あの子との思い出のお菓子
彼女はモンブランが好き。
マロンクリームと同じ栗色の長い髪を細長い指先で耳にかけ、フォークで周りを綺麗に削り取る。甘く煮た栗を最後まで残し口元に運ぶ表情は、幼子が見つけた綺麗な石を宝箱に隠すような愛らしさ。
彼女はタルトタタンが好き。
いつもホールで注文して、お喋りしながらゆっくり平らげる。赤く艶やかな唇に、生地の欠片がついたとき、舌で舐めとる仕草が艶めかしい。
彼女はワッフルが好き。
甘い香りのワッフルに、熱でとろけたバターで化粧をし、メープルシロップのベールをかけてやる。ナイフとフォークでワッフルを切り分け頬張る彼女は、子猫のように目を細めて幸せそうに両こぶしを上下させる。
彼女との思い出はお菓子の甘い香りが付き物だ。
彼女が友だちを喧嘩したときはモンブランをつつきながら愚痴を聞き、仕事で失敗して落ち込んだときは黙ってタルトタタンを食べ続け、ささやかな日常のイベントをワッフルとともに祝った。
どれも大切で忙しくも甘美な日々。
彼女の誕生日、僕は彼女のイニシャルを刻印した指輪をプレゼントした。
幸せな日々がいつまでも続くことを願いながら。
「さようなら」有無を言わせぬ冷たい言葉が響く。
事前にそれぞれが話をつけたのだろう。見事な手際の良さでその後の僕への処理は進められた。
僕の頭から冷たい水が滴り落ちる。背中に氷が入り込み冷たい。
打たれた左の頬がまだ痺れている。
「裏切り者」と言うと同時にモンブランの彼女はグラスの水を僕にかけた。
タルトタタンの彼女は無言で左の頬をはたく。
ワッフルの彼女は泣きながら一言「最低」と呟いた。
罵られた言葉が耳に残り、目の前にはイニシャルが異なる3種類の指輪が置かれている。
ボックス席の隅に残された僕は3つの空席と4人分の伝票を見つめる。
気持ちを落ち着かせるためにコーヒーに口を付ける。普段なら苦みが甘みを中和してくれるのに、今日は鉄の味が混じる。
とりあえずタオルをもらい頭から滴る水を拭こう。
女性店員は虫を見るような目で僕を見る。頭を拭き、濡れた革のソファを拭く。
こんなにも愛しているのに、彼女を好きな気持ちは本当なのに。
おかしいな。みんなが好きじゃ駄目なのかな。
店員を呼ぶ。コーヒーの追加とモンブラン、タルトタタン、ワッフルをまとめて注文する。
怪訝そうな店員を見送り店内を見渡す。若い女性がプリンアラモードをつついている。
プリンアラモードも美味しそうだな。
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
なろうラジオ大賞3キーワード「お菓子」です。
お菓子というよりスイーツの方がしっくりくるラインナップになりました。
モンブラン、タルトタタン、ワッフルそれぞれの描写をもっと丁寧に書きたかったなとも思いました。