裁判の後で3
「さあ、クライマックスだ、華麗に踊ってくれよ」
勝ち誇った様子のチェリーブロッサムとそれを鬼のような形相でら睨みつける検事。眼下で繰り広げられるバトルへ気を戻す。
大丈夫、彼女は裁かれる。
ツェツェリアは自分に言い聞かせた。
「では、整理させて下さい。貴方が奴隷時代ダンサーだった頃の客である見習い医師と侯爵邸で再会した。彼に安楽死の薬を侯爵夫人の薬のついでに持って来て欲しいと頼んだ。彼は侯爵夫人の薬と安楽死の薬を迂闊にも、同じ場所に置き、夫人は誤って安楽死の薬を飲み亡くなった。と、これに相違はありませんか?」
検事が必死で怒りを抑えているのが伝わってくる。館内はチェリーブロッサムへのヘイト感いっぱいの雰囲気に包まれている。
「ええ、相違ありませんわ。私に罪があるなら、不敬罪だけです」
勝利宣言でもするように、そう言い切るチェリーブロッサムに全視線が集まる。
「いえ、詐欺罪もです。自分と客の娘をレーゼ穣と侯爵の娘と偽った罪があります」
一矢報いた感の検事に、はあと大きく息を吐くチェリーブロッサム。
「忘れてたわ。人が貴族令嬢として蝶よ花よ育て貰える環境を用意してやったとのに、足を引っ張ることしかできなかった不出来な娘のことね。全く、あの子がやらかさなきゃこんな目に遭わなくてすんだのにさ、とんだ疫病神ね」
我が子を忘れてたと言い切り、疫病神と言い捨てるなんて、てっきり愛していると思っていたのに...
「検事、もう質問はないか?」
「はい、ございません」
「では、判決を言い渡そう。チェリーブロッサム、其方の罪状は我が子をレーゼ穣と侯爵との子と偽った詐欺罪、王女様の薬を処方する医師に犬の安楽死の薬を頼んだ不敬罪、奴隷の身分から平民の身分になった者は貴族の養子になれないにも関わらず、男爵家の養子となった身分偽証罪、其方の不注意で王女様が服毒することになった業務上過失致死罪、そして、乳母の手紙を侯爵へ渡さなかった隠匿罪が課せられる。又、罪状は別に多額の借金の返済義務があり、本法廷でしっかりと返済まで見届けることを約束するものとする」
「はぁ?聞いてないんですけど?借金の返済?時効じゃないの?で、懲役何年よ?」
苛立ち、もう恥も外聞もなくなったチェリーブロッサムがくってかかる。
「持ち物を競売にかけ、その売り上げを借金返済に充てるものとする。又、不足分は労役を科し、その収益を借金返済へ充てる。労役期間は借金返済までとする。労役の場所はユードンマン・ローヘン工場」
「ひっ」
という言葉が傍聴席から漏れた。それも、そのはず、ユードンマン・ローヘン工場。離島にあり、医療用手袋工場とマッチ工場が入っている国営の工場。どちらも深刻な健康被害を及ぼすことが確認されているが、需要が高い商品の為、生産を止めることができずにいる。今では死刑より重い刑罰と言われていた。
そこは看守すらなり手がおらず、ギャンブルや酒で身持ちを崩した退役軍人で構成されていて、地獄の方がマシと聞いたことがある。
「あーぁ、自慢の美貌もいつまで持つやら、そのうち上顎下顎が破壊されて、見るも無惨な姿になるでしょうねー」
背後に控えていたカロが軽い口調でそう呟いた。
「ちょっと聞いていないわよ!不敬罪なんて、罪であって罪じゃ無いでしょう?借金だって時効よ時効!十年以上の前のことなんて、穿り返すんじゃないよ!私は努力して、この地位に上り詰めただけよ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ、チェリーブロッサムは看守に引き摺られて法廷から出て行き、勝ち誇った顔の検事だけが残った。
「ターシャ穣、あっ、ターシャはどうなったのですか?」
「ああ、彼女は学園に通っただけのことはあるな、さっさと死罪の求刑を望んできたよ。ユードンマン・ローヘン工場行きと都中引き回しは避けたかったようだ」
法廷で求刑されれば交渉の余地はないが、傍聴人を味方につければ無罪や減刑は勝ち取る可能性はある。だが、自分が民衆を味方にすることは難しいと理解しているから、断頭台に上がることを選んだのだろう。
学園でユードンマン・ローヘン工場についてのディスカッションが、講義の中に組み込まれていると聞いたことがあるわ。この講義の後、ユードンマン・ローヘン工場の凄惨さから数日体調を崩す令嬢も出るという。
授業をちゃんと受けていれば、断頭台に登る方がよっぽどマシだと言うことがわかるわ。




