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1 プロローグは、宰相から



「殿下、殿下! 何があったか、話してはいただけませんか?」


 豪奢な扉に口を付ける勢いで叫ぶのは、この王国の宰相である、ラウリ・ヴァーナネン。恐らく三十才前後と若く、その目を窺い知ることができないほどの分厚いレンズの眼鏡を掛けており、黒い髪の毛は常に寝癖でボサボサでひょろりとした背格好。そんな冴えない見た目とは裏腹に、その辣腕(らつわん)は王国内外に響き渡るほどの評判である。


「殿下のお力になりたいのです!」


 宰相自らが、扉に向かって呼びかけを続けているものの、残念ながら返事はない。


 十七歳になったばかりである、バルゲリー王国第一王子クロードが、王宮の自室に引きこもってから、丸四日が経っていた。


「皆が心配しておりますよ! せめて、お声をお聞かせください」


 叫ぶラウリの隣で、自身の豊かな胸の前で組んだ腕を、イライラとその人差し指でトントン叩いているのは

「ラウリ。押し入ろう」

 この王国唯一かつ初の()騎士である、アレックスことアレクサンドラ・シルヴェンだ。

 

 銀色でさらさらな長い髪と、強気さをそのまま映すかのような紫の涼やかな目で、開かない扉を睨んでいる。

 希少な鉱石であるアダマンタイトで作られた青鎧が彼女の目印であり、帯剣しているのは女性が扱うにはやや大きいのでは? とよく言われるサーベルだ。剣先は少しカーブしていて、凝った装飾の(つか)の先端にはサファイアが埋め込まれており、彼女が歩くたびにキラキラと青く光る。

 その握りの部分に、いつの間にか腕をほどいて手を掛けているのだから、ラウリは苦笑いするしかない。


「まあ、まあ。もう少しだけ。な?」

 

 本来ならば、ラウリは侯爵、アレクサンドラは男爵家令嬢であり、彼女の態度に問題があるとみなされてもおかしくはない。

 このような口の利き方は無礼だ、と眉を(ひそ)める者もいるが、ラウリはむしろ喜んでいた。

 

「学院で、何かあったのかもしれない」

 

 第一王子のクロードは、現在エッジワース学院へ通っている、学生だ。

 金髪碧眼で容姿端麗、物腰も柔らかで女子学生の人気も高い(ただし婚約者がいるので遠巻きらしいが)。

 成績も上の中程度で順調だったはずが、学院長であるエッジワース侯爵から「クロード殿下が登校していないのだが、何かあったのだろうか」と連絡をもらったのは、二日前。

 

 国王、王妃共に事情を聞こうとクロードの部屋を訪れたが、鍵がかかっていて返事もない。

 七歳の第二王子リュシアンがノックをすると、ようやく「放っておいてくれ」というか細い声が聞けた。その後学友たちが続けて訪れたものの、やはり出てこなかったそうだ。


 というわけで、公務中いきなり国王に呼び出され、何事かと思えば

「宰相。クロードをどうにかしろ。これは王命だ」

 だったラウリは、脱力するしかなかった。こんなことで『王命』使うなよ、と言いたいが、かろうじて我慢した自分を褒めてやりたい。



「くだらん。食事はしっかり取っているそうではないか」

 

 憮然(ぶぜん)と言い捨てるアレクサンドラに、ラウリは内心同意しているものの(深刻ならば食事も喉を通らないだろうが、もりもり食べている)

「本人的には大きなことを抱えているかもよ。勝手に判断するのは、早計じゃないかな」

 と(なだ)めてみる。


「……貴殿は、優しいな」

「えっ!? そ、そうか?」


 このアレクサンドラは、誰に対しても常時冷たい態度なのだが、時折ラウリにだけはこうして無意識に、心の臓を止まらせるようなことを言ってくる。

 そこがたまらなくて、何度も求愛をするのだが――


「じゃあ、これが解決したら、今度こそデートしてくれないか」

「じゃあでつながらんし、今度こその意味が分からん」


 ――振られてばかりだ。


「だめか」

 たまらずぼりぼりと頭をかく宰相を見て

「ふっ」

 と笑うアレクサンドラに、ラウリの嫌な予感が一瞬で背筋を駆け抜ける。

 

「!」

「押し通る!」

 一瞬で剣を抜いたかと思うと、体の正中線に合わせて立てたまま、素早く垂直に振り下ろす。



 ドゴン!


 

 サーベルの柄頭でもって、第一王子の部屋のドアノブをへし折った。



「ああああ! かっこよすぎるだろう、アレックス!」

「何か言ったか?」

「いや。なあこれ、いくらするだろう? めちゃくちゃ高そうだぞ、金だ」


 ごろり、とふかふか絨毯(じゅうたん)の上で、ドアノブが事切れている。完全に即死だ。

 

「知らん。――クロード殿下! やっとお顔を見られましたね。おや、お元気そうだ」


 髪をなびかせてズカズカと入室していくその背中を、ラウリは追いかけるしかできない。

 

「うわあ! アレックスーーーーー! 何しちゃったの!?」

「申し訳ない。殿下が心配で、思わず」

「はうっ」


 

 ――この人たらしめ。


 

 ラウリは大きく息を吐いてから、宰相の面の皮をかぶり直した。

 

「失礼致します、殿下。どうかこの宰相めにお心の内をお聞かせくださいませんか。秘密は厳守いたしますゆえ」

「誓って、ラウリとともに解決に導くことをお約束する」


 アレクサンドラがかしこまって騎士礼をすると、クロードが降参とばかりに両手を挙げた。


「分かったよ……はあ~実はね……」



 ――やっぱり、アレクサンドラには敵わない。



 ラウリの複雑な胸中など知らない女騎士は、真剣な顔でクロードの言葉に耳を傾けていた。その内容が、どんなにくだらないことでも。


 お読み頂き、ありがとうございます!


 今日の一殺:ドアノブ(即死)

 理由:押し通るため


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