11 ヒロインの真実
王家所有の馬車はふかふかクッションで、腰が痛くならない。
内装も豪華で、高そうな生地のカーテン。窓枠もおしゃれ。
夢心地で、エミリアナは第一王子クロードの向かい側に座っている。
隣に座れるのは、婚約者だけ――そう言われて頬を膨ませると、困った顔をして笑うクロード。そんな顔も綺麗だな、と見惚れている。
もちろん、途中の宿での部屋も別々。
お忍びとはいえ、王子であるクロードの所作は大変目立ったため、それぞれ部屋で適当なものを食べることにした。
小さな頃から従ってくれているんだ、とにこにこと紹介された従者の青年が、全て手配してくれる。
エミリアナは、きっとこれはゲームに出てこないけど、裏側で起こっていた出来事なのね! と自分を納得させ、小旅行を楽しんでいた。
「さあ、もうすぐジリー男爵領だね」
「はい。小さな村で、お恥ずかしいです」
「何を言う。君の育った場所だろう?」
「は……い」
育った場所。
「どんな思い出があるんだい? 教えてくれないか」
馬車の向かいの席で、にこにこと微笑むクロード。
「え」
「小さい頃、どこで遊んだとか、好きな食べ物はなんだったか、とか」
にこにこ。にこにこ。
「教えて欲しいのだ」
人形みたいに綺麗に上がった口角だなあ、とエミリアナはぼーっとクロードの整った顔を眺める。
「それとも、覚えていないのかい? いや、知らないのかな」
「っ」
――知らない? ここの娘なのに? そんなわけ……
「かわいそうに」
「かわいそう?」
眉尻を下げる第一王子は、そんな表情も麗しい。
ヒイィィィン。
「着きました!」
馬の嘶きと従者の声で、エミリアナの思考は止められ、
「さあ、行こうか」
クロードのエスコートに、素直に従うしか、できなかった。
◇ ◇ ◇
「ま、まさか殿下自らお出でになるとは!」
黒ひげをたくわえたジリー男爵が、ひたすら落ちてくる汗を白いハンカチで拭く、応接室。
壁際には狩猟が趣味という男爵が捕らえたであろう獣の剥製が並び、だいぶ脚色された家族の肖像画がある。
調度品には素材として金が多用されているため、窓から差す日の光を反射し――少し眩しいな、とクロードは眉をひそめた。
窓を背に座る男爵の向かいにクロード、その隣の小さな椅子にエミリアナが座らされている。テーブルのお茶に、口をつける気にはならなかった――クロードの知らない茶葉の匂いがするからだ。
「国宝を手渡すなんてこと、人に依頼できないからね」
クロードは手にある布袋を振って見せる。
中でかちゃかちゃ、と石同士のぶつかる音がしている。
「っっ」
「家業、とはなにか説明してもらえるかな?」
「は?」
「援助するからには、詳細を知りたいのは当然だろう?」
ジリー男爵は、ひたすら汗を拭っている。
それを、ぼう、と眺めるエミリアナに、いつものはつらつさは無い。
「それとも、強引にでもエミリアナに持って来させる気だったのかな」
「そ、んなことは……!」
クロードは、ソファの背もたれに背を預けて、足を組み直した。これ以上ない尊大な態度に、ジリー男爵は丸々と太った体を縮める。汗が止まらない。
ゆるやかな笑みを浮かべる第一王子から放たれる覇気が、これほどまでに恐ろしいものとは! と内心戦慄している。
穏やかで明るく、王妃にそっくりな優しい気質と聞いていたからだ。
――虎の子は、虎だった……
ジリー男爵は、歯ぎしりをする。
使い込んだ税金を補填するために良くない金を借り、その利子が膨らみ、首が回らなくなったところで持ち掛けられた話に乗っただけだ。
そう、言ってしまおうかという、その時。
「誤解ですわ、クロード様!」
急に、エミリアナが立ち上がった。
「誤解?」
「はい! 最近我が領では不作が続いておりましたの。ですから、豊穣をもたらすとされる国宝をお借りしたかった。それだけですわ!」
「なるほどね。馬車から見たところ畑は青々としていたけど、何が不作なのかな?」
「……」
エミリアナは押し黙り、ストンと落ちるように椅子に座る。まるで操り人形の糸が切れたかのように、表情すらも、失って。
「どうしたのかな? さすがに魔力切れかな?」
ジリー男爵が、ワナワナと唇を震わせている。
「な、なんのことやら……」
「枢機卿から、相談を受けていたんだよ」
「!」
「ショルスの様子がおかしいと」
「それが一体、なんなのです!」
「エミリアナが本当に好きなのは、私ではない。ショルスだ――なのに、こんな酷いことをするなんてね」
「なんのお話ですかな!」
ガタガタと、エミリアナが震え出した。
「もう、諦めなよ」
「っ!」
ガシャン!
動揺して思わず立ち上がった男爵の膝がテーブルに当たり、ティーカップが派手な音を立てた。
その音を合図に――
「え? あ、私……」
パチパチと目を何度か瞬きして、エミリアナは再び動き出した。
「あ! クロード様? あれ? こんなのシナリオにあったかな?」
「エミリアナ。出ておいで」
「え?」
「もう、良いよ」
薄桃色のふわふわとした髪の毛、翠色の潤んだ瞳のヒロイン、エミリアナ・ジリー。
彼女は。
「私が、誰にも貴女を傷つけさせないよ」
ドタドタ、ドタドタ……
にわかに、騒がしい音が近づいてきた。
「殿下! 危険です、お下がりください!」
「殿下っ」
文字通り部屋に飛び込んできた、アレクサンドラとラウリ。ラウリが咄嗟にクロードの二の腕を引き、ソファから起こして背後に庇う。
アレクサンドラが抜剣して眼前に大きく構えるや
「いやぁぁぁぁああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
エミリアナが、虚空を見上げて叫び出した。アレキサンドライトが、明滅している。
「魔力暴走だ――ラウリ、殿下を頼む」
「分かった」
わたわたと出て行こうとするジリー男爵の、頬スレスレにナイフを放ち、その動きを止めた――男爵は、自身の前髪が何本か宙に舞ったその鋭さに、腰を抜かして床にへたり込む。
やがて、全知全能が発動されたのが、ラウリにも分かった。
部屋中を満たす魔力。何色ともいいがたい光の奔流。眼前で『奇跡』が起こっている――アレクサンドラは、初めてアレキサンドライトを使ったにもかかわらず――全てを見通し、知り、行使している。
「転生者の特殊スキル、ドッペルゲンガー。本物のエミリアナは、ストーカーの方だ。そうだろう?」
アレクサンドラの冷たい声に応えるかのように、ゆうらり、とその存在が徐々に現われる。
頬も、首も――肌という肌が傷だらけの、黒髪で骨ぎすの少女が、幽霊のようにエミリアナの背後に立っている。
「家畜のような扱いをして追い込んで、覚醒させたのか。悪魔の所業だな」
ショルスに生き霊を飛ばしてしまったのは、オリジナルの存在の、悲鳴のようなもの。
「ジリー男爵。私も転生者だ」
「な!」
「国宝は、私と対でないと、無意味だよ」
剣の柄頭で、黄色く明滅するアレキサンドライト。きっと自分の目も同じように瞬いているに違いない――だがアレクサンドラは、止まらない。
「さあ、全てを明かせ」
剣を構えたまま、静かに、告げた。
お読み頂き、ありがとうございました!
本日の一殺:ジリー男爵の前髪
理由:動くな!




