18.夕食
ランデンス城に到着した、次の日。
私は城の中を案内してもらっていた。
昨日はランデンス城に着いたのが夕方だったということもあり、部屋に案内してもらった後、食事をすませて就寝することになった。夕食時、大公は仕事が忙しいからと姿を見せなかった。
ランデンス城はとにかく広い。すべてを案内しようとすれば二日は掛かるだろう。だからまずは主要なところを案内しますと、執事のジョンは言っていた。
私の後ろからは今朝護衛騎士として紹介されたアリシアがついてくる。実はもう一人私の護衛がいるらしいのだけれど、用があって城への到着が一週間ほど遅れているらしい。
食堂は昨日案内してもらったから、それ以外のところ――応接室や図書館、騎士の訓練場などを案内してもらった後、私たちは庭園に出た。
庭園は手入れはされているものの、皇宮ほどの華やかさはなく、ところどころ寂しそうに小さな花が咲いている。
「北部はあまり花が咲かないので見栄えは悪いのですが、それでもいつも庭師が手入れをしているんですよ。なにせ、カヒナ様がお花がお好きだったものですから」
「カヒナ様?」
「先々代の奥様のことです」
先々代の奥様というと、二代前の大公夫人――ルティーナ王国の王女だった方だ。
「そしてこの奥の方にはカヒナ様が特に気に入っていた温室があるのですが――」
ジョンがすこし言い淀む。
彼の指したところは庭園の奥の辺りなのだけれど、深い木が生い茂っていて先が見えない。まるで何かを隠しているかのようでもある。
「ここから先は、旦那様とカヒナ様以外立ち入り禁止となっております」
「――っ、カヒナ様は、まだご存命なの?」
五十年ほど前、嫁いできたルティーナ王国の王女は、当時二十歳だったといわれている。ということは現在は少なくとも七十歳は越えているはずだ。
「はい。五十年ほど前――当時私はまだ執事見習の若造でしたが、カヒナ様のことはよく憶えています。白銀のような銀髪で、それはそれはとても美しい方でした。――ですが、戦争が起こってからカヒナ様の立場は危うくなりました。それ以来ずっとランデンス城でも隠れて過ごされていたのです」
カヒナ様は一部の信用できる使用人しか傍に寄せ付けなく、ほとんど寝室か温室で隠れるように過ごしていたらしい。
だから彼女の存在を知っている者が少しずつ減っていき、いつのまにか先々代大公と同じころに亡くなったと噂されるようになったそうだ。
「先々代の大公様がお亡くなりになった後、カヒナ様は病を患ってしまい、ほとんど寝室で過ごされるようになりました。だからこそ、ますますそんな噂が出回ったのでしょうね」
大公家はその噂を否定しなかった。もちろん肯定もしていないけれど。
現在このランデンス城でカヒナ様が生きていることを知っている人は限られているらしい。
「それを、私に話しても大丈夫なの?」
「ええ。お嬢様は、未来の大公夫人ですから」
問題ないと思いますよ、とジョンは顔の皺で柔らかい笑みを浮かべた。
◇◆◇
その日の夕食、私は食堂で大公と一緒に食事をしていた。
最後のひと口を食べ終えると、それを待っていたかのように話しかけられた。
「明日から一週間ほど国境の見回りに行くため、城を空ける」
隣国とはいつ戦争が起きてもおかしくない状態だ。小競り合いはよくあるけれど、戦争となると両国とも備えが必要になるためそう頻繁には行えない。
だけどここ数年はおとなしかった隣国が、先日私たちが乗っている馬車を襲ってきた。
だから相手を牽制するためにも、北部の領主でもあり、【青蘭騎士団】の団長であるランデンス大公が、定期的に国境に姿を見せることにしているらしい。
「食事の時間、寂しい思いをさせることになるかと思うが……」
「構いません。もとより、私生活には干渉しないと婚約の時に取り決めていますので」
「……家族は、一緒に食事をするものじゃないのか?」
大公の言葉に、私は驚いた顔をしてしまう。
「ま、まだ婚約者ですし。それに昨日の夜も、今日の朝食や昼食も、いらっしゃいませんでしたよね?」
「すまない、昨日は仕事でどうしても一緒に食事ができなかった。朝食は基本的に摂らないし、昼食は執務室で食べることが多いが、夕食は家族なら一緒に食べるのが当たり前だと思っていた」
「そ、そう、ですか」
そういえば昼食の時にジョンが「旦那様は執務室で食事を摂られます」と言っていたけれど、そういうことだったんだ。
敵兵の襲撃の後から、ランデンス大公は私とまともに顔を合わせようとしなかった。
「私はてっきり、避けられているのかと」
「…………避けてはいない、が。怖がらせるかと思ってな」
「怖がる?」
「戦争経験のない令嬢にとって、人の死は非日常的なものだろう?」
「そう、ですね」
言い淀んでしまう。私にとってほんの三週間ほど前までは日常的なものだった。敵の死も、助けられなかった仲間の死も。
だけど過去に戻ってきた私は、戦場を知らずに暮らしてきたただの公爵令嬢だ。
大公はそんな私が、血の付着した服や剣で怖がらないようにしてくれていたんだ。
「仕事が忙しくて毎日は無理かもしれないが、なるべく夕食は一緒に食べないか?」
鋭く冷たい灰色の瞳。その奥が不安で揺らいでいるように見えて、私は「わかりました」と頷いた。