番外編 広場にて(ゼブル視点)
※三人称です
ゼブル・ランデンス大公がひまわり広場を訪れたのは、数人の部下が駄々をこねたからだった。
「団長ー。ひまわり見に行きたいんすけどー。北部では見れないじゃないですかー! 行かせてくーだーさーいー」
特に大きな声で喚いていたのは、入隊してまだ一年の新人――コーディだった。グリーソン子爵家の四男で、実家の稼業を継ぐこともないし、どうせなら戦果を挙げようと入隊した団員だが、訓練は真面目に受けるものの、それ以外だとこうして気安い態度をとってくる軽薄な男だ。
「うるせーな。ガキかよ」
その隣には彼と同じ時期に入隊した、クロッカー伯爵家次男のエリックもいる。幼い頃から剣を触るのが好きで、騎士団――それも、前線で多くの敵を斬りたいとか平気で口にする、粗暴で口の悪い男。コーディとはそりが合わないらしい。
【青蘭騎士団】の団員の多くが北部の生まれで、北部でひまわりはほとんど見かけることがない。
ソレーユ神の化身として大切にされているひまわりがほとんど咲かない北部は、不吉だとか言われて建国当時から蔑ろにされていた。
だが、それも大公がランデンスに赴くまでのことだ。いまでも水面下では差別が残っているものの、昔のように露骨に吹聴する貴族はいない。
スカーニャ帝国の人間にとって、ひまわりはとても大切にされているものなのだ。
だからこそ、ゼブルは皇帝への謁見が終わった後、空いた時間を使って広場に来ることにした。
ひまわりが咲き誇る広場は、見渡す限り多くのひまわりが咲き誇っている。
前を向いて堂々と胸を張るさまは、騎士としてとても望ましいものを感じる。
(たまにはいいものだな)
ゼブルに花を愛でる趣味はないが、たまに見る分にはいい。
だけどひまわりを見つめていると、その堂々とした佇まいに気圧されそうになる。
「うわッ! おまえ、こんなところで魔法つかうかー!?」
ひまわりを眺めていた背後で、コーディの声が上がった。
振り返るとエリックが魔法を使ったようだ。コーディの背後のひまわりが燃えている。
「なんだ?」
ゼブルの問いかけに、困ったように微笑みながら、傍に控えていた副団長のカイルが答える。
「いつもの喧嘩ですよ。本当にこんなところで魔法を使うなんて、まいります」
「うわぁ、炎がどんどん広がっていく……。って、団長たちも見てるだけじゃなくて助けてくださいよー。これじゃあエリックが放火魔になるっすよ?」
「もうなっていると思うんですけどねぇ」
めんどくさそうに溜息を吐きながら、カイルが動く。
燃えるひまわりから飛び火した炎が、多くのひまわりを燃やし始めていた。
それに気づいた人が、突然の炎に驚いて悲鳴を上げた。それを皮切りにして、周囲の人々が驚いて広場から逃げていく。炎に恐怖するのは獣も人もあまり変わらない。
ふと、ゼブルは眉を顰めた。
多くの人が慌てて広場から出て行こうとしているのに、一人だけ森に向かう白に近い桃色の髪の少女を見つけたからだ。
その少女の瞳からは、周囲の人間のように炎に対する怯えを感じない。どちらかというと、何か使命感に駆られているように見える。
「……カイル。ここは任せた。エリックとコーディには後で罰を与える」
「わかりました。……あれ、団長どこにいくんですか?」
「ちょっと用事を思い出してな。すぐ戻ってくる」
背後からの呼びかけに答えると、ゼブルは森の中に入って行った少女の後を追いかけた。覚悟を決めたような、彼女の瞳が気になったからだ。
◇
(まさかドラゴンがいるとはな。見たところまだ子供のようだが、助けた方がいいか?)
少女はドラゴンに近づこうとしていた。すると、次の瞬間ドラゴンの白銀の鱗に朱が差した。太陽を飲み込んだかのように真っ赤に燃えると、口から炎を吐きだした。
危機を感じたのか少女は先に避けていて無事だったみたいだ。
ゼブルは剣を握る。
(斬るか)
だがすぐに動きを止めた。
少女は息吹に怯えるどころか覚悟したような面持ちで、突然自分の腕を傷つけだした。
地面に血がしたたり落ちる。
(何をしているんだ?)
自分の体を傷つけた意味を考えながらも、ゼブルはいつでも彼女を助けられるように剣の柄に手を置いたままにする。いくらドラゴンに知性があれど、手負いの獣は非常に危険だ。
その時張りのある少女の声が、すこし離れたところにいるゼブルのところまで届いた。
「これをみて! ――私は、あなたを傷つけない」
彼女は毅然とした態度で、ホワイトドラゴンの子供と対峙している。
「私は、傷を治すことができるの!」
少女は自分で傷つけた傷に掌を当てると、そこがほのかに白く輝きだす。
(回復能力があるのか。だが、どうして自分の体を傷つけたんだ)
ゼブルの疑問の答えは、そのあと発した彼女の言葉ですぐに判明する。
「あなたの傷も、こうして治してあげる。だから、私が近づくのを、許してくれない?」
「……なるほどな」
少女の行動の意味は分かった。
彼女は自分の傷を治すことにより、自分に傷を治す力があるとドラゴンに告げたのだ。もしあのままドラゴンに近づいていたら、人間に傷をつけられて混乱しているドラゴンをいたずらに刺激していただろう。
彼女の行動は感心できる。だが、あまりにも無謀すぎる。
剣を握ったまま、ゼブルは彼女の成り行きを見守ることにした。
◇
少女を追いかけて森の中に入ってからかなりの時間が経過した。
明るかった空には陰りが混ざり、そろそろ夕焼けを連れてきそうだ。
ホワイトドラゴンの傷を癒していた彼女はそろそろ限界のようだった。傍から見ているだけでも、多くの魔力を消費しているのがわかる。あれ以上魔力を使ったら、彼女自身が危険すぎる。
「…………」
ドラゴンをじっと見つめる。距離はあるが、子供のドラゴンを威嚇するだけなら充分だろう。
殺気を帯びる視線に、ドラゴンが首を巡らせる。
突然動き出したドラゴンに戸惑う少女。
ホワイトドラゴンは翼を広げて飛び上がると、しばらく周囲を警戒した後、故郷の山脈に向かって飛び立った。
「力になれなくて、ごめんね」
少女はドラゴンに向かって威勢よく叫んでいたが、ドラゴンの姿が見えなくなると、とたん落ち込んだようにその場に座り込んだ。魔力の使いすぎで立っているのもやっとだったのだろう。
彼女は近くにある木にもたれかかると空を見上げる。
「……どうして、聖女の力が覚醒しないのかしら。もしかして――」
ぼんやりとした顔で何事か呟くと、すっかり力尽きたのか、その場で目を閉じてしまった。
「……」
ゼブルは少女に近づく。
着ているドレスはところどころ破けていて、足や腕には擦り傷もある。気を失った状態のまま放置していると、魔物の餌食になってしまうかもしれない。夜の森はそれほど危険だから。
「すまない」
少女を抱えると、ゼブルは森を抜けた。このまま町の医者の所に向かってもいいが、彼女はそこら辺の貴族には手が出せない高級感のある外出用のドレスを着ているので町医者に訝しがられるかもしれない。
迷っていると、広場がなにやら騒がしかった。
覗き見ると、騎士の身なりをした男が二人、誰かの名を呼びながら周囲を捜索している。その傍には、抱えている少女に似た貴族令嬢もいた。
「お嬢様ー」
「ラウラお嬢様、どこですか!!」
「お姉様、どこに行ってしまったの?」
(あの騎士の紋章は――それにさっき彼女が呟いていた言葉――)
しばらく逡巡すると、ゼブルは森の入口にある木に、抱えていた少女をもたれかからせる。
(下手に関わらない方がいいだろう)
自分と一緒にいるところを見られたら、公爵令嬢に迷惑をかけてしまうかもしれない。
その場を離れると、ひまわり広場の一角に集まっている【青蘭騎士団】の許に向かった。副団長のカイルが、ゼブルを見つけて慌てて近づいてくる。
「団長、長時間も何をしていたんですか? それにさっき、森から出てきていたような……」
「森の中から不穏な気配を感じたから、様子を見てきただけだ。特に何もなかった」
「そうですか。無事ならいいですけど、次からは私ぐらいには伝えてくださいよ」
「ああ。……ところで、三日後には舞踏会があったよな?」
「ええ、そうですけど。夏の祭典と皇太子の誕生日を祝う舞踏会だったと思いますよ。団長のところにも招待状が来ていたでしょう?」
答えながらも、カイルの目は訝し気だ。
いままで舞踏会なんて興味を示さなかったゼブルに、疑問を持っているのだろう。
「そうか。その舞踏会には、多くの貴族が参加するのか?」
「ええ。私たち北部の貴族も、ほぼ強制的に参加です。私のところは両親が参加するので、私は参加しませんが。――というか団長が参加しないのでしたらする意味はありませんからね」
「三日後か。……そうだな、たまには参加するのも悪くないか」
「ええ!?」
カイルが珍しく大きな声で驚く。
いままでゼブルはほとんどの皇宮舞踏会に参加してこなかった。皇帝からは何度も参加するように言われていたが、ランデンス領を長く不在にしたくなったのを言い訳に断ってきた。今回の舞踏会も、先ほど陛下に会った時にお祝いの言葉を述べて、舞踏会の参加は見送ると伝えておいた。
だが、たまには参加してみるのもいいだろう。
「……それに、少し気になることもあるからな」
それから三日後、ゼブル・ランデンス大公は皇宮舞踏会で思わぬ体験をすることになる――。
※お読みいただきありがとうございます。
次回の更新は、7月18日火曜日の予定です。2章開幕に向けて少しお時間を頂きます。