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乳母と話してからのツェツェリアは、魂が抜けた状態だったことが嘘のように歴史の本に没頭した。
それこそ、神話や物語りの類いから、年表や小難しい暦本まで歴史に関する書物を日々読み漁った。勿論、毎日新聞に目を通すことも忘れていない。
乳母を見つけては乳母がディーン家に来てからのこと、乳母が公女に支えてからのこと、戦争が始まったくらいからの社会情勢を根掘り葉掘り尋ねた。
ツェツェリアの頭の中は母のことと、これから、自分がどうするべきなのかでいっぱいだった。
「ねぇ、レイ。私、城へ行こうと思うの。貴方が私と離れたくないだけなら、私が嫁いでも側にいたらいいわ予定通り、嫁ぎ先へ着いてきたらいいし、一緒に暮らせばいいのよ。王太子がこのまま王になるのなら、貴方が人並みの生活をするのは難しいわけだし...。」
レイモンドのことを考えると、この国にいるべきではない。と言うのが答えだ。
大公領は異国文化が混じる場所、ここでは血筋がわかる外見でも、向こうでは平民達が互いの肌の色や、髪の色、目の色さえ違うというし目立つことはないだろう。
グランツ曰く、こんな外見を重視している因習はこの国だけだと言っていたし。こんなに他国を排除して、鎖国めいたことをしているのもナンセンスだと、他国ともう少し交流して良い文化はどんどん取り入れるべきだとも。
「姉さんは僕を捨てない?血の繋がりがなくても?不治の病じゃなくても?」
「勿論じゃない」
「本当に!乳母に聞いてみるよ。乳母が家族のもとへ帰りたいなら、勿論、尊重するし、着いて来てもいいと言うなら一緒に行こうと思う。あんなことがあったからって、僕にとっては母親より母親な存在だからね。勿論、姉さんが良ければだけど...」
照れくさそうに笑うレイモンドはお祖父様が生きていたころのようだった。
乳母に相談すると、乳母は険しい顔で二人にそっと聞いた。
「このことをメイドや下男に聞かれましたか?公爵様へ相談はなさいましたか?」
「いや、まだだが」
レイモンドとツェツェリアは驚いた様子で乳母の顔を仰ぎ見る。
「なら、ようございました。決してそのことを誰にも気付かれてはなりませんよ。気付かれたら最後、本邸に軟禁されてしまいますから。お嬢様は人質とされるか、セザール殿下の元へ返されるかはわかりませんがね」
「何故?」
レイモンドが問うと
「公爵様は殿下を次期王へと切望してらっしゃるから」
鼻で笑うように乳母はそう言って、レイモンドをツェツェリアをわかるでしょうと言う風にチラッと見た。
「公爵に気付かれずに、城へ入る手立てはあるのかしら?」
ツェツェリアの問いに乳母は頷いた。
乳母が考えた作戦はこうだ。
ツェツェリアへドレスや宝飾品を買ってやりたいと、レイモンドが駄々を捏ねる。カタログを手に入れる為、屋敷の使用人為が出払い人が減る。火曜日は野菜や日用品の搬入の日、その荷台の幌つき馬車に乗って屋敷から出る。
「どちらでもいいんですが、八百屋の馬車にいたしましょうかね。あの馬車はここに寄った後、そのまま城へ行きますから。私はお二人が屋敷を出たのを見届けてから、屋敷から出ます」
「日用品を購入している馬車はこの後、どこへ行くんですか?」
ツェツェリアの問いに、乳母は呆れたように答えた。
「あの馬車は商会へ戻るんですよ。かなりの量を購入するから、ここへ来た帰りは荷台は空っぽだわ」
そろそろ、終われそう。




