困っているでしょう? 団長がいないと、こんなにも締まりがない騎士団なんですかねぇ。いまから特別訓練メニューを追加しますか?」


 【青蘭騎士団】副団長のカイルだ。紫色の柔らかい髪をしていて、いつもは表情も柔らかくどこか飄々とした人物のはずなのだけれど、いまは驚くほど怖い笑みを浮かべている。


「ふ、副団長。地獄の訓練メニューは勘弁してください」

「エリック、おまえのせいだぞ!」

「副団長。私はラウラお嬢様の護衛として、エリックを注意していただけです」


 特別訓練メニューというものがどういうものなのかはわからないけれど、怯えた表情の団員たちを見ると、とても怖ろしいものなのかもしれない。


 団員たちを見渡して、変わらぬ怖い笑みのまま、カイルは言った。


「じゃあ、みんな訓練をはじめようか」


 団員たちの悲鳴が、その場に響き渡った。



 それから一時間後――。


「も、申し訳、ありません、でした、お嬢、さま」

「アリシア、無理して喋らなくてもいいのよ」


 特別訓練メニューもとい地獄の訓練メニューを終えたあと、すぐさま私の元に駆けつけてきたアリシアは、いつもの真面目な表情が嘘かのように、ぜぇぜぇ肩で息をしている。


 訓練場を見渡せる位置で団員の訓練を見守っていたけれど、それは見事に酷い――いや、厳しい訓練だった。地獄の訓練メニューという言葉は相応しいほどに。

 その場で元気なのは訓練に参加していなかった私と、副団長のカイルしかいない。

 カイルは騎士団員たちを見渡して満足したように頷くと、私に向かって一礼をしてから城の中に戻って行ってしまった。大公の代わりにやっている仕事がまだ残っているらしい。



    ◇◆◇



 地獄の訓練メニューを目の当たりにした翌日。

 エリックが護衛として正式に挨拶をしてきた。


「よろしくね、エリック」

「はい。精一杯務めさせていただきます」


 口が悪いと聞いていたけれど、貴族だからかしっかりとした挨拶だった。アリシアはまだ不服そうだけれど、昨日のことが堪えたのかエリックに対して皮肉を口にすることはなかった。


 今日は大公が帰ってくる日だ。

 夕方には城に到着するらしいからそれまで何をしようか考えるも、読書以外思いつかない。

 過ぎ去りし未来で聖女として覚醒した後、慌ただしく過ごしていたので、余暇の使い方がいまいちわからないのだ。


 朝食を終えると、図書館で昼まで過ごした。

 実家にある書斎と違って、大公城の図書館は本の数も多い。どうやら先代の大公夫人が読書好きだったらしい。大公様も幼い頃はよく図書館で過ごされていたとか。


 そして昼食を終えてまた図書館に行こうかなと考えていると、エリックが遠慮がちに口を開いた。


「あの、また図書館に行くんすか?」

「ええ。ほかにやることもないから」

「お茶会とかはしないんですか?」

「お茶会?」


 過ぎ去りし未来でも、聖女の力を覚醒してからお茶会に参加したことはなかった。

 だから考えもしなかったのだけれど、貴族令嬢にとってのお茶会は小さな社交場でもある。


「お茶会。……そうね、した方がいいかしら?」

「俺の妹なんて、毎週のようにお茶会してるんすよ。貴族令嬢はお茶会好きだと思ってました」

「おい、エリック。ラウラ様に気安く話しかけるな」


 アリシアが厳しい目をエリックに向ける。私は大丈夫よ、と微笑んだ。


「そうね。ここにきて一週間も過ぎているから、お茶会を開いてもいいかもしれないわね。ランデンス城にも、サロンがあるわよね」

「はい。先代の大公夫人が亡くなられてから使われなくなりましたが、中庭が一望できるところにあります。後でご案内させていただきます」

「ありがとう、アリシア。お茶会を開いてもいいか、大公様が戻ってきたら聞いてみるわ」


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