ドライフルーツのヨーグルト漬け
登場人物
■要子
「遠園 要子」。
参道辺学院大学に通う20歳。元・籠の鳥。
■櫻子
「斑 櫻子」。
家事代行・ハウスキーパー派遣会社「ヘリオトロープ」で働く24歳。食べ歩キスト。
―黎和4年4月頃―
―とある街、とあるマンションの1室。
―共有スペースのリビング、要子、1人。20:45。
―がちゃり、と解錠の音。住人の櫻子が職場より帰宅。
櫻子:(廊下からの戸を開けつつ)
ただいま帰りましたァーー、と。
ふィーーーっ。
要子:
おかえりなさい、櫻子さん。
お疲れ様でした。
櫻子:
いやー、全然いつも通りで……。
要子さんこそ、おつかれさまでした。
要子:
いえ……、
でも今日は帰りの電車が混んでいて、ちょっと……、
櫻子:
座れなかったんです? うわー。
今日、何かだったのかな、
要子:
紫雲神社の春祭りが、確か昨日からで、
櫻子:
ああー、もうそんな時期か……、
で、帰りの客が多かったんだ、
要子:
立っているのは平気なんですけど、
櫻子:
混んでるってだけでシンドいですもんね、ホント。
っしゃ、着替え着替え、と……、
要子:
櫻子さんお食事は、
櫻子:
まだですねー、何か昨日の残りで適当に……。
要子さんは?
要子:
私は帰りに、お友達と。
ちょっとわたし、ドラッグストアに行って来ますね。
櫻子:
あー、気をつけて。
ん、洗剤ってまだあったかな……、
要子:
お台所の?
櫻子:(確認し)
あ、まだ新品で一本あるんで大丈夫か。
はいはい。
要子:
すぐ帰ってきますね、
櫻子さんが夕食を終えられたら、今朝の……、
櫻子:
ね。デザートで。
多分もう十分、柔らかくなってると思うんで。
要子:
うふふ。
1日、楽しみだったんですっ。
櫻子:
砂糖ブチ込んで食べましょ食べましょ。
あ、道、気をつけて。
要子:
はいっ。
では、行ってきます。
―櫻子はひらひらと手を振り。
―要子出発し、ドアが閉まり、施錠音。
―室内、櫻子1人。
櫻子:
…………今日も激カワか……。
疲れぶっ飛ぶわーーーー。
―しみじみとこぼし、着替えの為、自室へ。
―【間】
―櫻子は食事を終え、リビングのテーブルに二人、着席。
―卓上には無糖ヨーグルトのパックが2つと、ガラス製のサンデーグラス。
―そして、古式ゆかしき先割れスプーン。
櫻子:
さて、さて……、
要子:
はいっ。ふふ。
櫻子:
コッチがドライクランベリーとレーズン、
要子:
こちらが、ドライピーチとパイン。
櫻子:
を、漬け込んだプレーンヨーグルトになっておるワケですけども……、
で、実際1、2時間ぐらいでも全然柔らかくなるらしいんですけど、
要子:
水分が戻り過ぎてしまうという事は無いんでしょうか、
櫻子:
果物の元の状態より膨れるって事は無いんじゃないかな……、
大体3、4日は保つって書いてあるから、
要子:
食感もキープされるという事ですよね、順当に考えれば、
櫻子:
もろもろ込みで、第一号を食べてみればわかるかな。
よし、じゃ、開けますねーーー。
―手際よくパックに手をかけ。
要子:
あ、あの……、
櫻子:
ん、はいはい、
要子:
……、いえ……、
あ、取り分ける為のスプーン、出しますね。
櫻子:
あ、忘れてた。すいませんお願いしますー。
―戸棚より大ぶりのスプーンを取り出し、テーブルに戻る要子。
要子:
なんだか胸がドキドキしますね……、
櫻子:
マジですか、コレで?? 心臓 保ちますかねソレ……。
おし、では、御開帳ーーー。
びゃびゃァーーん。
要子:
うふふ……っ。
―パックの蓋が外され。
櫻子:
おおーー。なるほど……、
要子:
わあ……っ、
―ヨーグルトの白と、水分を吸い瑞々しく蘇った果肉の色彩が目に鮮やかである。
櫻子:
クックパッドとかで見るより美味しそうですねー。
ピチピチに戻ってる、ドライフルーツ。
要子:
本当……、艷やかで綺麗……。
櫻子:
高野豆腐的な感じかと思ってたわ……。アレは1回凍らせるけど。
コレ作り置きのレパートリーに入れよーかなー、簡単だし。
要子:
お仕事の?
櫻子:
そー、家によってはデザート日替わりで毎日4品、とか指定あって……、最近自分の中でマンネリ気味だなーと思ってたんで。
要子:
見た目も可愛いですよねっ、果物さんたちの、繊維組織や、細胞壁の断面の感じとか……、
櫻子:
さいぼうへきのだんめんのかんじを可愛がって貰えるかどうかはワカンナイですけど……。
とりあえず、ビジュは合格かなー。
要子:
後はお味の方が……、
櫻子:
やー、ねー、もう美味いですよねコレは、この時点で。
確かめるまでも無さげですけど、
要子:
うふふっ。確かめないと、肝心のわたしたちが食べられないですもんね……。
では、早速っ、
櫻子:(スプーンを手に取りつつ)
じゃ、取り分けますねー、よっと、
要子:
あ、
あのっ……!
櫻子:
ん??
―制止。静寂。
要子:
す、すみません、あの……、
櫻子:
大丈夫ですか? さっきからどうも、
要子:
ごめんなさい違うんですっ。
あ、あの…………、
て、手分けを、しませんか、という……、
櫻子:
手分け……、
要子:
すみません変な言い方になってしまって……、
つまり、ええと、そもそもわたしがモタついてしまって、テキパキと出来ないのがいけないと、思うんですが……、
櫻子:
要子さん、手遅くないですよ。
要子:
すみません、その、
もう、今は……、お手伝いのお仕事の方と、勤め先の家族の娘、という間柄ではなくなった事ですし、という……、
櫻子:(得心し)
ああー……。
そっか、ごめんなさい、私が……、
前の、最初の癖でつい、
要子:
いえ、
櫻子:
嫌ですもんね、大人同士で、何でも先回りしてやられたら。
悪い癖、です私の。昔から。
要子:
決して、嫌だなんて……、
わたしが、上手に距離というか、分担や、関係を築く事に不慣れだからです……、
櫻子:(優しげに笑み)
こんな半端な年上とルームシェアするコト自体珍しいんですから。
当たり前、ですよ不慣れで。誰でも。
要子:
……、すみません。
せっかくのデザートの時間に、
櫻子:
全然、全然。
さ、じゃ、私はこっちのパックを取り分けるんで。
要子さんは、
要子:
こちらを……、はい。
―両者手際よく取り分け、4脚のサンデーグラスに適量が盛り付けられる。ガラスと銀器の触れる、高い音。
要子:
……やっぱり、盛り付けも綺麗……、櫻子さん。
櫻子:
ま……、ね、ソコは一応、仕事の内なんで。
習ったようにやってるだけ、みたいな。
おーし、食べましょーっ、
要子:
はい……っ。
まずは、何もかけずそのままで……。
(手を合わせ)頂き、ます。
櫻子:(同じく手を合わせ)
頂きまーす。
―各々掬い、一口含み。酸味と、凝縮されたフルーツの甘みが混ざり、広がる。
要子:(感嘆)
……っ、ん……っ、
櫻子:(咀嚼しつつ)
んーー、あーーーナルホド。
確かにンマイわ、コレ……、
要子:
フルーツが独特の食感で、ムチムチしていて……、
生とも乾燥状態とも、違いますね……、
櫻子:
アレですね、砂糖の甘さはヨーグルの方に移ってて、程よく……、ちょーどイイ感じに、
要子:
お砂糖や蜂蜜をかけなくても、十分……、
櫻子:
イケますね、さっぱりと。
(卓上、端に置かれた蜂蜜のボトルに手を伸ばし)
ソコで敢えて私は、ちょびっと……、
要子:(気付き、すかさず)
あ、はいっ、櫻子さんっ。
蜂蜜、どうぞっ。
櫻子:(手渡され)
おっ? あっ、
ありがとうございます……、
要子:
ごめんなさい、何でも唐突で……。
あの……、今までたくさん、助けて頂いて来た分を、少しでも……、
櫻子:
あーーーーー、
イイですイイですそんなもう、寧ろ……、
気にし出したらキリないですし、私も気を付けるんで……、
要子:
それで、あのっ、
櫻子:
あっ、はい、
要子:
この機会に、どさくさに紛れて、という感じなんですが……、あの、
櫻子:
はい、
要子:
最初……、ルームシェアを初めてすぐの頃にも一度、申し出というか、提案をさせて頂いたんですが……、
櫻子:(察し)
あーー……、
口調、ですね私の。
要子:
あの……、はい、
櫻子:
敬語やめて、タメ口で、って。
……ソレねーー……、
要子:
櫻子さんの方が4つも先輩ですし、その……、
経緯は関係なく今は、大人と、大人のお付き合いだという事なら尚更……、
櫻子:(動揺を漏らし)
おっ、オトナとオトナのオツキアイ……っ!
要子:
私が敬語を使うのは当然だとして、
櫻子さんは、普通に、年下の方と話す時と同じように……、
櫻子:(取り直し)
んんーーーーっ。
まーー……、でもねーーーー……、
要子:
はい……、
櫻子:
……意外と、けっこー、ね……、
普通とか、無いですよあんま。実際。
要子:
…………、
櫻子:
相手の歳関係なく、敬語の人って全然いますし……、
だから距離あるかってーとそーでもない感じで、
要子:
それ、は……、
櫻子:
だから口調とかってよりは……、
慣れの、問題かなー、とか、とか。
私もそんなね、めっちゃフランクな方でもないんで……、
要子:
慣れ……。
…………もう、ここでこうして暮らし始めて、半年ほど、経ちましたが……、
櫻子:
ね、そー、ですよね。
早いわァ……。
要子:
わたしが……、自分からお願いして、櫻子さんを巻き込んだのに……、
櫻子:
あ、ソレね、
要子:
いつまで経ってもぎこちなくて。
きっと気まずい思いを……、
櫻子:(遮り)
ナイですナイです、ソレ全然。
私もちょうどタイミング良かったから乗ったんだし。
要子:
……、
櫻子:
……だし、まあ……、
なんというか……、
―卓上、程よく混ざり、艶めくデザートを見やり。
櫻子:
こう、なんか……、人間関係って……、
このヨーグルトみたいなモンじゃないスかね。
要子:
ヨーグルト……、
櫻子:
ドライフルーツ漬けてすぐはまだ硬くて、別々で。
でも1時間とか、1日とか置いといたら混ぜなくても、そのままでも結構、水分吸ったり、逆に甘み抜けたりして、トータルでイイ感じになってったり、とか……、
要子:
……、……、
櫻子:
浸透圧? とか……、ヌカ漬け的なシステムでこう……、
…………ちょっと何言ってるか分からなくなりましたケド、
要子:(誠実に)
いえ……。
いえ。
……そう……、
そう、なんですよね。本当は。
櫻子:(独り言)
なんでこんなん言ったんだろ自分……。
―暫し、思考の間。
要子:
……わたし……、勝手に、急ぎ過ぎてしまいました。
得意でもないのに、誰かと仲を深めるなんて事……。
櫻子:
得意な人の方が少ない、ですね。ホントは。
要子:
初めて、なんです、わたし。
ほとんど。
櫻子:
はじめて?
要子:
誰かと……、もっと親しくなりたい。
もっと、近くに、感じられるようになりたい、と……、
心から、思う事が。
櫻子:
……っ、
要子:(真摯に見詰め)
櫻子さんが、はじめてなんです。
―心臓を撃ち抜かれる、心象の音響。
櫻子:(内心、悶絶)
……………っっっっ!!!!
要子:
そう、思えた事への戸惑いもありますし……、
なんだか自分が不甲斐なくて。
今よりももっと、だなんて、やり方を知りもしないのに、階段を1段飛ばしで上がるような真似を……、
…………櫻子さん??
―俯き、手で顔を覆い、なにがしかの迸りを抑えている櫻子。
櫻子:(震える声が漏れ)
……っ、ぅ、っょスギぃっ……っ、
要子:(慌て)
大丈夫ですかっ??
急に、具合でも……っ、
櫻子:(顔を上げ)
いやっ!
……いや…………、
大丈夫、何でもないっス……、
要子:
でもその、お顔も赤いですし……、
櫻子:(顔を作り、断言)
アレルギーです、急激なっ。ヨーグルト食べたら治ります。
要子:
そ、そういうものですか……?
櫻子:(取り直し)
要子さん。
要子:
はっ、はいっ、
櫻子:
あのー……。
ともあれ、まあ。
要子さんの気持ちも、全然、わかるんです、けど。
要子:
……、
櫻子:
何ていうかこう……、
お互い、焦らず。
「こーじゃなきゃいけない」なんて事、ココには、無いんだし。
要子:
……、……、
櫻子:
……これからも……、
ヨーグルトと、レーズンとして。
ほどよく、よろしく……。
要子:
…………、
櫻子:(照れ混じりに)
とか言ったりなんかしちゃったりなんかして……。
―要子は黙考し、櫻子の言葉を、砂糖漬けの果実の如く咀嚼する。次第、表情が和らぎ。
要子:(嬉しげに)
……はいっ……。
こちら、こそ。
よろしく、お願い致します。
櫻子:
っさー、食べましょ食べましょっ。
要子さんも蜂蜜、かけますか。
要子:
……、
うふ、ふ。
わたしは……、
―春の花の笑みが咲き。
要子:
お砂糖で、いってみたいと思います。
―暗転。
―【終】
―【蛇足】
―side:Y
―後日。
―二人の暮らすマンションより、徒歩10数分。
―要子行きつけのとあるBAR。
―カウンターには、華奢で金髪の、女性店員。
店員:
ふぅーん……、じゃ結局、タメ口にはしてくれなかったんだ。
要子:
はい……、
でも、それだけが仲を深める道ではないと、今は。
店員:
なんでなのかなー……、
ボクも1回見たことあるケド、気さくそうなヒトだよね。
要子:
とても、本当に。
店員:
ホントはめちゃめちゃ人見知りとか??
距離詰め過ぎないようにしてるとかかな……、
要子:
そういう雰囲気でもないんですが……、
でもわたしが見る限りなので、どうにも、
店員:
ま、二人の暮らしの話なんだからヨウコが見る限りでイイんだけどさ。
家賃とかって、完全に折半?
要子:
そうですね、ソレは、最初に。
共用のものと個人のものとで、お財布を分けています。
店員:
じゃ、向こうが金銭的な面で負い目があるとかでもナイんだ。だったら……、
要子:
でも……、もう、あんまり。
気にし過ぎないことに、しようかなと……、
店員:
思えた?
要子:
はい……。
日々感じられるものの方を、大事にしないと、って。
店員:
そ。
……ま、イイ傾向、なんじゃナイ。
ボクが言えたコトでもないけどぉ。
で、何飲む?
要子:
あ、そうですね、今日は……、
―side:S
―二人の暮らすマンションより徒歩20数分。
―櫻子の勤め先の1つ、とある高級ハイツの1室。
―住人の青年「秀」と櫻子、両者、片手には缶のモスコ・ミュール。
秀:
ふぅうーーーん、なっかなかのキラーパス撃ってくんのねーー、お姫サマちゃん。
櫻子:
そォおおーーーーなんスよっ、ホントまじでっ!!
ヤッバいんスもーーーー………っ、ホントは全部わかってんじゃないかっつってっ、くゥうっっ!
秀:
悶えなさんな見苦しい……。
……でも実際さーー、
櫻子:
う、あ、はい、
秀:
何で敬語のままなワケ?
絶好のチャンスじゃないの? 距離縮める。
櫻子:
え……、いやーー、そこは……、
秀:
その子の言う方が正論なんじゃなーい? 半年でしょ、もう。
櫻子:
や、なんかその……、
……抑えが、利かなくなっちゃいそうで……、
秀:
ヤダ自制心ゼロ?? コワっ。
タメ語になったぐらいで……、
櫻子:
ちっ、ちがっ、違うんスっ!!
しんちょーにっ、慎重に行きたいんです私はっ!
せっかく今の関係は関係で、そこそこイイ感じになってきただけに……っ、
秀:
あんたソレさーー、
ぬるま湯に満足し始めたら、一生進めずに我慢する事になるわよ。
櫻子:
うェえっ……、ソレもヤだ……、
秀:
恋愛は植物と一緒。毎日水やるのも大事だけど、やり過ぎたら根っこが腐っちゃうんだから。
櫻子:
うヌおォどーーーしたらイイんスか秀さんっっっ!!
秀:
シラナイですし。ココはレズ向け相談所でもゲイバーでもないですし。
櫻子:
レズ向け相談所て何スかドコにあるんスかソレっ、あったら行きたいわもォおおーーっ。
秀:
ウザ……。
あーっ、有基早く帰って来ないかなーーっと。
あ、櫻子さんさァ、今度、ウチでも作っといてよ……、
その、ヨーグルトのドライフルーツのヤツっ。
―【終】