謁見 2
「つくづく嫌味な奴よ。ディーン令嬢、其方はどうしたい。セザールとの婚姻は世と其方の祖父である将軍の意向じゃ。其方の意に沿うものではなかったのやもしれぬ。だが、セザールと過ごしてみて、奴に情は湧かなかったか?」
愛しているかと問われれば、わからない。と言うのが正直な感想だが、情があるかと問われれば...
「情でしたらございます」
「奴が結婚してくれと縋れば世と将軍の約束がなくとも、婚姻してやるか、くらいの情はあると思っても良いと解釈しても良いということじゃな」
「してやるかなど、恐れ多いことにございます」
あの大きな身体て、他人なんか全く気にしないセザール様が縋るかなんて、想像できないわ。
内心笑いそうになる表情を引き締める。
「フッ、何を言う。あのセザールが其方の顔色ばかり伺っておるではないか。まあ、よい。其方がアレと共に過ごしてくれるのなら、な。ブロード小侯爵の問題は残るがそれは世が解決せねばならぬ故、あの時、小侯爵が其方の母と結婚したいと頼んできた時に、それを上手く纏めてやるべきだったのだ。さすれば、アレが王座を脅かすこともなく、其方も将軍が亡くなったあとも、其方も貧困に喘ぐことはなかったろうに...。世の過ちじゃな」
陛下がそう仰るくらいだから、セザール殿下は私を大事にして下さってはいるのだろう。そんなことが吹っ飛ぶくらい衝撃的だったのが、ブロード小侯爵様がお母様と結婚をしたいと言っていらっしゃった事実だ。侍女のモンクレール穣が言ったことは事実なの?
『ディーン夫人が主を惑わせなければ』
この言葉が頭の中で何度も繰り返される。
「恐れ多いことにございますが、私があの家でお会いした方は....小侯爵様は陛下の甥なのでございましょうか」
「ああ、そうじゃ」
王の言葉にツェツェリアの鼓動が早くなり、冷や汗が背中を伝う。
「あ、、え、あ、王女様は私の...い、いも、う....」
聞きたいが聞きたくない。
鼓動は心臓が爆発するのではというくらい速く動き、言葉すら、満足に口からでない。
「ああ、そうじゃ、其方の妹であり、小侯爵の娘じゃ」
王の言葉に、ツェツェリアはもう頭が真っ白になった。
ガヤガヤと騒がしい様子と、怒鳴り散らす女性の声がどんどんと近づいてくるが、もう、意識はそれどころではない。ツェツェリアは支えられるようにしていつの間にか部屋の隅に置かれた椅子へ誘導される。
すれ違いざまに、ツェツェアの目に赤い髪が入ったような気がしたが、そんなことより処理できない過度な情報で頭の中は爆発寸前だ。
「黙れ!醜悪な!其方が世の従姉妹でなければ無実とはいえさっさと田舎へ送っておったわ!」
始めて聞く、陛下の怒鳴り声に一瞬で現実へ引き戻される。
「何故ですの?私が殺人犯ではないとわかって下さったのなら、すぐに誤逮捕を謝罪して下さり、公女として扱って下さいませ!」
あまりの出来事に顔を上げると、髪を振り乱して陛下を睨みつけるマリアンヌが目に入った。
かろうじて貴族としての体面は保ってはいるものの、次期王妃と讃えられていた優雅さと気品はそこには鱗片も無かった。
「其方は婚外子であろう?」
「だから、なんですの?婚外子であれ、今まで公爵令嬢として生きてきたのです。それに、誤逮捕をされたのでございますよ!私の体面は酷く傷付きましたわ。その補填として、陛下からの謝罪と、今までの身分を要求致しますわ。お姉様を呼んでください!なぜ、お姉様は面会に来て下さらなかったのですか?」
マリアンヌの拳は強く握りしめられフルフルと小刻みで震えている。眉間に皺を寄せ、眉をこれでもかと釣り上げ、キリッと陛下を睨み付け早口で捲し立てた。
「叔母上は平民になられたよ」
陛下の言葉にマリアンヌは心底驚いた様子での怒りが引っ込む。
「お、お母様が?」
「ああ、そして、其方の父は弾頭台に上がった。だが、叔母上には次々と嘆願書が上がってきておる」
俯いていたマリアンヌが『嘆願書』と言う王の言葉に上げた顔は喜色を帯びていた。
嘆願書が集まれば貴族として、返り咲けるんだったけ...
ボーっとした頭にセラの言葉が蘇り、マリアンヌが何を考えているか手に取るようにわかる。
「お母様はまた、公爵夫人としての..」
マリアンヌが全てをしゃべる前に宰相が鼻で笑うように言葉を遮った。
「公爵夫人に戻れるわけがないでしょう。はあ、だから、妻と会わせたくないんですよ。その足りないオツムと馬鹿高い虚栄心のせいで、どれだけ我が妻が苦労を強いられきたか」
「また、お義兄様の仕業ですの、お姉様と私は血の繋がった姉妹ですわ。家族とは助け合うものでしょう?血のつながりのないお義兄様とは関係ない話ですわ。早く、お姉様をここへ呼んで下さい」
目の前で金切り声を上げるマリアンヌは、ツェツェリアが気後れした完璧な淑女である夜会でみた姿とはかけ離れていた。
「何か勘違いをしておるようじゃが、嘆願書が集まっておるのは叔母上のもののみじゃ。マリアンヌ、そちに対してのは1枚もない」
王は心底、呆れた顔でマリアンヌを見ている。
「い、一枚も、でございますか?」
「そうじゃ、数万を超える嘆願書の中に、そなたを救ってくれと書かれたものはないのじゃ。こうして、ディーン令嬢が救出され、其方が冤罪であるとわかっても、其方を我が息子の妃にと言う言葉は一切上がってこない。犯罪者の娘として、このまま田舎にでも送れというのが民意なんじゃろ」
マリアンヌはガクリと膝から崩れ落ちる。
「ははは、う、嘘でしょう。あんなに完璧な淑女だと、未来の王妃だと持て囃しておいて」
「前王妃とジャネットの栄光に照らされて、自分が自ら輝いていると勘違いしていただけだろう」
心底軽蔑したような視線を向けた宰相が辛辣な言葉をマリアンヌに浴びせる。
「其方の冤罪は晴れたが身元引受人がおらぬ。ジャネットの代理人である宰相がそれを拒否しておるゆえな。さて、どうしたものかと、そちを呼んだのだが...」
暴言を吐き癇癪を起こし話にならなかったと、伝える陛下の顔に呆れがみてとれる。
マリアンヌの母親である元公爵夫人は平民として田舎へ送られている。嘆願書が届き立場があやふやな状態だ。その上、殺人示唆はしていなかったとはいえ、学生時代の悪行が明るみに出た娘の身元引受人としては元公爵夫人は不適格。分家の親族げ名乗りでてくれたらよいが、学生時代、手足のように使おうとして、顰蹙を買っているためその望みも薄いだろう。と、いうことね。
「お姉様を呼んで下さい。王命であれば拒否できませんわよね!」
マリアンヌから、自分が頼めばジャネットが断ることができないという確信を持っていることが伝わる。
宰相の眉間の皺がどんどん深くなり、ただでさえ厳しい顔がもっときつくなっていく。
「話が一向に進みません。ディーン令嬢にはお帰り頂いた方が...」
宰相の言葉で、王はツェツェリア顔を向けると済まなそうに頷いた。
「そうじゃの。申し訳ないが再度時間を貰うぞ」
ツェツェリアは礼をして、支えられるようにして、謁見の間をでた。




