窓の外
そっと窓を開けると、玄関横にいる兵士に怒鳴り散らす伯爵の声が入って来た。
「私はローランド公爵家の使者として来たと言っているではないか!伯爵家の当主自らやって来てやったというのに、なんだこの扱いは!」
騎士達は不思議そうに顔を見合わせるばかりで、伯爵に取り合おうとしない。
「私は伯爵位を賜っているのだぞ、なんだその態度は!」
どれだけ喚いても、騎士達は不思議そうな顔をして、お互いの顔を見合わせるばかりだ。
「あー、お前たちでは埒が開かん!ほら、さっきの男を連れてこい!」
「◎÷££$#<>※」
「€$¥$**$#?」
聞き覚えのない言葉が聞こえて来た。玄関の両脇にいる兵士達が喋っている。
「チッ、言葉が通じないとは、本当に埒が開かん!この国に来るんだったら、この国の言葉くらい覚えてこい!まったく、いつまで待たせる気だ!さっきの執事といい、こいつらといい、ここの奴らは仕事ができん奴らばかりだな!!」
大声で怒鳴り散らす伯爵にセザールはニンマリと笑って、ツェツェリアの耳元でコッソリと囁く。
「良かったな、罪悪感を感じずに済む相手で」
丁寧な人の良さそうな気弱な雰囲気の人なら、妹を売り渡したクズでも、少なからず罪悪感を感じただろうから。
「老公爵様はよく、こんな方を遣いとしてよこしましたわね」
ローランド老公爵は狡猾で策略家ではなかっただろうか、そんな人がこんな人選ミスを?
「2面性があるのだろよ」
強きに媚び、弱きに大きく出る人ね。
「あの兵士はこの国の言葉は喋れないのですか?」
この屋敷で過ごして、他国の言葉で話している人を見たことがないのだけど...。
「いや、喋れるぞ!伯爵が何と言っているのかしっかりわかっている。ただ、身分を盾に押し通されると厄介だからな」
クスクスと笑みが漏れる。
「なるほど、知らなければどうしようもないですわね」
すっかり日も暮れて、ツェツェリアは寝る準備をした後、ふと窓から外を覗いた。玄関には疲れ果てた伯爵の姿と、交代した兵士の姿が見えた。伯爵は一生懸命に兵士に何かを訴えている様子だったが、兵士は全く相手にしていなさそうだった。
ドンドンと扉を叩く音と怒鳴り声で目が覚める。
眠い目を擦り、起き上がると隣にセザールが眠っていて、ツェツェリアは悲鳴をあげそうになった。
いや、ここはセザール殿下の寝室であるのだけど、まさか、一緒に寝ていたなんて!!いや、今までもそうだったの?私より遅く寝て、早く起きるから気が付かなかった?
月明かりに照らされた美しい寝顔を眺めていると、今度はガシャンと鉄の門に何かを投げつける音がした。
「チッ」
セザールが眉間に皺を寄せて起き上がる。
「セザール殿下、先程から、怒鳴り声や門を叩く音が...」
「伯爵が痺れを切らしたのだろう。今すぐには返事はできかねると伝えたのに居座り、暴れ回っているのだろよ」
「このままでも大丈夫なのですか?」
「持久戦だな。放っておいたら、そのうち帰るさ、そんなに根性もなかろうて、さあ、寝るぞ」
そういうと、セザールはツェツェリアを抱き込んでそのまま眠りについてしまった。
心臓が痛いわ。寝るぞって、こんな状況で寝れる訳がないじゃない!!
ツェツェリアが目覚めたのはもう、日が頂点に登ろうかとしている時間だった。夜通し暴れ回る伯爵と抱きついたまま眠ってしまったセザールのせいで、ぐったりとして寝入ったのは明け方だったからだ。
そう言えば、伯爵の怒鳴り散らす声や金属音が聞こえないわ。
ツェツェリアはそっと窓辺に近づき、外を眺める。ぐったりと門に寄りかかってこちらを見上げる伯爵と目が合ったような気がした。慌てて、窓から離れたが、ツェツェリの心臓はドクドクと五月蝿い。
早めのアフタヌーンティーをいただいても、紅茶の味も、サンドウィッチの味も分からず、新聞の文字を追っても、全く内容が入ってこない。
いつも通りセザールに抱きしめられているとか、そんなことより、目の合った時の伯爵のにゃと笑った口元がツェツェリアの頭から離れない。
コンコン
ノックの音がして、昨日、玄関横にいた兵士が入ってきた。
「ルーマー伯爵、城門より待機していたローランド公爵家の馬車で出立なさりました」
「ご苦労」
カロの言葉に兵士は敬礼して、サッと部屋から出ていった。
ローランド公爵家へ報告に行くということね。なら、伯爵が門の前で一夜を過ごしたことも、文字通り、門前払いされたこともローランド老公爵の耳に入ることになるのよね。
背中かゾクゾクとする。
「さて、老公爵はこのメッセージをどう、受け取るか」
楽しそうに口元を緩めるセザールに、カロは盛大な溜息を吐いた。
「邸宅に招いて貰えなかったとか、この国の言葉すらわからない兵士を門番にするとはとか、ローランド公爵を侮辱したとか、並々ならぬ苦労話と自分がどれだけ人力したかを一生懸命に伝えるだけでしょうに、それをどう受け取るかを楽しみにするとは悪趣味ですよ、全く。直接相手をした私が老公爵に睨まれるのがオチじゃないですか」
「怒鳴り散らされる訳じゃあるまいし、好々爺らしく迷惑をかけたと謝られるだけじゃないか」
ニヤニヤと笑うセザールに、カロはゲンナリとした風に返事を返した。
「ええ、ええ、全てお見通しで、目が全く笑っていない優しげな笑顔で伯爵の不手際を詫びつつ、それを口実に思いっきり探りを入れてくるでしょうね」
はあ、ヤダヤダとでも言いたげな様子で、じゃぁ、レイモンド様の軟禁を解いて貰ってきますねー。なんて、言いながら部屋から出て行った。
今日の夕食の席はレイモンドとセザール殿下と3人で囲んだ。
「そなたの祖父が、そなたを返せと言ってきているが、どうする?ったく、成人男性を幼児のように扱うとは、老公爵も年老いたな」
クックと笑いながら、ステーキをワインで流し込むセザールを、レイモンドは軽く睨んだ。
「ここまで、だれも僕を一人前として扱ってくれないとは悲しくなりますね」
「ハハハ、家庭教師から出来栄えを聞いた。まあ、経済学、幾何学、法律はまずまず。帝王学は学びだしてから日が浅い割には良い出来栄え。ただし、基礎体力、剣術、はまだまだ、馬術はかなり訓練が必要だそうだ。我が公国へ着いてくるなら、戦争へ行く可能性も出てくる。死にたくなきゃ、もう少し時間を割くのだな。明日から厨房の手伝いに入れ、軍行中は自分で料理をしなきゃならない。食べれるものとそうでないもの、屠殺や血抜き、魚の捌き方は学ぶべきだな」
公国へ連れて帰るという、示唆にレイモンドは喜色を浮かべたが、現実を突きつけられ気を引き締めるようにしっかりとセザールの顔を見据える。
「はい、承知致しました」
セザール殿下が戦争に出て必要と感じたことなのね。レイモンドがどんな選択をするかわからないけど、王女様と結婚をしても、子爵として生きていくにしても、戦争が始まれは戦地へ借り出される可能性は多いにあるわ。
レイモンドだけではなく、ツェツェリアにも現実が突きつけられた。
「で、どうしたい?ローランド老公爵の元へ行くか?」
「行くわけがないじゃないですか、あそこへ行けば、僕の意思など謀殺されて人形として生きる羽目になりますから」
「フッ、ならいい。もう一つ聞きたいことがある。王族として生きたいか?それとも、子爵の地位に甘んじるか?」
レイモンドとツェツェリアは鳩が豆鉄砲でも食らったような顔で、セザールを見つめた。
ツェツェリアがフォークで救った豆がテーブルにコロンと落ち、シミを作った。
『王弟として、生きていく道があるのですか!?』
二人の声が重なる。
ツェツェリアもレイモンドも諦めていた道だった。
「ああ、君が願うならば、だけどね」
「僕の悲願なんです!そのせいで姉さんを苦しめてしまったけど...」
レイモンドは申し訳無さそうに下を向いた。
「本当にレイモンドが王弟だと名乗れんですか?彼が、その地位を取り戻すことが可能なんですか?」
舞い上がる二人にセザールは苦い顔をする。
「ああ、ツェツェの母親の死因の究明、そして、王女がツェツェの妹と公表されればレイモンド、君の出生も明らかにする必要が出るだろう」
『ゴクリ』
ツェツェリアとレイモンドは生唾を飲み込む。
「はははは、血は繋がってないというに本当に似てるな。だから、お前の面倒をみてしまうのだろう」




