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13.帰り道

    ◇◆◇



「まったく、カルロスって、僕の扱い酷いよねぇ?」

「ユリウス、おまえどうしてラウラの傍にいなかったんだよ。庭園で何をしていた?」

「何してたって、殿下に庭園に異国の珍しい薬草があるから興味がないかって聞かれたからさぁ、つい」

「ついって、おまえさぁ」


 私がランデンス大公と休憩室に消えた後、カルロスお兄様は庭園でのんきに薬草を観察していたユリウスお兄様を連れ戻しに行ったらしい。


「それにしても、ねえ、ラウラ。本当に大公と婚約するの?」


 ユリウスお兄様の問いかけに私は頷く。


 あの後、私とランデンス大公は婚約の話を進めるにあたり、お互いに条件を出し合った。

 その結果、主に四つの取り決めが交わされた。


 その一、婚約が結ばれたらランデンス城で暮らすこと。

 その二、婚約期間は最大二年とする。その間、どちらかの気が変わったら婚約解消することができる。

 その三、できる限り公の場には二人揃って参加すること。

 その四、お互いの私生活には必要以上に干渉しない。

 


 まず一つ目のランデンス城で暮らすことというのは、スカーニャ帝国の貴族は婚約者は結婚までの一年間、花嫁修業を兼ねて嫁入り相手の家で暮らすことがある。だからはじめは婚約期間も一年でどうかと訊かれたが、私は二年でお願いしますと答えた。理由は、二年後に戦争が起こることと、その戦争で彼――ランデンス大公が亡くなってしまうことがわかっているからだ。


 二つ目の婚約解消はもしものため。私はアルベルト様から逃れられるのであれば、このまま婚約を継続をしてもいいけれど、大公の気が変わる可能性もあるから。あの後の話し合いでも、どうして大公が私と婚約を結ぼうと思ったのかは、よくわからなかった。私の記憶が確かなら、過ぎ去りし未来で大公は結婚どころか婚約者すらいなかったはずだ。


 三つ目については私たちが良好な関係だということを周囲に知らしめて、アルベルト様をけん制するために私からお願いした。といっても北部にいる限りと、ほとんど公の場――夜会や舞踏会などの社交の場に参加することはないだろうけれど念のためだ。


 四つ目の条件は、ランデンス大公からの申し出だった。二年後まで大きな戦争はないものの、ランデンス領は隣国の防衛だけではなく、魔物の脅威にもさらされている。魔物の討伐で家を空けてしまうことも多いので、一緒に過ごすことは不可能だということだった。


 これらの話は家族に内緒だけれど。


「明日に、公爵邸に婚約状を送ってくださるそうです」

「本当に婚約をするつもりなんだね……」


 私の言葉に、カルロスお兄様がわざとらしく溜息を吐いた。

 濃紺の瞳が私を射抜くように見る。思わず体が強張ってしまう。


「後悔はないかい? ランデンス領は隣国との国境も近いし、魔物も多い。とても危険なところだ。大公もいい噂を聞かない人だし」


 カルロスお兄様の言葉に、ユリウスお兄様がその端正な顔に影を落とす。


「確か人を殺すのを楽しんでいるとか。血を浴びるために紛争に参加しているとか? よく聞くよねぇ」

「ああ。血も涙もない男だよ。そんな男に大切な妹を嫁がせようなんて、まともな兄なら思わないよ。だけど」


 ふっ、とカルロスお兄様が表情を和らげる。

 その眼差しは妹を心配する兄のものだった。私が未来のことなんて何も知らなければ、その笑顔を見て安心できただろう。

 懐かしさと同時に、切なさが込み上げてくる。どうしてカルロスお兄様は、私を見捨てたのだろうか。


「ラウラがそう決めたのなら、俺たちは反対しないよ」

「そうそう。というか、ラウラが自分からそういう望みを口にするなんて、初めてのことじゃないか? 子供の頃と比べると、わがままも言わなくなったよね」


 ユリウスお兄様の言葉に、カルロスお兄様が頷く。


「そうだね。貴族の婚約なんて政略的なことが多いし、大公は皇位継承権こそないものの、皇族の血を引いている。そう考えれば、相応な相手だろう」

「うーんでもなぁ。妹には心から想う人と一緒になってほしかったからなぁ」

「はあ、ユリウス。貴族なんだからそんなの叶わないって知ってるだろ。というかおまえもフラフラしてないでさ、身を固めようとは思わないの?」

「えー。僕にはまだ早いよー」

「いやいや、妹が二人とも婚約するってのに、兄であるおまえがまだとかさ、おかしいだろ。誰でもいいなら紹介しようか?」

「えー、それはいいやー」


 カルロスお兄様が呆れたようにため息を吐く。

 そういえばカルロスお兄様が婚約したのもいまの時期だけど、ユリウスお兄様はどうだっただろうか? 

 聖女として、騎士団に所属してから慌ただしい日々を過ごしていた。だからユリウスお兄様が婚約したという話を耳にした覚えがない。たまにカルロスお兄様が愚痴をこぼしているのを聞いて相変わらずなんだなと思ったぐらいだ。


「それにしても、ラウラももう十六歳かぁ。ということは、今代の聖女はクララになるのかな?」

「ああ、そうだろうね。俺としてはラウラの方がよかったけど」

「え? どうして?」


 カルロスお兄様の言葉に、ユリウスお兄様が首を傾げる。


「いや、ラウラの方がしっかりしているからさ。クララは心配なんだよなぁ」

「そう。僕は聖女がどっちだったとしても、心配だけどね。だって――」


 ユリウスお兄様が目を伏せる。


「聖女だったら、騎士団に所属して戦場に行かないといけないんだよ? 聖女の力が妹たち――女性に受け継がれるものじゃなければ……僕だったらよかったのにって、そう考えるとねぇ」


 はっと、過ぎ去りし未来のことを思い出す。

 私が【聖女】だということを知った時、家族はみんな喜んでくれた。すごいと、これでこの帝国も安泰だと。

 だけど喝采する家族の中で、ユリウスお兄様だけがどこか苦しそうな顔していた。そして舞踏会が終わると、またどこかにふらっと旅立ってしまったのだ。


「まあ、俺たちが代われるものでもないし。それに騎士団には俺もいる。何かあったら兄として守ってやるからさ、別に大丈夫じゃない? というかユリウスも、剣の腕があるんだから騎士団に入団すれば? そうすれば父さんも――母さんも、安心すると思うんだけど」

「……うーん、でも僕はなぁ。まだ、やりたいことがあるからねぇ」


 ふふっと爽やかに笑うユリウスお兄様に、あきれ顔のカルロスお兄様。

 馬車の中にはあまりにも穏やかな時間が流れていた。まるで過ぎ去りし未来のことなんて存在しないかのように。


 いや、実際この二度目の人生では存在していないのだ。まだ先の出来事で、あるかどうかもわからない出来事で――。

 でも、もしこのまま私が聖女の力を覚醒して騎士団に入団したら――きっと、同じ未来が待っているだろう。


 その為にも、ランデンス大公との婚約は最善だろう。

 もし聖女の力を覚醒しても北の大地に居れば帝国中に知られることはないかもしれない。

 それに二年後にランデンス大公が戦死する未来を変えれば、四年にわたる戦争は早く終結して、犠牲者の数も減らせる可能性がある。


 だから、この婚約は最善なんだ。


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