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睡蓮花  作者: 初瀬灯
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疑問に思われますよね。


どうして来たばかりの新人は嵯峨崎咲妃に会うことが許されないか。

島のしきたりに慣れていないから。


間違いではありません。


では、島のしきたりに慣れるとはどういう意味でしょう?


嵯峨崎家と虚島というのはですね、現世から隔絶された小世界なのですよ。

勿論、地図に載っているし住所もある。日本の法の下に存在します。


だけど、虚島を支配しているのは嵯峨崎の定めた規律と暗黙の了解です。

本土で白いものがここでは黒く、黒いものは白い。


馬鹿なと思われるかもしれませんけどね。

ここにずーっといたら、本土との差異に対して何も思わなくなるのです。


ああ、ここはそういう場所なんだ、だからこれでいいんだと、芯から理解出来る。

完全に、この小世界の住人になるんです。


慣れるとは、そういう意味です。


思考が停止するともいいます。


織笠湊は――そうですね。

嵯峨崎咲妃の姿は初日に見るには刺激が強すぎたかもしれません。


いつまで経っても慣れませんでした。


普通は何ヶ月もここにいると、いつの間にか染まってしまうのですけど、湊の脳裏にはいつも嵯峨崎咲妃の姿が浮かんで、離れませんでした。


本来の通り、しっかりとここに慣らされてから見れば、何も感じなかったのでしょうけどね。


嵯峨崎家の核心に、いきなり触れてしまったのです。

見えてしまったのですよ。


こちらに微笑みかける嵯峨崎咲妃の鎖骨の辺りに、鎖状の痣があるのが。

嵯峨崎の娘は短命だと言いましたね。


生き伸びて十八。二十までは生きられない。

咲くと同時に散っていく花。


嵯峨崎の娘は遺伝子系に疾患を抱えているから。



ふふふふふふふふふふふふふふ。



馬鹿馬鹿しい。

あるわけないじゃないですか、そんなもの。

特定の家系の、娘だけが発症する?

原因不明の奇病?


どうしたらそんな与太話を信じられるやら。

死なせてるんですよ。


殺しているのとは少し違います。

死なせているんです。


嵯峨崎の娘はね、とても二十歳まで生きられない生活をしているんです。

それが嵯峨崎に続く病禍の正体です。


いつからでしょうね?


嵯峨崎の娘が短命だという話です。

実を言うとかなり昔から、そういう話が広まっていたみたいなんです。

少なくともここ二、三代の話ではないようですよ。


本土の方では噂というより、もはや伝承の類いになっていましたから。

嵯峨崎の娘は不要なことを一切、教わりません。


言葉がなく、それを持つ意味を奪われ、概念を取り上げられた存在。

知らないんですよ。

痛みとは、苦しいとは、つらいとは、悲しいとは、怒りとは、思考とは、抵抗とは何なのか。


何も知らないんです。


そういう存在が、恒常的に虐待を受け続けたらどうなると思います?

鎖で吊るされる、鞭で叩かれる、焼き鏝を当てられる。

そんなことを毎日繰り返されたらどうなると思います?


命がね、削れていくのですよ。

傷は癒えるし、涙は乾きます。


だけど、花が立ち枯れるように、少しずつ弱っていくのです。

嵯峨崎に必要なのは男の子供と許嫁。


娘は不要なんです。

だったら嫁にでも出せば良さそうなものですけどね。


無垢な天使のような存在を創り、自らそれを汚すことに味をしめたのでしょうか。


これが嵯峨崎の伝統なのです。

嵯峨崎咲妃の鎖骨部の痣は、虐待の証です。

夜な夜な、嵯峨崎桂之進か嵯峨崎順之助のあたりに、痛めつけられていたのでしょう。


嵯峨崎の娘は、その家族の男達に、死ぬまで、嬲られるのです。



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