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裁判 2回目

時計台の鐘がカーンカーンと2回鳴る。天気が悪いのにも関わらず傍聴席は立ち見みもでてすし詰め状態だ。


 ツェツェリアはセザールと一緒に王族専用の2階席に腰を下ろした。


「判決まで、入場料でも取れば国庫が潤いそうだ」


 横に座って、カッカと楽しそうに笑う王を白い目で見ながら、セザールが心底呆れた顔で口を開いた。


「せっかく、ヘイトが逸れたっていうのに、そんなことしたら、元の木阿弥じゃないか」


 セザールは王に対して気安いが、ツェツェリアは違う。セザールを挟んでだが、王と横並びで座ることが恐れ多くて緊張で冷や汗が背中を伝う。


「ただの冗談じゃ。それより今日はあの侍女の証人尋問の日だ。さあ、どう転ぶか」


「フッ、マリアンヌ穣はどうするつもりで?ルーズベルト夫人は伯爵位くらいを与えてやり過ごすつもりなんだろ?優しいお兄様は」


「そう言うな。叔母様のことは母上から頼まれているんだ。無徳にはできんさ。まあ、マリアンヌの事はあまり好きでないみたいだったがな」


 ツェツェリアがいることを忘れているかのように、明け透けに語る王にツェツェリアは目を丸くした。


「公明正大な方でしたから...。それであって優しくて」


 二人の兄弟は懐かしむように柔らかな雰囲気を纏う。


「あゝ、母上が流行り病に倒れなければ、いや、薬が予定通りと届いていたのであれば、こんな事が罷り通って無かっただろう」


 なら、私欲の為に、太后殿下を二度と治世に関与できない身体に追いやりその妹と結婚した元ルーズベルト公爵。その事実を知った時のお二人の気持ちを思えば、その時にできた子であるマリアンヌ穣にに対して複雑な心境よね。


 ガヤガヤと騒がしかった部屋がシーンと静まり返った。裁判官と法務大臣が入場し所定の席に着いたのだ。ゾロゾロと裁判の関係者が入ってくる。ターシャと離婚協議中と思われる夫人は前例に、公爵は後列の肘掛け付きの革張りの椅子に座った。


 不機嫌極まりない侯爵とそれにビクビク怯えるターシャ穣が目につく。それとは対照的に冷静で疲れは見えるが堂々と背筋をピンと伸ばし、正面を見据えるチェリーブロッサムこと侯爵夫人。


「今から、裁判を始める。容疑者、元王宮侍女マリッサ・モンクレール」


 美しい赤い髪が膨張人達の視線を奪う。ルーズベルト公爵家と血縁者であり、愛の女神の子孫であることを意味する情熱的な色だ。


 国民は女神の子孫に敬意を払う傾向がある。


「私、マリッサ・モンクレールは我が女神に誓い、嘘偽りなく証言することを誓います」


 この誓いの言葉は自分の女神を持っている者のみできる言葉だ。帝国民が皆、我が女神を持っているわけではない。洗礼式の時に祭祀に授けられ、左手の手の手首

に刻まれるという。


 弁護士がいくつか質問をし、それに、マリッサが淡々と答えていく。


「では令嬢達を誘拐したのは、君の主人からの命令だったわけだね」


「はい」


「君の主人とは誰かな」


「ブロード侯爵家です」


 女神に誓ったら嘘はつけない。


 マリッサの発言により、ターシャの顔色は一層悪くなり、背後の侯爵をかなり気にしているように見える。


「殺せなんて命令はしてないわ!!」


 ついに我慢できなかったのか、ターシャが叫ぶ。


「静粛に、では、カーロン弁護士どうぞ」


「はい、いくつか質問をさせて下さい。正確には何と命令を受けましたか?」


「採用された職場への就職辞退に追い込むようにと」


 マリッサの発言にチェリーブロッサムが満足そうな顔をした。


「就職辞退に追い込めれば、殺さずとも良かったのではありませんか?」


 マリッサはチラッとチェリーブロッサムに視線を送ると、また、すぐに真っ直ぐ裁判官達へ向き直る。


「上流階級の方や、平民の方々にはご理解いただけないでしょうが、貴族女子が品位を保ったままそれ相応の金額を稼ぐのは非常に狭き門なのです。彼女達は奨学金で学園へ通っていました。奨学金には返済と常に上位の成績を取り続けるは義務があります。彼女達が就職を蹴るということは家と彼女達の人生の終わりを意味します」 


「少し脅す、又は別の仕事を斡旋すれば良かったのでは?」


「学園の授業料は年間金貨12枚、これは職業王宮侍女の年収の半分に相当致します。見習い行政官の給料が年間16枚。行政官の給料で金30枚。学園はストレートで卒業して6年、大貴族のご令嬢は10年くらいでしょうか?結婚適齢期までに奨学金の返済をするなら、4年。その4年で金72枚を稼げ、その仕事が嫁ぐ際に有利になる仕事は早々ありません」

 

 弁護士を少し小馬鹿にするようにそう言い切る。チェリーブロッサムの顔が曇る。


「それでも、殺さなくとも良かったのでは?」


 弁護士の質問にバカにするように、マリッサは答える。


「彼女達は命があれば、どんなに嫌がらせをされても就職したでしょう。私も同じような境遇の為、よくわかります」


 同じような境遇という言葉に、チェリーブロッサムの表情が険しくなる。マリッサは自分も彼女達と同じようにお金に苦労し、ターシャからの脅迫を受けていたと言っているようなものだ。


「えー、質問を変えましょう。貴方の門家であるモンクレール家はルーズベルト公爵家の縁戚にあたるのではないのでしょうか?主と仰ぐならば、ブロード家ではなく、ルーズベルト公爵家では?」


「私はブロード小侯爵に命を救われて、ブロード侯爵に後見人になって頂きました。ですが、この時はまだ、ブロード侯爵家は主人ではなく、後見人でした。小侯爵に立て続けに不幸が起き、私の面倒を見て下さっていた小侯爵が失踪なさってから、私はブロード侯爵家の後見が欲しいなら、学費や生活費を払って貰っている間は仕えるようにと夫人に言われました」


「侯爵にではなく、夫人にですか?」


「はい、それまでは小侯爵が侯爵と前夫人に掛け合って下さって、少なくない学費と生活費を無償で負担して下さっていました。しかし、前侯爵夫人が亡くなり、再婚なさってから、今の夫人に無償で学費や生活費を提供する義理はないと言われ、卒業後は返済するようにと、利子の代わりに返済が終わるまで侯爵家に仕えるようにと言われました」


 マリッサの言葉に静まり返っていた館内が急にガヤガヤと煩くなる。


 騒いでいるのは後方の立見や木製の長椅子席の平民達ではなく。前列の革張りの椅子に陣取っている貴族達だ。ノブレス・オブリージュを最も大事にする高位貴族の夫人。見返りや対価を支援している子供に求めることは、貴族社会では最も恥じる行いだ。


 ましてや新興貴族ではなく、保守派の最も伝統を重んじるブロード侯爵家。


 何がいけないの?という顔の夫人とは裏腹に、侯爵は怒りで顔が真っ赤だ。この場で怒鳴り散らさないだけ、流石はというべきか...


 弁護士は米神に中指を当てて、話が違うぞと言わんばかりの表情を浮かべる。


「えー、貴女はブロード侯爵家に支えなければ学園に通える状況でなく、その上、学費の返済を約束させられていた。だから、貴女は自分と似た境遇の彼女達が死ななければ、どんなに脅されようと就職を諦めることはなかったと考えて、他に手立てがなく彼女達を殺害した。ということですか?」


「はい」


「えー、当時、学園には自分の家が仕えているルーズベルト家の公女が通っていたではありませんか、なぜ、彼女に助けを求めなかったのです?」


 場の雰囲気を変えるように、弁護士が問う。


「それはマリアンヌ穣のことでしょうか?彼女の学園での噂をご存知なら、そのような質問はなさらないと思いますよ?仰られた行動を取ることは悪戯に従属しなければならない主人を増やすだけになりますので」


 弁護士なら、それくらい調べておけよ。と言わんばかりのマリッサの言葉に、弁護士の顔がカッと赤くなる。


 あの弁護士、マリアンヌ様の信者だったのかしら?


「質問を終わります」


 イライラした様子で、弁護士は席に戻った。

 

「おおっと、これは手厳しいなぁ。マリアンヌにとっては向かい風になってしまったわい」


 王は全く困っていない風にそういいながら、少し離れた所に座って傍聴している王太子に目を向けていた。


「拗らせに拗らせた初恋に終止符を打って欲しいという、親心ですか?」


 セザールが呆れた風に肩を含めた。


「フッ、王家の血筋は一途だからな、まあ、お前も同じではないか」


 検事が質問台に立った。


「えー、ブロード小侯爵が失踪されたと言われましたが、何があったのでしょうか?」


「裁判長、それは本件に関係のない質問です」


 弁護士がすかさず、質問を止めに入る。


「却下します。どうぞ、質問に答えて下さい」


「ご自身のお母様に続き、大事な方まで殺されたからです」


 場内がシーンと静まりかえる。


「大事な方とはだれですか?」




「ディーン子爵夫人です。小侯爵様は上官であるディーン子爵をそれはそれは尊敬なさっていらっしゃいました。そして、奥様に対しても、姉のように慕ってらっしゃいました。ご自身のお母様を亡くされた時、支えて下さったのが子爵夫妻だったと仰ってました」


「先程、殺されたと言われていましたが、..侯爵夫人は病死で、ディーン夫人は出産が原因でと記録されています。なぜ、殺害と断言されるのでしょうか?」


「昔から支えている侯爵家の使用人は、侯爵夫人は殺害されたと思っていると思います。そして、ディーン夫人は妊娠9ヶ月目に状態を確認した医師が問題ないと言っていたと聞いております」


「憶測ではなく、確証はありますか?」


「意義あり!その質問は本件とは関わりのない事です」


「本件に関わりがあります。どうぞ答えて下さい」」


 裁判官の言葉に、弁護士は凄い顔をしてイラついた様子でまた、

椅子へ座る。


「はい、侯爵夫人の病はただの風邪でした。ですから、悪化して肺炎で亡くなるならわかるのですが...。夫人は痙攣して、血を吐いて亡くなりました。この事実を知っているのは限られた使用人と私、そして、そのとき、奥様の側迎えをしていた現侯爵夫人だけです。まあ、その限られた使用人の殆どは謎の死をとげてますけど...。ディーン夫人のことは当時彼女を診た医師を探して下さい。その医師は侯爵夫人の主治医でもありましたから」


「侯爵夫人は前夫人の側仕えだったのですね」


「はい、侯爵夫人は、王女様である前夫人の乳母の養女です。ややこしいので、王女様と呼びます。王女様の乳母には一人娘が居ましたが病で亡くなったそうです。乳母の夫である男爵が養子に迎えて、王女様の側仕えとして侯爵家にやってきたのが元侯爵夫人です」


 まるで示し合わせたかのようにサクサクと答弁が進む。


「乳母である男爵夫人と侯爵夫人は血縁関係はないというのですね」


「はい、ございません。また、乳母である男爵夫人と侯爵夫人は面識すらございません。なぜなら、乳母がお嬢さんを亡くされて気落ちし、伏した時に男爵が独断で養子に迎えられたからです」


「ち、ちょっと待て!クソ、女神の誓いをしての証言か!ははは、では、私はこの売女に騙されていたということか」


 侯爵は顔を手で覆い堪らないとばかりに、答弁を遮ったが、持ち直した様子で、顔を覆っていた手を挙げた。


「ブロード侯爵」


 裁判官が侯爵を呼ぶ。と、侯爵はさっとたり上がり、襟を正す。


「申し訳ございませんが、私からモンクレール令嬢に質問をしたいのだが」


 ブロード侯爵の言葉を受け、裁判官が検事に目を向けた。


「侯爵様の後でまた、続きの質問の機会がいただけますなら、私は構いません」


 裁判官は頷くと、徐に口を開く。


「異例ではあるが、前侯爵夫人であり、この国の王女様の死に関すること故、ブロード侯爵の質問を許可致します。ブロード侯爵、質問台へどうぞ」


 ブロード侯爵は足早に質問台へ進むと、咳払いを一つした。


「ごほん。まずは、質問の機会を頂けましたことに感謝申し上げます。えー、モンクレール令嬢、我が妻が乳母と血縁関係がないと申しておったな。なら、乳母の娘と我が妻は面識があるか知っておるか?」


「面識があるわけがございませんわ。だって、レーゼ穣がご健在なら、ご夫人が男爵家へ養子ではいることなんてなかったんですから、ご夫人はレーゼ穣が亡くなって、気落ちする乳母を慰める名目として、男爵が誰にも相談せずに養子として迎えたんですら。王女様の乳母がどれだけそのことに激怒したことか」


 マリッサは明朗快活にそう言い放つ。


「君は乳母とどれくらい親しかった?」


「お嬢様であるレーゼ穣と乳母と3人で、学園が休みの日にお茶をするくらいには。私は学園が休みの日に家に帰れない立場でしたから、かと言って、休日の度にこの侯爵家に訪れるわけにもいかず...。王女様が乳母の家へ行けるように取り計らって下さり、病気のレーゼ穣が寂しくないように来て欲しいと言われまして」


「はっ、レーゼが可愛がっていた令嬢というのは君だったのか....。レーゼに婚外子がいたという話は?」


「レーゼ穣に子供ですか?ありえませんわ。あの狭い屋敷に長期休みの間ずっとお世話になっておりましたのに、一度も会わないということがありますか?隠しているなら、流石に私が頻度訪れるのを拒むでしょうし、レーゼ穣とは滞在している間、一緒に過ごしていたのです。流石に妊娠に気が付かないことはないですわ」


 ターシャの顔がカッと赤く染まる。


「ははは、わかってはいたが、レーゼの子でもなく、娼婦が客との間にもうけた子を我が子のように可愛がっていたとはな、その上、その女に兄から託された大事な妻を殺されていたことに気が付かずに、後妻に迎えていたとは私はなんたる愚かなことを...。妻を殺したのはこの売女であろう?息子が愛想を尽かして出ていくわけだ...。何度も、そう訴えておったのに、恋に目が眩んだだけと決めつけて...目が眩んで見えていなかったのは、私ということか...」


「はい、王女様を殺害したのはチェリーブロッサムです」


 ハッキリと言い切るマリッサに一切の迷いなど見えなかった。長椅子に座るチェリーブロッサムの顔は真っ青になりカタカタと小刻みに震えているようにも見えた。


 ああ、ブロード小侯爵が予想していた通り、お母様を殺したのも彼女なんだわ。


「この件は王女殺害事件である。しっかりと捜査を進める故、本日はこれにて、閉廷する」


 法務大臣の言葉により、慌ただしく幕を閉じた。


「良かったな、これで君の母上の捜査も始まるさ」


 セザールが優しい顔でツェツェリアへ話しかけた。

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