城への帰還
結局、二人が乗ったのは日用品を購入している商会の馬車だった。八百屋の馬車はタイミングが合わずに、見送ることとなったのだ。
空の木箱の影に隠れて、ドキドキしながら邸宅を出る。外の様子が伺えないが、それなりの時間揺られたので屋敷からだいぶ離れたことだろう。
「ねえ、レイモンドはどうして、一緒にあの邸宅から出ていくことを選んだの?」
「んー。ここ数日、自分がどうしたいのか考えてみたんだ。僕は姉さんが大好きだ。姉さんと離れて、いや、姉さんと一緒でもそこに他の誰かが存在するだけで気が狂いそうになった。姉さんがいなくなったあの約1ヶ月は本当に恐怖でしかなかった。もう、世の中が終わってしまうのではと言うほどの絶望感を味わった。だけど、ここ数日、色々と考えてね、それは姉さんという世界しか知らないからの恐怖だと気がついたんだ。だから、少しずつ、外へ踏み出して行こうって決心した。ただ、この国では難しい。だけど、アーシェア国なら可能な気がする。だから、それに期待してみようと思うんだ」
誇らしげに、はにかむような笑みを浮かべるレイモンドに、ツェツェリアも釣られて笑顔になる。
「そっか、大人になったのね。セザール殿下は貴方のお兄様なんだもん、私が結婚しても、家族が増えただけで何も変わらないわ。安心して大丈夫よ」
馬車は無事に城へ着いた。裏門からこっそりと入れてもらう。裏門には既にセラが馬車で迎えに来てくれていた。
「まあまあ、奥様、ご無事でよかったです。レイモンド様よく戻って来て下さいました。さあさあ、人目につかないうちに馬車へ乗ってくださいませ」
涙を流しながら喜ぶセラに、ツェツェリアは胸がいっぱいになる。
馬車のカーテンを下ろして、セラは今の情勢を教えてくれた。
「大公殿下の勝利は目前なのですが、奇襲が止む気配がなく。まあ、あちらも背に腹は変えれないのでしょう。人間食べないと生きていけませんから、全滅するまで挑んでくるか、殿下が交渉に乗り出し救うか...全ては殿下のお心しだいですわね。奥様が見つかったんですから、すぐに和平交渉をしてお戻りになります。ご安心下さいませ」
「セラ、いろいろと手を回してくれてありがとう」
ツェツェリアの言葉にセラは誇らしげに、そして、嬉しそうに胸を張る。
「当然ですわ。しかし、久々ですから、ね!こんな風に動くのも、昔を思い出しましたわ。本当に残念ですわね。乳母がレイモンド様ではなくローランド老公に付くとは...彼女が老功から守ろうとしているのは、自分を売った何年も会ってないお金だけむしり取る家族だったいうのに」
「そうか、乳母は僕より何年も顔すら見ていない。手紙すらくれない家族の方が大事だったのか」
セラの話では、最後の最後で乳母はレイモンドよりローランド公を選んだ。八百屋の荷馬車は城ではなく、ローランド公爵邸に行くものだったのだ。商会を通じて、乳母と連絡を取った結果、あえて、八百屋の馬車に乗り遅れて、商会の馬車に乗ることにしたのだ。
レイモンドへ与えられたローランド邸に出入りしていた日用品を扱う商会が、星の巡り合わせがよくルーディの商会だった。ツェツェリアは商会の従業員を通じて、セラと連絡を取ったのだ。
ローランド公はレイモンドを次期王として据えようと画策している。孫娘を外国の王室へ嫁がせるのも、その一環だったらしい。
彼は孫娘を差し出す代わりに、皇女のような待遇での送り出しを条件とした。レイモンドに帝王学や法律を学ばせていたのも、王に相応しい姿を世に見せる為だろう。
「もう、びっくりしましたのが廃妃ですわ。彼女と王太子の出会いのきっかけを作ったのがローランド公爵だったんですから!まあ、勝手にのめり込んで、后にしたのは王太子ですからなんとも言えませんが」
「出会いのきっかけとは?」
レイモンドが好奇心丸出しでセラに詰め寄る。
「彼女を所有していた方、ほら、彼女の養父になったあの方に、綺麗に洗い上げた彼女にいつものボロを着せて、裸足で王太子の庭に捨て置いとけと命令したんですよ。『誰か良さそうなのが通りかかったら、拾ってもらえ』と、だけ、言わせてね。彼女がグズグズ泣いていたとこに王太子が通りかかり彼女を拾った」
「拾った?」
驚いた様子のレイモンドとツェツェリアの顔を見て、呆れた顔をしたセラは続きを話出した。
「そう、文字通り、『拾った』んですよ。捨て猫や捨て子犬のようにね、ペット感覚だったんでしょうね。当時、王太子はマリアンヌ穣に袖にされて落ち込んでいらしたから、まあ、癒しを求められていたのかもしれません。可憐で保護欲をそそられる方でしたから...ですがね」
「愛人や側室を持つことを禁止している」
ツェツェリアの言葉にセラは頷く。
「そうなんですよ。彼女を放り出して、名家の令嬢と婚約や結婚に踏み切ることができずに...。その上、王太子が彼女を公の場に連れて行かなければ、いっときの間とはいえ王太子妃の座に座ることはなかったんでしょうけど...」
煌びやかなドレスにパーティ、彼女が強請ったのだろう。今までとは違う眩いばかりの世界、望めは全て叶えてくれる優しい男性。もっともっととひたすらに甘えた。それを可愛いと感じた王太子か。
「はは、結果、お祖父様の思惑通りに王太子の名声は失墜したわけだ」
「目覚ましいものがないとは言え、真っ直ぐで堅実な方ですから、廃妃のスキャンダルが無けりゃその立場は今も、揺るがなかったでしょうね」
セラはそう言うと、レイモンドへ視線を向けた。
貴方を王にするために、貴方のお祖父様は画策しているのに、その座を捨てても良いのかと尋ねるように。
「お祖父様は自分が王座に座りたいんですよ。僕が王になったら、お祖父様の傀儡と成り下がる未来しか見えないな。それこそ、姉様を人質に僕を好き勝手動かすでしょうね」
「賢くなられたのですね。レイモンド様」
セラはそう言うと、にっこりと笑った。




