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裁判の後で 1

「私が、その女が母を殺害したと何度も言っても、聞く耳を持たなかったのは貴方では?なんでしたっけ?ああ、乳母の養子なのだから?私とレーゼの子を人知れず育ててくれていた優しい人?お前のことも、こんなに大事にしてくれている?はっ?気持ち悪い。常に私に色目を使う下賎なストリッパーですよ?娘は娘で、どうみても我が家の血なんか一滴も入ってないのに、侯女気取りで、『お兄様❤︎』なんて、気持ち悪い声媚びるようなで呼んで身体をくねらせて腕を組もうとするし、セザール殿下と本気で結婚しようと企んでいるし、もう、一緒の空気を吸うのも耐えきれず、師匠の家に婿入りしようとしたら、母を殺害した挙句、ディーン夫人も殺めるような女を母と呼べと?」


 侯爵を小馬鹿にした様子で、饒舌に言葉を紡ぐ侯爵子息の声が豪華絢爛な部屋に響く。陛下夫妻、ブロード侯爵と公爵子息、そして、セザール殿下一緒にツェツェリアも丸テーブルを囲んでいた。


 王女様殺人事件とツェツェリアの母であるディーン子爵夫人殺人事件の為の話し合いの場だ。部屋の隅には法務大臣と裁判官も椅子に座って、黙って筆を走らせている。


「だから、家出したのか!」


 侯爵な苦虫を噛み潰したような顔になる。


「当たり前でしょう?母と尊敬する方の奥さんであり、私の大事な人を殺すような女と暮らせるわけがないじゃないですか!それをするくらいなら、泥水を啜る暮らしの方がだいぶマシだ!」


「私の落ち度だ。本当にレーゼの子だと思っていたのだ。私は愛人の子、レーゼは貴族とは名ばかりの男爵家の娘だ。そんな我が子に女神の血筋の印が現れずとも、不思議には思わんさ」


 自傷気味に項垂れながらそうつける侯爵からは、一切の覇気が感じられなかった。


 ああ、だから、どの貴族よりも貴族然としていたのね。あれは産まれに対するコンプレックスの表れだったのね。


「ですが、私にはこんなにもしっかりと、女神の血筋の証が表れているではないですか?」


「それはお前が兄上と王女様との間にできた子だからだ」


 侯爵は眉間に皺をよせ、声を絞り出している様子だ。


『え!!』


 その場にいた陛下以外は全て目を丸くする。


「私の父は貴方ではないと?」


「ああ、兄上は戦地へ行く前に結婚をした。書類だけの簡単なものだった。帰ってきたら盛大に式とパーティをする予定だった。みな、それを楽しみに準備をしていた矢先、訃報が届いた。そのときには、王女様のお腹にはお前がいた。レーゼが形だけでも、私が王女様の夫になった方がよいといい。自分は愛人の立場でよいからと...。弟と私、どちらが王女様と結婚するのかとなったが、弟はマッケーニ家に婿養子に行く約束だった。王女様は私やレーゼに申し訳ないと仰ったが、今後のことを考えると王女様一人で侯爵家を取り仕切るのは難しいとご理解下さり、私が侯爵の地位についた。だが、陛下が愛人、側室制度を取りやめる法案を出されてね」


 侯爵はチラッと陛下へ視線を向けた。


 だから侯爵はその法案に反対したのね。


「はあ、お前は何もわかっておらんのだな。だから、このようなことになったのだ。レーゼ穣は聡明であったというに」


 陛下が明らかに落胆したようにルーズベルト侯爵を見据える。


「私が何をわかっていないと?」


 心外だとばかりに声を強める。


「王家の血が濃く入り、戦いの女神の当主の子であり、王位継承権のある我が従兄弟と、非嫡子と乳母になった恩恵として男爵位をえた家の娘との間に出来た子を、兄弟という枠組みの中で同列にするわけはいかないではないか。色なしの誰の子ともわからん娘と、奴隷上がりの娼婦を侯爵令嬢と侯爵婦人と名乗らせ、パーティや学園で傍若無人に振る舞わせていた貴様は...」


 この法案は陛下が、小侯爵を守るためのものだったけど、どうやら、通過したのが少し遅かったのね。


 法案が通った時にはすでに、ターシャ穣はレーゼ様の子供として出生届けを出され、教会の洗礼を受けた後だったらしい。後、1日法案が通るのが早ければ、彼女は婚外子扱いだった。


「はははは、ターシャを侯爵令嬢にしない為の法案だったとは、結果的に私はこの世で最も敬愛していた兄上を欺いたことになったのだな...」


 侯爵は力なく項垂れる。


「さて、これからどうしたものかのう」


 王はゆっくりと面々の顔にじっくりと視線を這わす。


 ツェツェリアは無意識に唾を飲み込む。


「王太子について、でしょうか?」


 王はセザールの言葉にニヤリと笑った。


「ああ、継承権があるのは我が息子、そして、そち、レイモンド、そして、この国で唯一の我が従兄弟である小侯爵。そして、今、継承するにあたって条件を満たしておるのが、小侯爵じゃ」


 セザールを抜いた皆が目をぱちくりとさせる。


「はっ?私が継承条件を満たしていると?」


 小侯爵は鳩が豆鉄砲でも食らったかのような顔をして、目をぱちくりとさせる。


「ああ、そうじゃ」


「私に配偶者はいないはずですが?」


 何を言っているとでも言わんばかりの小侯爵と、それに賛同するかのような周り、ツェツェリアもキョトンとしていた。


「いや、いるではないか、其方とディーン子爵夫人は婚姻関係にあるぞ?忘れたか?王がその決裁をできぬ時は代理で王妃にその権限が移ることを」


「え?」


 ツェツェリアの口から声が漏れた。


「ですが、私の両親の承諾書が...」


 お母様と小侯爵が結婚していた?そんな話、聞いた事がないわ!


 ツェツェリアは話に割って入りたい衝動を必死に我慢する。


「フッ、姉上の承諾書がある」


 陛下の姉上ということは小侯爵のお母様である王女様。


「お母様が」


「ああ、願書と一緒にお母へ送って来ていたみたいだ。その頃、母の体調はいよいよ芳しくなくてな、意識が無い日が多く。沢山の手紙が届いていたが、まさか、姉上のものに目を通して、サインまでしていたとは...。子の承諾書は母の寝室のチェストに入っていたのだ」


 陛下はそう言うと、承諾書を小侯爵の前に置いた。そこには確かに、王女様と王妃のサインが記されいた。


「ああ、クロエが私の妻....私はなんと愚かなことをしてしまったのだろう。あの時、逃げ出さずに留まっていれば、ツェツェリアにあんな暮らしをさせずに守ってやることができたのに...私の心が弱かったばかりに」


 小侯爵の目から涙がとめどなく溢れる。この部屋に入ってきたときから醸し出されていた、凍てつくような雰囲気は今はなく、この書面が春の雪解けを促したように感じられた。


 侯爵の顔色は悪く、押し黙ったまま、小侯爵が手に持っている書類を睨み付けていた。


「さて、話を戻そうか、継承権の順位は低いが、王位継承の資格があるのは其方だけだ。だが、セザールとツェツェリア穣との間に子が産まれたら、そちらを優先することになる。が、ツェツェリア穣は其方の子だ。国の守りも考えれば、セザールをここに呼び戻すのは得策ではない」


 分かるよね?とでもいう風に陛下は一同を見渡した。


「ルーディハルトに王太子の座を退けと仰るのですか?」


 珍しく王妃が声を荒げる。


「わしはアレに幾度となくチャンスを与えた。そうだろ?前妃の件でアレの信用は地に落ちておる。追い討ちをかけるように、マリアンヌの件だ」


「マリアンヌ穣のことはハルトの落ち度ではございません」


「ルーディハルトが王太子で無かったならば、そうであろう。だが、上に立つ者が人を見る目がないならば、国はどうなる?」


 王妃は推し黙る。


「そういうことだ」

 

 マリアンヌ穣を妻にと切実に願っていた息子の願いを叶える為に、王妃様が御尽力なさった事実を知っている者としては心が痛い。


「ハルトの処遇はどうなさるおつもりで?」


 食い下がる王妃はもう、国母ではなくただの母親として、目に映る。


「皆の前での確約を取り付けたいか...、まあよい。一代公爵として地位とそれなりの領地は用意しよう。そんなに、マリアンヌが好きなら娶ればよい。子ができれば、その子は平民として生きることになるが、その子が文官や騎士として目が出れば、一応は王族の血が入っているのだ、男爵や子爵位くらいの手心を加えてくれるだろうよ」


 以前、王家の人間は一途だからと陛下がもらしていたのを思いだした。王子はこんな状況になっても、マリアンヌ穣と結婚をしたいと思っているのかしら...。いえ、陛下は王子がこの状況でも、マリアンヌ穣を妻に迎えると考えているのだわ。そして、王妃も...


「お義母様が仰っていた通り、マリアンヌ穣を外国の王室か貴族へ嫁がせるべきでしたわ。私が我が子可愛いさに反対したばかりに...」


 泣き崩れる王妃の肩を王はそっと抱く。


「まあ、そういうことだ」


「そこを危惧しているのに、私に王座を返すのですか?ああ、なるほど、しかし、手の上で転がされているのが気に食わないが、まあ、致し方ありませんね...」


「ワシも悪かったと思っておるのだ、ただ、あの時は未熟者で母が亡くなった直後でな、本当に済まなかった」


 深々と頭を下げる陛下に一同が驚愕する。


「はあ、ツェツェリアとの婚姻は諦めますよ。流石に、娘を娶るような非道徳的なことはできません。セザール大公との婚姻も認めましょう。ですが、次の王はツェツェリアとセザール大公との間に男児ができれば、その子とさせてもらいます。ローランド老公に出張られたら、たまったものではないですから」


 諦めたように方を大袈裟に肩をすくめる小公爵に、王の表情がホットしたように見えたのは見間違えではないと思うわ。


 ただ、何より違和感を覚えたのは誰一人として、ルーディハルト殿下がマリアンヌ穣との結婚を諦めていないと思っていること、こんな状況であれ、ルーディハルト殿下は絶対にマリアンヌ穣をどんな手を使っても、娶ると皆が思っていること。


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