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蝶遊苑国香魔伝 -後宮に隠れ住む魔女-  作者: ヴィルヘルミナ
第三章 後宮に咲く魔性の華

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第一話 変貌の薬効

 早朝から続いた薬草の収穫が終わり、私とホンファは食堂で遅い昼食を取っていた。先日の刃傷事件以来、二人は私を一人にしないようにと気遣ってくれていて、嫌がらせも受けずに済んでとてもありがたい。


 遅れてやってきたシュンレイが食籠(じきろう)と小型せいろが乗った盆を机におき、目を輝かせながら口を開いた。

「ねえねえ、理想の顔になれる魔法の薬があるんだって!」

「何それ?」

 魔法の薬と聞いて、緊張が走る。シュンレイは呪毒のことは知らないはず。


「今朝、いきなり美人になった子がいて、その子が周りの子に勧めてるの」

「えっ……それ、怖い薬だと思うけど……」

 顔が変わる程の魔法が施された薬に、代償がないとは考えにくい。病気や怪我を治癒する香魔の薬は、元々の身体機能を取り戻し、向上させるのが基本。


 香魔が魔力を込める皇帝専用の薬で、一時的に目の前の人間が想い人の姿に見えるというものはあっても、変化させる効果はない。その薬を作った香魔は魔力が枯渇して、回復に半年以上かかる。

 本当に 顔が変わる程の効果があるなら、その代償を担うのは薬の製作者か飲む者か。どちらにしても恐ろしいと思う。


「それはそうなんだけどー、飲むだけで美人になるなんて、楽じゃない? あ、小籠包だー」

 遅い時間に食堂を利用する者が少ない為なのか、出てきた食事はいつもよりも内容が豪華。蒸したての小籠包、エビや枝豆の色が鮮やかに透ける餃子がせいろで湯気を立て、野菜の炒め物も肉が多め。とろみのあるスープには青菜と卵がたっぷり。添えられた色とりどりの副菜も美味しくて食が進む。


「シュンレイ、貴女、そんなアヤシイ物を飲むつもりなの?」

 箸を止めたホンファが呆れたような声を出した。

「無理無理。すっごく高いの。一年分で私たちの年俸と同じぐらいだもん。毎日飲まないといけないし、一生なんて続けられないよ」

 毎日飲む必要があるのなら、その後価格が上がった場合は買えなくなってしまうのではないだろうか。


「毎日って、薬を飲むのを止めたらどうなるの?」

「そこまでは聞けてないんだよねー。今さっき、ちらっと聞いた話だしー。でも、美人になれても、死ぬまで王宮で働かないといけないのは()だなー」

 明るくて可愛いシュンレイは顔が広くて、後宮内の情報収集能力が高い。噂もあっという間に拾ってくる。


「お金持ちと結婚すればいいのではなくて?」

 ホンファは苦笑しながら食事を再開し、私もスープを口にする。

「薬の為に結婚なんて嫌だー。やっぱ、好き同士でないと」


「そうはいっても、生活力は必要でしょ?」

「程ほどでいいの。帝都で暮らせるくらいで」

 帝都で暮らすとなると、やはりそれなりのお金が掛かる。村での暮らしとは桁違いの金額が必要。


「カリンもホンファも相手がいるから余裕でいいなー。あ、そうそう、新人武官にカッコイイ人が入ったんだって!」

「どんな方?」

「武官なのにすらっとしてて、女みたいな美形なんだって。陛下の近衛兵候補じゃないかって噂なの!」

「あら、それは是非とも拝見したいわね。配属はどこ?」

 陛下の近衛兵は、華やかな美形揃いで有名。候補と言われるからには、相当な美形と予想できる。


「まだ配属は決まってないらしくて、あちこちで研修受けてるって」

「それは珍しいわね。新人武官なら最初は王宮周りの警備でしょう?」

「だから近衛兵候補って噂なんじゃないかな」

 美形の話で盛り上がる二人を見ていると、少しだけ興味が沸いてきた。見てみたいと思った瞬間、拗ねる流闇(ルーアン)の表情が思い浮かぶ。


(単に興味があるだけで、浮気ではないから)

 何故か心の中でルーアンに言い訳してしまう自分に気づいて苦笑する。私が十八になって後宮を出るまでの、偽装婚約の間柄だというのに、時々、後宮を出る決意が揺らぎそうになる。


「どんな人? 特徴は?」

「カリンー、ルーアンが嫉妬しちゃうよー? いいのー?」

「あら、少々嫉妬させた方がよろしいのではなくて?」

 

 人の少ない午後の食堂で、私たちは美形の話題で花を咲かせた。


      ◆


 三つの月を戴く蝶遊苑(ジョウユエン)国には〝香魔(こうま)〟と呼ばれる隠された一族が存在する。あらゆる匂いに敏感に反応し、あらゆる香りを操り、様々な薬を創り出す。その香りと薬の製法は一族の女性のみが受け継ぎ、辺境に隔離された村は代々の皇帝によって護られている。


 十歳で一族秘伝の香りと薬の製法すべてを習得した私は、正妃の侍女として皇帝陛下直々に後宮へ召し上げられ、第三皇子の婚約者になる為の教育を受けていた。


「カリン……悪い報せがある」


 背の半ばまである長い金髪に青い瞳。皇子を示す銀糸刺繍が施された水色の上着に白い脚衣。第三皇子炯然(ケイゼン)は当時十二歳。桃色の深衣を着た私は十一歳。


 ……また同じ夢を私は見ている。これは両親が死んだと告げられた日の光景。もう見たくない、忘れたいと思えば思う程、草花の匂いまで鮮やかに記憶が蘇る。


 青月妃ユーチェンの、私に対する見当違いの嫉妬で両親は殺された。私は皇帝もケイゼンも惑わせようとしたことはなかった。


 皇帝の妃たちが住む月宮が浮かぶ広大な池を背にして、彼は重い口を開く。


「君の御両親が事故で亡くなった。乗っていた馬車が崖下に落ちたそうだ」

「……嘘……」

 足元の地面が崩れたような気がして、ぐらりと世界が回った。倒れそうになった私を彼が抱きしめると、爽やかな柑橘と体臭の混じる香りが漂う。そう、これが記憶にある彼の香り。久々に会った彼の香りは純粋過ぎた。


「カリン、約束する。僕は君を――」

 私が流す涙を指で拭う彼が何かを言っているのに、その声が途中から聞こえない。


 悲しみではなく、恐怖で震える私を抱きしめる彼が成長し、皇帝へと変化した。

「カリン、ケイゼンの言葉は忘れなさい。大丈夫、すべて私に任せていればいい」

 甘く深みのある香木の香りで安堵を感じ、かすかな月香の気配で何故か心が揺らぐ。


 安堵と不安が複雑に入り交じる中、私の意識は深い眠りへと潜っていった。


      ◆


 顔半分が爛れる奇病が落ち着いた後も、医局から薬草を求められる機会が増え、〝薬園の乙女〟十二名が交代で頻繁に後宮の外へと出るようになっていた。以前は半年外に出ないこともあったのに、今では二日に一度、医局を訪れている。その後は何となくルーアンの執務室へ寄ってしまう。


「お仕事は大丈夫ですか?」

「ええ。以前にも申しておりますが、常に二ヶ月先の準備まで終わらせております。足の引っ張り合いが無ければ、王宮内の仕事は円滑に進むのですよ。胡麻饅頭はいかがです?」

「頂きます!」

 ルーアンの執務室の中はきっちりと整頓されていて、居心地が良い。ルーアンの為に疲労回復の花茶を淹れ、二人で精霊へ食事の祈りを捧げて胡麻饅頭にかぶりつく。


「美味しい……!」

 先日までは饅頭を割って、上品に食べていた。ルーアンがそのまま食べているのがうらやましく見えて、今ではそのまま口にしている。

「今朝、ちょうど帝都に出る者がおりましてね。頼んだら買ってきて頂けました」

「好物の胡麻団子でなくてよかったのですか?」


「それも買ってきて頂いておりますよ。食べますか?」

「……それは……お腹がいっぱいになりそうなので……」

 袋に入っている胡麻団子は大き目で、私の握りこぶしと同じ大きさ。見た目より大食漢なルーアンはぺろりと平らげることができそうでも、すでに饅頭を半分食べている私には無理。


「それなら、切りましょう」

 そう言い終わらないうちに、ルーアンが手をかざし、胡麻団子が八個に切れた。

「え? ……魔法ですか?」

「いえいえ。これはこの仕込み刃で切りました。未使用の新しい刃ですし、浄化魔法を掛けていますから安心して下さい」

 手のひらに収まる寸法の小さな短刀がルーアンの指に挟まれていた。ちらりと見せてくれた深衣の左袖の中、腕に革製の防具が巻かれているのが見えて、防具には数本の短刀らしきものが収められている。一瞬で短刀を取り出して、物を斬る。その手技への賞賛と同時に心配が沸き上がる。


「仕込み刃? 何か身の危険でも?」

 窓の外には、離れた場所から監視するようにこちらを伺う男性が立っているのが見えた。私についているような護衛ではないと思う。見張っていることをわざと知らせているというルーアンの見立てが正しいのだろう。


「……私が官位試験を受けることを良く思わない方がいるようですね。次に満点を取れば、規定により、大臣と同じ官位を頂くことになります。この年で大臣になることはないでしょうが、あっという間に官位が上になるのを嫌がる方がいらっしゃっても仕方ありません」

 驚く事に、ルーアンは官位試験で四回連続の満点を取っていた。全国を巡回する官位試験で三回満点を取るも、年齢を理由に王宮勤めを辞退し続け、ついには宰相が直々に勧誘に来て、皇帝直下の龍省の高位事務官である尚書(しょうしょ)に最年少で任命され、特別待遇を受けている。

 

「自慢ではありませんが、満点を取れる準備はしています。試験が受けられれば余裕です」

 得意満面の笑みにつられて笑ってしまう。意地っ張りの子供のような表情でも、実力があるのは理解している。


「以前使っていらっしゃった鉄扇は?」

「持っておりますよ。あれは目立ちますから、結界を張らないと使えませんが、これなら結界なしで対応できます。昔、義父に戦い方を叩きこまれた時には、魔術師に何故武術が必要なのかと疑問でしたが、王宮に来て納得しました」

 ルーアンの養父のセイトウは、非常に優秀な薬師であり、魔術師でもある。


「気を付けてください」

「それはカリンも同じですよ。胡麻団子、いかがです?」

 差し出された胡麻団子の一切れを食べると、胡麻饅頭とは違った美味しさと香りが口に広がる。


「香ばしくて美味しいですね」

 ルーアンの香りと、美味しい香りに包まれて、私は幸せな時間を満喫した。

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