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会談後

 美しい庭園が見渡せる渡り廊下を、似つかわしくないくらい怒りを露わにしたローランド老公爵が歩いている。


 普段であればメイドや従者達は我先にと駆け寄り、老公へ挨拶をするのだが、あまりに異様な雰囲気に遠巻きに避けているしまつだ。


 ツェツェリアもその一人だ。庭園にテーブルを用意してもらい、1週間後にはこの国を去る予定のローランド公女とお茶を楽しんでいた。一緒にいらした老公爵の会議が終わるのを待ち、結婚式で人力して下さったお礼を伝えようと思っていたが、醸し出される雰囲気にとても近寄ることすらできないでいた。


「老公爵閣下」


 老公の背後から、息を切らさんばかりに慌て駆け寄るのはルーマー伯爵だ。


「ん」


 足を止めた老公爵にルーマー伯爵は嬉しそうに急いでその側へ駆け寄ると平伏した。


「レイモンド殿下がまさかあのように思われているとは、知りませんで。妹は献身的に自分の将来も捨ててレイモンド殿下をお支えしてまいりました。なのに、あの仕打ちは些か酷いとは思いませんか?」


「そうか」


 老公爵の顔色は一切変わらず、相変わらず怒りを必死に抑えている様子だ。

 

「ディーン家は子爵家でございます。妹がレイモンド殿下の世話をするのは納得が行きますが、ツェツェリア穣の世話をするのは些か、それなのに妹は献身的にディーン家に支えてきました。ですが、充分な給金すら貰えなかったのですから、あれくらいのお金を要求するのは妥当では御座いませんか?」


「ふむ」


 老公爵が返事をしたことに、自分の考えが認められたと思ったのか、ルーマー伯爵は益々勢い付き饒舌になる。


「それに我が妹はレイモンド殿下もですが、ツェツェリア穣も大変可愛がっておりました。決して不幸にしたいと思っていた訳ではなく、あの二人を思っての行動てす。まあ、行き過ぎた感はございますが、妹も若い頃にディーン家に入り、少しばかり世間知らずでありますからその点はご容赦下さい」


 全て言い切ったと、スッキリとした様子のルーマー伯爵はゆっくりと顔を上げた。


「ほう、あの行動は全て、レイモンド殿下とツェツェリア様を思っての行動であったと」


「はい、左様で御座います。レイモンド殿下はあのように閣下と同じようにしっかりと女神の御寵愛も深く見目麗しく成長なさいましたし、ツェツェリア穣も美しくおなりになりました。かのお二人が社交界へ出られたましたら、たちまち噂になりましょう。そうすれば、出生を疑う者も出るでしょう」


 だから、社交界に出れないように困窮させたとでも?私達のために?


「ふむ」


 張り詰めた雰囲気がなくなり、老公爵は怒りを超えてたのか冷静になった様子だった。


「妹はお二人のいえ、レイモンド殿下のお命をお守りしたのです。ですから、陛下へこの処罰を撤回するように頼んで下さい」


 ここぞとばかりに畳み掛けるルーマー伯爵の顔にはもう、勝利の色がありありと浮かんでいた。


「なら、陛下へそのように伝えれば良かったのではないか?」


 ルーマー伯爵の顔が冷や水でもぶっかけらたがの如く一瞬で変わる。


「で、ですが」


「ワシはレイモンドを病弱として、家からあまり出なくてもよいようにとは聞いておったが、不治の病でもう寿命が危ぶまれるとは知らなんだ。それに、多額のお金を要求しておったことも寝耳に水でな。それに全て、其方の妹が首謀者のように話しておるが、陛下からお叱りを受けたのはお主と、このワシだ」


 先の議会で老公爵とルーマー伯爵は大きな処罰を受けたのだろう。ブロード公子とセザール殿下が言っていた議会が荒れると言っていた原因がこれなのでしょう。


「そうなのです、なぜ、閣下と私が陛下のお怒りを買わねばならなかったのか...、なんとか、陛下に執りなしては貰えませんでしょうか」


 すがりつくルーマー伯爵に軽蔑したような目を向けると、老公爵はこれ見よがしに大きく息を吐いた。


「其方にワシの大事な孫を任せたことが、ワシの大きな過失であるな」


 ルーマー伯爵はビクリと大きく身体を震わせた。


 ルーマー伯爵は切り捨てられたのだ。お礼を言うのはまた今度にしましょう。とても、今の状態で声を掛けるのは無理だわ。


 横に座るローランド公女も、今の遣り取りを聞いてしまい顔色が悪い。


 老公爵が立ち去ると、ルーマー伯爵はよろよろと立ち上がり、大理石の床を思いっり踵で叩く。


「クソ、ちょっと妹にディーン家から金をせびらせただけだろ?そんなにめくじら立てることかよ!老公爵閣下がしっかり援助してれば良かっただけではないか?それも、病弱を少し盛って不治の病にしただけ、財産を没収された挙句爵位を返上しろと?忌々しい、あの兄弟がおとなしくしてたら、こんな目に遭わなくすんだんだ!」


「ツェツェリア様、申し訳ございませんでした。祖父が彼方がた兄弟にそのような仕打ちをしていたなんて...、私、どうお詫びをすれば良いのか...」


 ローランド公女は深々と頭を下げて、今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。


 彼女が私達の境遇を知った所で、今更、何かを期待なんかしてない。ただ、気になっていたことを聞いた。


「ねえ、レイモンドが貴方と同じ、老公爵閣下の孫だと知っていたの?」


 私がこの答えを聞くことはできなかった。


「おい、お前達、なーんとこんなに仲良くやっているとはな?はぁ、俺をハメたのか?困窮してたのだって嘘だろ?」


 ルーマー伯爵がローランド公女の声を聞き、近くに私達がいると気が付いた怒鳴り込んで来たからだ。


 ローランド公女のお付きの侍女が近くにいた近衛兵を呼んできた為、すぐにルーマー伯爵は取り押さえられ事なきを得たが、侍女が心配してローランド公女を急いで連れ帰ってしまった。


 もう、ローランド公女と二人でこうしてゆっくり話をする議会はないでしょう。かなり後味の悪い別れになったわ。

 

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