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14.旅立ち

 翌日、帝都にあるボタニーア邸にランデンス大公から婚約書が届いた。父は戸惑っていたけれど、私の意思を確認すると承諾してくれた。


 その翌々日、私はボタニーアの領地に戻っていた。

 ボタニーア領の邸宅の裏には、小さな丘があって、そこには細々とした小さな花々が咲き乱れている。

 その丘の中心に、先代の聖女――私の母のお墓があった。

 

 墓の前に手に持っていた花束を置くと、私は芝生に膝をつけて座った。


「久しぶり、お母様。――といっても、私は二度目の人生を生きているからそう思うだけで、本当はそこまで久しぶりではないのかも」


 一緒についてきていた護衛や使用人は丘の麓に待機してもらっている。

 ここにいるのは私一人だけだから、内緒話もし放題だ。


「二度目の人生なんて、そんなの話したって馬鹿げているって思われるかもしれないけれど、本当なのよ。私は本当に、六年先の未来から、過去に戻ってきたの」


 過去に戻ってすぐの時は、この状況は夢なんじゃないかと思った。


「でも、いくら抓っても体に痛みはあったし、眠っても私の姿は変わらなかった。だから、ああ、私は過去に戻ったんだ――って、そう思ったわ」


 あの黴臭くて息苦しい牢獄なんて嘘だったかのように。

 だけど確かに鼻の奥に厭な匂いを残して。


「もしかしたら未来の方が夢だったかもと思ったけど、それはないと思う。私は確かに聖女として、六年間過ごした。多くの傷や病を癒してきた――」


 でも、そこに自由はなかった。

 皇室騎士団に入団してからは常に忙しく動き回っていた。疫病が流行ったらそこに行って病を治し、戦争が始まったら戦場で多くの仲間の命を救ってきた。

 それが使命だと、信じて疑わなかった。


「お母様も言っていたもの。聖女として産まれたからには、自分のやるべきことをやるだけって。だから私も頑張ったのだけどね」


 婚約者に捨てられて、上の兄に裏切られて、私はそれに絶望して――。

 私はここから、逃げようとしている。


「そういえば、今回はあの広場で、聖女の力が覚醒しなかったの。だからもしかしたら私はもう聖女になれないかもしれない。もしクララが聖女だったら、お母様のような立派な聖女になれるかしら」


 聖女として慌ただしく過ごしながらも、いつも私たち兄妹に優しくしてくれた母に、私は憧れていた。

 母は、私が十歳の時に病で亡くなってしまったけれど――。


「ねえ、お母様。夢のような二度目の人生、自由に生きたいって言ったら、怒っちゃう?」


 聖女の力で不老不死にはなれない。

 だから墓の下で永遠の眠りについている母が答えてくれるわけがない。


 風が吹いて、私の髪を弄んだ。


 私は立ち上がると、母の墓に背を向ける。

 返事はなかった。だけど背中を押してくれているような、そんな感じがした。

 気のせいでもいい。そうであってほしい。

 そんな自分本位な解釈で、私はゆっくりと麓に下りて行った。



    ◇◆◇



 皇宮舞踏会から一週間後、私は帝都を旅立つことになった。


「お姉様、本当に行ってしまうんですか?」


 目をウルウルとさせながらも、皇太子の婚約者としての嗜みを忘れまいと抱き着くのを耐えているクララに、私は微笑みかける。


「今生の別れではないわ。だからまた会えるわよ」


 おそらくランデンス領に行ったら、ほとんどクララたちには会えなくなるだろう。

 ランデンス領はスカーニャ帝国の北端にあって、ここから馬車で移動するとなると半月近くかかってしまう。


「にしても早いね。婚姻までまだ二年もあるんだから、あと一年ぐらいここで過ごしたらいいのに」


 クララの後ろで、カルロスお兄様がぼやいている。


「大公様もお忙しい方ですから。彼の帰還に合わせて、旅立った方がいいと思ったんです」


 実際ランデンス大公はほとんど帝都に姿を現すことはない。

 今回はたまたま定期報告を兼ねて帝都に来ていただけで、普段はめったにランデンス領を離れることはないらしい。ひまわり広場にいたのは、普段ひまわりを目にすることのない部下たちがねだったからだそうだ。


 本来はすぐ帰還する予定だったのを、私との婚約の準備のために少し延期してくれた。


「あの、ところでユリウスお兄様は?」


 さっきからユリウスお兄様の姿が見えない。昨日までは帝都の邸にいたと思うのだけれど……。


「ああ、ユリウスなら今朝早くに出て行ったよ。旅に出るとか言いながらね。妹の門出ぐらい見送ってやればいいのに」


 カルロスお兄様が呆れ顔でため息を吐く。


「お姉様……」


 クララが近づいてきた。ぐっと堪えるような様子をしていたが、耐え切れなかったみたいで腰に抱き着いてくる。私はそっと彼女の頭を撫でた。


「またね、クララ。元気で、いい子にしているのよ」

「はい。お姉様もお元気で」

「さて、私もそろそろ行かないと。お父様、お兄様、クララのことをよろしくお願いします」


 私の言葉に、二人はしっかりと頷いた。カルロスお兄様はクララのことは大切にしているので、きっと大丈夫だろう。

 名残惜しそうにクララが離れて行く。


 私は三人に向かって礼をすると、邸の前に止められている馬車に向かった。


 馬車の前には、漆黒の髪に冷たい灰色の瞳の、ゼブル・ランデンス大公がいた。

 無言で差し出してきた手を取って馬車に乗る。私の後に大公も乗ると馬車が動き出した。


 馬車の窓から、邸宅の前で手を振るクララと、優しい眼差しで見送ってくれる父と兄がいる。

 どこか寂しさを覚えながらも、私はしばらく窓の外を眺めていた。


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