〜私が出会った「大切なもの」〜
私は固く閉ざしていた目をゆっくり開く。
あたりが光で満たされ、視界が鮮明になっていく。
あたりには一面、若々しい緑の草花が繁茂している。
深い緑色の苔、所々に生えている黄色いたんぽぽや白いシャガの花。
絵の具をちらしたような鮮やかな色彩が広がっている。
立ち並ぶ木々の間を何羽かの小鳥が跳ねるように飛び移っていく。
空は朝焼けのきれいなオレンジ色に染まり、淡いピンク色の雲が空に散らばっている。
まるで絵本の中のような美しい野山の光景がどこまでも続いていた。
・・・いやっここどこ?
全く見覚えのない場所にいるのにも関わらず、道に迷ったかもしれないという不安箱はこれっぽっちも感じない。
むしろ懐かしい場所に来たような暖かな安心感に包まれている。
早朝の少し肌寒く、桃のような甘い香りがする風を肌で感じながら、私は一歩ずつ確かめるように歩き出す。
しっとりとした深く柔らかい苔の感触が足に伝わる。
何故か頭の中に、私が向かう「その場所」までの道のりがしっかりと刻まれている。
私は根拠もなくそれに従って、誰もいない山道を進んでいく。
すぐそばには小川が流れていて、先程まで眠っていた朝日をキラキラと宝石のように反射しながら、チロチロと心地よい音を立てている。
そんな川のせせらぎと遠くから聞こえてくる鳥のさえずりが合わさり、美しいハーモニーとなって私を癒やした。
歩き始めて15分くらいたっただろうか、
私は「その場所」がある洞窟の入口へとたどり着いた。
大人一人がぎりぎり通れるようなサイズの穴が、露出した岩肌にポッカリと空いている。
そこにはまるで空間から切り離されてしまったような暗闇が見え隠れしていた。
・・・こんなとこに入って大丈夫だろうか…?
理性が私の心に問いかける。
入らないほうがいいんじゃないかと思いつつも、
私の体はまるでその穴に吸い寄せられるように勝手に進んでいく。
私は洞窟の穴の前に立ち止まりゴクリと唾を飲む。
怖い。
怖い、進みたくない。
けれども「その場所」に行かなければならないという謎の焦燥感が私の胸を支配する。
私はギュッと固く目をつぶり、1,2,3と数を数えて目を見開く。
もうどうにでもなれとやけくそになって前に大きな一歩を踏み出した。
私はポケットからスマホを取り出し、ライトで照らしながら穴をくぐって
あたりを見回すと、
そこには狭い入り口からは想像もできない程の広い空間が広がっていた。
天井や地面からいくつもの鍾乳石が垂れ下がっていて、地面には透明な水たまりができている。
洞窟の中は外より格段に寒く、吐く息が白い。
先程とは打って変わって、聞こえるのは水溜りを歩く自分の足音と、鍾乳石から滴るぽちゃん、ぽちゃんという水の音。
まるでこの世界に自分一人しか存在していない、そんな不気味な静けさが心を焦らせる。
スマホを掲げると20メートルほど先の「その場所」に小さな建物の影が見える。
私はその“何か”に導かれるように建物に向かって歩みを進めた。
靴に水溜りの冷たい水が染み込み、鈍い痛さが足に伝わる。
スマホのライトに照らされて、その建物は暗闇から次第に姿を現した。
「鳥居…?」
水面に立っていたそれは鳥居だった。
その奥には50センチほどの小さな祠が置かれている。
こんな洞窟に祠を置いて一体誰が参拝するのだろうと思いつつ、
私は水溜りの中を進みながら鳥居に近づく。
経年劣化だろうか、鳥居は色を失い、灰色の木材がむき出しになっている。
祠や鳥居の様子からかなり古いもののようだ。
祠には何やら漢字が墨で書かれていたが、消えかかっていてよく読めない。
一瞬、祠の奥でキラリと何かが瞬く。
「…なんだろう、あれ」
私は鳥居をくぐり、祠の中を覗き込む。
祠の中に、小さな水晶が置かれていた。
光の反射で、その水晶は虹色に輝いている。
あまりの美しさに思わず手に取りたくなったが、何しろ祠の中に置かれているものである。
神聖なもののような気がして、安易に触るとバチが当たるかもしれないと私はしばらく触るのをためらっていたが、少しだけならいいや、と好奇心の赴くままに私は水晶に向かって手を伸ばした。