裁判の後で 2
「はあ、お前が義父になるのかよ」
セザールが不貞腐れたように背もたれに寄りかかる。
「ぶはははは、それは愉快だな。お前にお義父さんと呼ばれる立場になれるとは、こんな日がくるとは思わなかったよ。お嬢さんと結婚させて下さいって、ちゃんと了承を貰いに来いよ。後、年に1回は我が元へツェツェリアを返せよ。クロエと師匠の墓参りに一緒に行きたいからさ」
楽しそうに笑う小侯爵にセザールは苦笑いを浮かべる。
「お母様のお墓参りに一緒に行ってくださるのですか?」
「ああ、行こう。ツェツェリア、済まなかったね。私が逃げずに戦っていたら、君をこんな不遇に追い込むことなど無かったのかもしれないと思うと、後悔してもしきれないよ。私が若く未熟だったことと、前王妃様が亡くなったばかりで、前王も、陛下も他に気を向ける余裕がなかったのもあるが、もう少し、私が踏ん張っていれば...と、今は後悔しか無い」
「大丈夫でしたわ、お祖父様が守って下さいましたから...」
ツェツェリアの目から涙が溢れる。
ああ、この方は私やお母様を守るために、お母様との結婚を決意して下さったのだわ。ご自分の非はないのに、寧ろ、私達のせいで人生が滅茶苦茶になったのに...
「さて、侯爵様、チェリーブロッサムへの尋問を許可願えますか?なぜ、我が母が殺されなければならなかったのかか、ああ、我が妻が殺された理由も聞きたいですね」
推し黙る侯爵に、王がふぅと、小さく息を吐く。
「まあ、そう、急かすな。チェリーブロッサムとその娘、ターシャ軟禁しておるのだし、逃げ出すことはできぬ。ターシャは令嬢殺害事件の主犯でもあるしの、裏付けが取れ次第、牢へ移す手筈じゃ」
この方はどうしてそこまで、いえ、ご自分の最愛のお母様を亡くされたのだから...、だから、もう、私やお母様のことは置いておいて、ご自分の幸せを...これ以上、この方の人生を邪魔してはならないわ。
「あ、あの...小侯爵様」
「小侯爵とは水臭いな、お父様と呼んで欲しい。私は若輩者ではあるし、君のことを放置していた最低な父ではあるが...、もし、それを許してくれるならば」
小侯はゆっくりと席を立つと、ツェツェリアの横へ来て、跪いき、ツェツェリアの手を握り目を合わせ、真摯にそう伝えた。
「ですが、これ以上、私達の為にご自分を犠牲になさる必要はございません。どうぞ、ご自分の為に生きて下さい」
これから、この方が再婚などせずに私の父親としての責務を果たそうとしているような、そんな胸騒ぎがする。
「私のことは気にしないで、まだ、それどこれではないからね」
なんとなく、はぐらかされたような気がしたが、これ以上の言葉は飲み込んだ。
「まあ、よい。それより、親子水入らずで、ゆっくり話でもしたら良かろう。まだ、解決とはいかぬ故、落ち着きはしないが、ツェツェリア穣も聞きたいことがが沢山あろうて、まあ、すぐにこやつは王太子として忙しくなる故、今のうちにのう」
陛下もなんとなく、小侯爵の再婚について話を逸らしたような、そんな違和感を覚えた。
近日中に開かれる裁判で、チェリーブロッサムは王族殺人罪で引き回し後、公開処刑になり、その娘であるターシャは貴族の令嬢殺人罪で同じく、公開処刑となるそうだ。
また、断頭台が忙しく動くのだろう。
モンクレール穣は本人の希望で服毒を選ぶと、彼女の門家も無事ではなく、領地や屋敷は全て没収のうえ、平民へと降格とすることが決まった。
モンクレール穣本人は、義母と父、そして、腹違いの兄弟が平民として土に塗れて暮らすことに大変満足しているらしく、陛下に「平民へ降格では気が済まんだろ、家族は国外追放にしようか?」と聞かれたが、「プライドの高い人達ですから、平民として生きる方が辛いと思います」と言ったらしい。
「裁判は開催しないとな」
陛下の含みある言葉に、セザールと少侯爵はニヤリと笑う。
久しぶりの快晴で、2回鳴る鐘の音が少し肌寒くなった空に響き渡る。裁判所は相変わらずの大盛況で、入りきれなかった群衆が門の前に溢れかえっていた。
老いも若きも今一番、今日はチェリーブロッサムがどうなるのかが一番気になることだと言わんばかりだ。
連日、新聞は飛ぶように売れ、文字を読めない者達は世間話に耳を傾けているとメイド達が話しているのを耳にした。闇市ではここ数日、チェリーブロッサムのプロマイドが取引されいたらしい。
法廷に現れたチェリーブロッサムは相変わらず美しく、凛とした佇まいであったが、心なしか疲れているようにも見える。法廷には似つかわしくない深緑のフリルを沢山あしらった華美なドレスを纏い、アメジストゴロリとした指輪が目につく。
だらりと鼻の下を伸ばしている夫や恋人と思しき人を、ペチと叩いたり、抓ったりする隣に立つ女性の姿がちらほら見える。
ヤジこそはないが、射抜くような多数の視線がチェリーブロッサムに向けられている。
「えー、貴方は王女である前侯爵夫人を殺害いたしましたか?又、ディーン子爵夫人の殺害を依頼しましたか?」
検事が抑揚のない声で淡々と問う。
「結果的にそうなってしまったことは認めます」
「結果的にとは?意図してそう命令した、手を下したわけではないと?」
「ええ、王女様の主治医であるマルデーラ氏に安楽死の薬の処方を頼んだのは事実です。ただ、それを奥様が誤って思っていませんでした。私がその薬をすぐに別の部屋へ持って行かなかったのが原因ですが、奥様の薬と一緒に処方された為、メイド薬を取り違えたとは私もわからずに、このような事態になったのです。子爵夫人に関してはまさか妊娠してるなんて、夢にも思ってませんでしたから、アオイロソウの健康薬を出して頂いたのに...」
残念ですわ。と、でも言いたげな様子で答弁する姿にイラとする。
「安楽死の薬は何の為に処方を頼んだのですか?」
「養父が勝っていたサロンドが老犬で、寿命のようでしたので苦しまないようにと思ったのです」
「犬に与える安楽死の薬を侯爵家お抱えの医師へ処方を頼むなど、君は王族を畜生と同列に扱っているのですよ?その医師へは老犬への処方薬と伝えたのですか?」
検事は溜息に怒りを滲ませ、口調が強くならぬよう必死で抑えいるようだった。
「いえ...」
言い淀むチェリーブロッサムに裁判長の視線が突き刺さる。
不敬罪よ。養女とはいえ、あまりにも価値観が違いすぎて...
「では何と言って処方して貰ったのです?」
シーンと静まり帰る館内に時計のチクタクと刻む音が響く。
「本当に侯爵家のお抱え医師へ処方を頼んだのですか?」
検事のこの質問の裏には侯爵家のお抱え医師が、そんな常識知らずなわけはないだろ?という言葉が含まれている。
身分制度に対する彼女の考え方が、あまりにも緩く、共和国をルーツに持つ両親の元で生まれ、戦争奴隷として閉ざされた世界で過ごしたことを物語っている。厳格な身分制度を有する我が国の民なら、貴族でなくとも、貧民であろうが、犯罪者であろうが身分制度が染み付いているから...
黙り込むチェリーブロッサムに、検事は追い討ちをかける。
「医師が見つかりました」
チェリーブロッサムの目が大きく見開く。
「貴方に薬を用意した彼は見習いだった。彼の師匠が侯爵家のお抱え医師だった。ただ、奥様の病気が移り、薬を届けに行けずに弟子に託した。貴方は彼が自分に入れ上げていたことを知っていた、そうですね?」
「はあ、で、そのマヌケはどこにいるの?」
観念したようにはあ、と大きく息を吐いた。今までの凛とした態度とは裏腹に横柄な態度で悪態をつく。
「承認として。いや、実行犯としてこの場合へ連れてくることがお望みなら、そう致しますが?」
勝ち誇ったような検事の顔が鬱陶しい。
「地下牢に繋がれているのね、本当マヌケね。あのまま、国外で暮らしてれば捕まることなんかなかったのに。ははは、まあ、マヌケじゃなきゃ、ダンサーだった私に夢中になったりギャンブルで首が回らなくなったりしないわね」
高笑いをする彼女に検事は忌々しそうに侮蔑の視線を送る。
「一切、反省してないとみえる。王族である侯爵夫人を殺害したことを認めるんですか?」
苛立ちを隠せずに声を荒げ、責め立てる様はスマートなエリート検事の姿からほど遠い。
「私は殺害していませんが?殺せとも言ってません。そうですよね?ただ、安楽死の薬が欲しいと、奥様の薬のついででよいので持って来てと頼んだだけ、いったい何の罪になるのかしら?ああ、不敬罪?ふはははは」
心底馬鹿にしたように高笑いするチェリーブロッサムに検事の米神にには青筋が立ち、それがブチギレそうに見えた。
「あの女、法律に詳しいな。そして、強かだ」
横に座るセザールが関心したように、そう呟いた。
「彼女は無罪になるのですか?」
「ならないさ、安心していい。自分で言ったじゃないか、不敬罪は犯してると、身分偽証罪、平民が貴族になれても、元奴隷は平民にまでしかなれない。そして、返せていない借金の取立てが始まる」
この言葉に胸を撫で下ろしたツェツェリアにセザールは優しい目を向けた。




