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9.甘い考え

「魔力がとても少なくなっています。何かありましたか?」


 父の知り合いの回復魔法士が私の脈をとりながら問いかけてくる。


「あの日、広場で火災が遭った時に、傷ついている人を治療した時に消耗してしまったみたいです」


 治療したのは人ではなくドラゴンの子供だけれど、ここで正直に話すわけにはいかない。

 回復魔法士は私の言葉に頷くと、それ以上訊いてこなかった。


「ラウラさんは、もともと魔力量が少ないほうでしたからね。そういうこともあるでしょう。きちんと栄養のある物を食べて、きちんと休養すれば、二、三日で魔力は回復すると思いますよ。安静にしていてくださいね」

「ありがとうございます」


 回復魔法士の人がメイドに連れられて出て行くと、入れ替わりにクララが入ってきた。


「お姉様、どうでしたか?」

「二、三日で魔力は回復するって言われたわ」

「明後日の舞踏会はどうなるのでしょう?」

「もちろん行くわよ。その日はクララの晴れ舞台なのだから」


 三日後に皇宮で開かれる舞踏会は、規模の大きなものだ。建国記念祭と皇太子の誕生日を祝うための舞踏会なので、多くの貴族が参加するだろう。


 憂鬱な気持ちもあるけれど、魔力はまだでも明日には体力は動けるまでには回復しているはずだ。

 それに舞踏会はいいチャンスでもある。第二皇子に目を付けられる前に、私と婚約してくれる人を探すための絶好の社交場。


「まあ、それなら良かったです! お姉さまがいると心強いですから」


 いつもならぴょんぴょんと飛び跳ねるだろうに、さすがに皇太子の婚約者としてお披露目されるのを意識しているのか、クララは口に手を当てて微笑む。先ほど抱き着いてきた時とは大違いだ。


「あ、そういえば今回の舞踏会、ユリウスお兄様も参加するそうですよ? 珍しいですよね」

「貴族の行事なんて面倒といって、いつもサボっているユリウスお兄様が?」


 過ぎ去りし未来でも、ユリウスお兄様は舞踏会に参加していた。といっても挨拶を済ますと、すぐに中庭にある庭園に向かって行ってしまったのだけれど。皇宮の庭園に珍しい薬草があるからとかなんとか。


「カルロスお兄様も今回は騎士のお仕事がお休みらしいですよ。お姉様は誰にエスコートしてもらうのですか?」

「エスコート……」


 過ぎ去りし未来では、舞踏会にはカルロスお兄様と参加した。

 だけど今回は、とてもじゃないけれど、カルロスお兄様と一緒に参加するのは苦しくて無理だ。


「ユリウスお兄様に頼んでみようかしら」

「まあ、それがいいですわ! ユリウスお兄様とお姉さまが並びあったら、とても映えると思いますもの」


 コロコロと笑うクララを見ていると、いくらか苦しさを紛らわすことができた。



    ◇



 翌日になると、立って歩けるぐらいには回復していた。いまの私はもともと魔力の量が少ないということもあり、回復にはそんなに時間がかからないみたいだ。

 過ぎ去りし未来では、魔力を増強したり回復したりする薬を毎日のように服薬していたけれど、いまの私に必要ないもの。


 昼前になると、ユリウスお兄様が部屋を訪ねてきた。


「やあ、ちょっと散歩しないかい?」


 部屋着から着替えると、私はお兄様と一緒に庭に出た。

 別邸の庭にも、ひまわりの花が植えられている。

 ひまわりや夏のお花が咲き誇る中、私たちは庭にあるガゼボでお茶をすることにした。


「それにしても驚いたよ。まさかラウラが、僕と一緒に参加したいとはさ」


 舞踏会などのパーティーに参加するとき、私はほとんどカルロスお兄様にエスコートしてもらっていた。どうしてなのかというと、ユリウスお兄様はほとんど舞踏会に参加しないからだ。


「たまにはユリウスお兄様にエスコートをしてもらうかと思いまして。それに、ユリウスお兄様はほとんど舞踏会に参加されないではありませんか」

「はは、確かに」


 にっこりと笑顔を見せるユリウスお兄様は、夏のうららかな日差しの下、とてもはかなげな美しさを誇っている。もし何も知らない令嬢が彼を見たら、その姿に見惚れてしまうかもしれない。

 実際、その見た目の影響で、ユリウスお兄様には数多くの縁談が舞い込んでくる。だけど、お兄様は人よりも薬草にしか興味がなく、最初の顔合わせでほとんどの縁談が白紙になってしまう。

 いくらカルロスお兄様が公爵家を継ぐとはいえ、次男が職にも就かないであっちこっちフラフラしているのは外聞が悪いだろう。お父様もユリウスお兄様の将来について、頭を悩ませているところだ。


「お兄様も、そろそろ婚約者を探されたほうがいいですよ」

「僕はまだ自由で過ごしていたいからねぇ。……あれ、も、ということは、ラウラは今回の舞踏会で相手を探すつもりなのかい?」

「はい。私ももう十六ですもの」

「僕はてっきり、皇太子殿下と――いや、これは話さない方がいいな。クララが可哀想だ」


 ユリウスお兄様は言葉を濁すと、カップをソーサーに戻した。


「クララは皇太子殿下と上手くいくだろうか」

「……クララなら、大丈夫だと思います。たぶん、ですけれど」


 過ぎ去りし未来、二人の仲は特別悪くはなかったはずだ。少なくとも表向きは笑顔で語り合っていた。


「そうだね。僕もそう祈っているよ。――じゃあ、そろそろ戻ろうか」


 舞踏会はもう明日だ。

 いまの私に聖女の力はない。だから舞踏会で、アルベルト様に声を掛けられることはないだろう。


 そう悠長に構えていたからだろうか。

 それが甘い考えだということを、私は翌日の舞踏会で思い知ることになる。


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