平穏なひととき
机の上には山のような書類が積まれいるが、それをせっせと処理しているのは補佐官のカロだ。
セザールはツェツェリアをぬいぐるみのように抱き抱えて、その口に楽しそうにブドウを入れてくる。
もぐもぐと食べ終われば、もう一粒、といったぐわいだ。
レイモンドは剣術が楽しいらしく、セザールの部下相手に猛特訓しているらしい。
カロは忙しく手を動かしがら時たま恨みがましくセザールに視線を送っていたが、我慢ならないのか、ついに口を開いた。
「確かに、可愛くて小さなものを愛でれば、その憤りも落ち着くとは申しましたが...仕事はして下さいよ」
セザールはツェツェリアに頬ずりすると、ギュッと抱きしめた。
可愛くて小さなものね...確かに私はこの屋敷にいる屈強な騎士達よりは、可愛くて小さいかもだけど...カロは愛玩動物のこと言ったと思うのよね。
「こうしているか、剣を振るかしてないと落ち着かないんだよ。俺は兄さんほど豪胆じゃない」
私で落ち着くのかしら?
「はあ、では、存分に愛でて下さい。剣を振り回すよりはかなりマシです。被害者は私とお嬢様だけで済むので...」
カロは諦めたように仕事を再開した。
「被害者って...」
「よくぞ聞いて下さいました。主が鍛練と称して部下達をコテンバンにしてしまったんですよ。あの、気性の荒いザビエやハルミンすら、今、ベッドの上っていう状態で」
ザビエとハルミンは大公家きっての荒くれ者だ。爵位はあるが、平民出身で他国の血が入っていて身体も大きい。
マナーはできておらず、他の貴族達を尊重する気もない、粗野で戦場の実力だけでのし上がってきた者達だ。
「あの、なぜそんなに苛立っているのですか?」
「彼の方が君の義父になるからですよ。殿下の目の上のたんこぶですから」
カロが苦笑いしながら答えると、セザールはチッと舌打ちをして拗ねて甘えるようにツェツェリアの首筋に顔を埋めた。
「そんなことより、親子鑑定はどうなった?」
ブロード侯爵がターシャとの親子鑑定を教会に申し出たため、裁判の日程が繰り下げになったのだ。
「親子ではないとの結果が出ました」
当然でしょうとでも言うように、カロが答えた。
「しかし、どのようなトリックを使ったんだ?チェリーブロッサムは」
ターシャを侯爵の子供と疑うことなく認識さたのだ。側室廃止案が出る前にはチェリーブロッサムは名を変えて、侯爵の側室か愛人になっていたことになる。しかし、ドンマンの借用書の日付から考えると、その時はまだ、ダンサーとしてステージに立っていた。はたして、侯爵の側室又は愛人とダンサーの2足の草鞋を履くことはできるのかしら...
「侯爵様は潔癖で保守的な方だとや聞いたのですが...」
娼館やコンデッサンは毛嫌いしそうなタイプなのに...
「ああ、あの人はそういった類いの俗物は毛嫌いしていたんだが、カロ、彼女の経歴は?」
カロはガサガサと紙を探し出す。
「えーっとですね。チェリーブロッサムとして、ではない方ですよね。あ、っと、ハウザット伯の縁者で騎士家の出身ってことになってますね」
ハウザット伯爵家は(亡き王女だった)侯爵夫人の生家だわ。侯爵夫人はサガード3世の姉だ。彼女は前王が夜伽の先生だった未亡人と間にできた姫だ。第一子ではあるが、扱いは姫という身分は与えられはしたものそれだけだ。未亡人である彼女の母は側室に迎えられたという話は聞いたことがない。そして、数多いた姫の中で、唯一国内の貴族に降嫁された姫でもある。
「はっ、そこから潜り込んだのか、えげつないな」
「多方、お金に物を言わせて、騎士家の養子にでもして貰ったのでしょう。騎士家であれば平民だった者や子爵家や男爵家の次男以降が混雑してるので、おおかた、その身分を使って、侯爵家にメイドととして潜り込んだのかと。ただ、ダンサーと両立するのは些か難しい気が致しますが」
「そこだ、どうやって両立したのか」
セザールはそう言って、ブドウを摘むと今度は自分の口に放りこんだ。
セザールの執着は前から異常ではあったが、ツェツェリアが攫われる前より、酷くなった気がする。ツェツェリアが眠っている時ですらその部屋で執務にあたるようになった。
起きているときは、食事のマナーも無視しこうしてツェツェリアを抱き抱えてその口に自ら食事を運ぶ。ここ最近は、文字通りお風呂以外は四六時中ずっと側から離れなくなった。お気に入りのタオルやぬいぐるみを手放せない赤子と同じだ。下手すれば、風呂の手伝いすら自らすると言い出しそうな勢いだ。
ツェツェリアも精神的にだいぶ参っていた。相手が変わってはいるがずっと監禁生活が続いているのだ。ただ、この男の側を離れたとき、何度も命の危機に遭っているから、不満も漏らせないのが現状だが...




