17.ランデンス城
敵兵の襲撃の翌日、私はまた馬車に揺られていた。
馬車の中には私ともう一人乗っている。
【青蘭騎士団】の青い騎士服を着た、水色の髪を馬の尻尾のように一つに結んだ女性騎士だ。舞踏会の休憩室で、扉の前に立っていた騎士だった。
アリシア・ローレンス。
代々優秀な騎士を輩出している家系――ローレンス男爵家の長女だ。
アリシアは女性ながらも剣の才を受け継ぎ、自ら進んで【青蘭騎士団】に入団した。
それらの話を、馬車に揺られながら無言でいるのも気まずかったのでいろいろ質問をして教えてもらった。淡々と話しながらもところどころ早口で先祖の武勇伝を語るアリシアは、挨拶をした時のクールなイメージとは少し違っていた。
普段はクールに振る舞っているけれど、実は熱い心を持った女性なのかもしれない。
昨日大公と一緒にいるときは話す隙すら見つけられなかったけれど、女性同士だからか少し気まずさが和らいでいた。
アリシアはいまも熱く語っている。その私の視線に気づいたのだろう、ハッとすると口元を手で隠す。
「私の話ばかりしてしまって、申し訳ありません。ただの護衛なのに」
「いいのよ。もっと話が聞きたいわ」
アリシアは、護衛として大公の代わりに馬車に一緒に乗ってくれている。
「いいえ、ラウラお嬢様。道中何があるかわかりませんからね、ちゃんと周囲を警戒しないと」
そう言うと、アリシアはすっかり騎士の顔になってしまった。
もう少し彼女の話を聞いていたかったのだけれど、これ以上は難しそうだ。
しばらく無言のまま馬車は動いていた。だけど突然馬車が止まり、険しい顔でアリシアが馬車の外を睨みつける。
遠くから獣の唸り声のようなものが聞こえてきた。
「魔物の襲撃だ! 二人とも、外に出るなよ!」
馬車の外から怒鳴るような大公の声。
アリシアが馬車の窓から外を眺める。
「ホワイトウルフみたいですね。群れで行動するので数は多いですが、個の能力は秀でているわけではないので、すぐ討伐できますよ」
「――ここは、魔物が多いのね」
北部――特にランデンス領の辺りはいまもまだ魔物が多いと聞いたことがある。実際、過ぎ去りし未来の戦争でも、魔物の脅威にさらされていた。
「はい。もうすぐランデンス領に入りますし、特に魔物は人の血の味を覚えると、人が多いところを狙ってきます。町は結界があるのでよほどのことがない限り無事ですが、道中は危険が一杯なんです。でも馬車には、カイル副団長の結界が張ってあるから大丈夫ですよ」
答えながらもアリシアは警戒しているようだ。
しばらくしたら獣の唸り声が聞こえなくなった。討伐できたのだろうか。
馬車の扉がノックされて、大公の声が聞こえてくる。
「問題ないか?」
「はい」
「魔物は排除した。近くの町に泊まる」
「わかりました」
返事をすると、声は遠ざかって行った。今日は馬車に乗ってから大公の顔を見ていない。
◇◆◇
翌日、馬車に乗る前にもうすでにランデンス領に入っていることを知らされた。
今日も大公は馬車に乗らずに、代わりにアリシアが同席している。
一昨日は敵兵の襲撃、昨日は魔物の襲撃と続いたものだから、もしかして今日は盗賊の襲撃? と身構えていたけれど、さすがに現れなかった。
「ランデンス城まではもうすぐですよ。城の周りにも結界が張ってありますから、中は安全です」
馬車の窓から外を眺めると、深い森の合間に、白い建物が見えてきた。皇族が暮らす皇城ほどの大きさはないが、ボタニーア邸よりはるかに大きな建物だ。
ランデンス領は、もともと小さな王国があったところだ。帝国の支配下にあった小国だったが、魔物の脅威に勝てずに衰退してしまった。
ランデンス城はその時の名残だ。
一時間もしない内にランデンス城の門が見えてきた。
馬車が近づくと門が開き、広い中庭を抜けると、城の前に馬車が止まった。
馬車の扉が外から開けられて、大公が私が降りてくるのを待っている。
彼の手を取り馬車を降りると、そこには多くの使用人が並んでいた。大公を出迎えるために待っていたのだろう。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
使用人の中から一人の老執事が進み出てきて、大公に向かってお辞儀をする。
「変わりはないか?」
「ええ、城の周辺は特に異常はありませんでした。それからお嬢様のお部屋の準備も整えております」
「そうか。ラウラ嬢を部屋に案内してあげてくれ。オレは執務室に行く」
大公の言葉に頷き、老執事は続いて私に向かって恭しくお辞儀をする。
大公の腕から離れると、私も軽く頭を下げた。
「ようこそおいでくださいました、お嬢様。私はこの城の執事長のジョンと申します」
「ラウラ・ボタニーアです。よろしくね、ジョン」
「長い旅でお疲れでしょう。すぐお寛ぎいただけるように、お部屋にご案内させていただきます」
「ありがとう」
私が腕から離れると、大公は城の中に歩いて行ってしまった。執務室に行ったのだろうか。一週間以上もランデンス領を空けていたのだ。仕事が溜まっているのかもしれない。