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乳母

「乳母に、姉さんは僕を捨てよい条件の門家の子息とさっさと結婚するって言われた。姉さんは見目がよいから、沢山の令息から求婚状が届くと、中にはかなり高位貴族から良い条件のものもあるだろうって」


 向かいのソファへ座ると、深刻な顔をして拳をぎゅと握りしめている。


「それでも、夜会に出席するまでには1年はあったわ。その日に運命的な出会いをして、求婚状が届き、一切反対されることなく、ありえないくらいスムーズに行っても結婚まで2年はかかる話よ?乳母も貴族なんだから、それくらい知っているわよね」


 求婚の手紙が届き承諾したら、王に許可をもらわなければならない。王へお渡しする許可願いには、互いの両親の承諾書、結婚する本人達の誓約書、そして、見届け人のサインが必要。両親と祖父母を亡くした私の方は叔父か叔母がサインをすることになるけど、どちらも遠方に住んでいる為、ここまで来るのに約1ヶ月はかかる。この場合は締結人という役職の人が代行してサインを貰って来てくれるんだけど、この人達は同じ方面の依頼を全て周りながら帰ってくるから半年はかかる。これが、婚約時と結婚時に必要だから、すでに1年は返信待ちで時間を浪費するわけで。


 そもそも、求婚状の前にお茶会や朗読会、演奏会という名の親面接があるから、そこで親族からの了承が出て初めて、球根状やラブレターを送ってくんわけで。もう、この時点で初夜会から、数ヶ月は過ぎているのが一般的。


 婚約してから、1年後に結婚するのが慣例だから、出会って、婚約が締結するまでどんなに早くて1年、そこから結婚するまで1年。


 よく考えればわかることだけど、我が家のようにすぐに承諾書を書ける親類が近くに住んでいないと、一般的にはスムーズに行って3年はかかる。喪中で1年、合わせて4年、その頃にはレイモンドは成人しているから、私がお嫁に行こうとも何ら問題なくやっていけるんだけど...。


 そもそも、我が家の家族図にレイモンドの名があるから、例え血が繋がってなくとも、私が一人で好き勝手して、レイモンドを追い出すことは不可能ですし。


 乳母は一体何を考えていたの?


 公爵だって、私がお嫁に行った方がレイモンドとやり取りをするのだって都合がよかっただろうし。


 彼女は私が結婚するのを嫌だった?


「乳母に、姉さんが僕の方が大事なら、デビュタントのために貯めてきたお金を薬代に使ってくれるだろうから、慢性的なその病を不治の病と偽って、お金がかかると言えば良いと...。いつもの医者も、口裏は合わせてくれるからって...今、思えば愚かだったよ」


 レイモンドは確かによく、調子を崩していた。今となれば、王家の因習が原因なのだろうと容易にわかる。だから、不治の病を偽装するという事を考えついたのだろう。


 自分が王弟だという事実、そして、それを隠すように告る実祖父、唯一の保護者であり拠り所だった養祖父の死亡。


 私の愛情を試すように最も信頼している大人に唆されて、その通りにしてしまったのは無理もないかもしれない。


 はっとして、レイモンドに尋ねた。


「レイ、貴方の治療代として渡していたお金は、誰が管理しているの?」


「乳母だよ。銀行に僕名義で預けておくって」


 乳母がレイモンド名義でお金を預けるのは無理だわ。


 親が洗礼証明を持って行き、銀行で口座を子供名義で開設するのはできるが、乳母がそれを行うことは法律上できない。それを許可すれば、犯罪の温床になるえるから。


「レイ、乳母は貴方名義の口座を開設できないわ」


「え?タイピングされた残高の用紙を毎回見せてくれたんだけど...。まさか...、ごめん、姉さん、乳母に聞いてくる!」


 レイモンドは慌てて、部屋から出ていった。


 『知識は力なり』


 深窓の姫君より、限られた人としか接して来れなかった彼の教育は乳母が殆どを担ってた。その教育にが偏っているかもとわかった今、レイモンドががむしゃらに勉強をし始めてたことは良かったのかもしれない。今のままではサギまがいのことにあう。


 揉めている声がして、それがだんだんと近くなる。


「騙される方が悪いんですとは、言いたくはありませんが、それは私の正当に支払われるべき給料です。延滞分を別の形で徴収したまでですわ。殿下は最近学習なさっているから、お分かりかと思いますが私は伯爵家の娘です。伯爵家の娘を乳母や侍女として雇う場合の待遇や賃金がどのようなものなのか。決して、子爵令嬢のお風呂の世話などすることはありません。まあ、お嬢様は大公夫人になられるのだから私が世話をするに値しますし、給料の差額は公爵家からでてます。しかし、その他の待遇は、平民のメイドと同じなのですよ?」


「平民のメイドと同じなんて、思ってない」


 レイモンドが声を荒げるが、乳母は淡々と言葉を紡ぐ。


「思っていなくとも、そうなのです。としか申し上げようがございません。ですよね、ツェツェリアお嬢様」


「申し訳ないと思ってはいたわ。我が家でできる精一杯の待遇をひたつもりよ。それに、何度も我が家で貴方を雇うのは難しいと伝えてきたわ」


「ええ、それでも、辞めなかったのは私です。ですが、辞めなかったのではなく辞めれなかった。ローランド家に仕えるている我が家にとって、公爵様の命令は絶対です。それこそ一族の存亡がかかってるのですから...ですが、当初の提案とはかけ離れた生活。娘を亡くした出戻りとはいえ、伯爵家の娘。お嬢様のお子様の乳母に抜擢さた時は天にも昇る思いだったわ。良き再婚相手をご紹介いただけると思ってましたのに...蓋を開ければ、子爵家で乳母の仕事。それも、殿下は身分を隠さねばならない状態。私は嫁ぎ先の紹介どころか、社交界にも顔すら出せずにこんな歳になってしまいました」


 乳母は顔を曇らせ下を向いたが、決意したように顔を上げた。


「私がいよいよ、後妻に入るのも無理か年齢に差し掛かってきたころ、将軍がお亡くなりなり...ああ、あゝやっと殿下に本当の身分を伝えれる。一緒に公爵家へ帰れると...。まぁ、結果はご存知の通り...もう、絶望感で一杯ですよ。これからも、ずっと下働きのような雑務をこなさなければならないのかとね。若さを溶かしたあの家で今度は私の一生をすり減らして生きていかなきゃならないのかと...そんな中、デビュタントとと浮かれていたお嬢様が妬ましくて、妬ましくて。ふふふ、ただの八つ当たりですわ」


「八つ当たり?私も同じようにすり減らして、生きていけと?」


 乳母は涙を浮かべながら笑う。


「お嬢様に恨みなんか、これっぽっちもないんですよ?だだね、妬ましくて、羨ましくてね。あと、同志が欲しかったのかもしれません。あの屋敷に殿下と二人忘れたれたように取り残されるのが、怖かったのもあります。ほら、殿下は外界とは繋がれませんし、私も同じようなもの。あの屋敷で、お嬢様だけが外界への接点だったのですから、それを無くすかもしれない恐怖もあったのかもしれません」


「で、生活できるぎりぎりで、と...」


 ツェツェリアがボソリと呟くと、レイモンドが声を荒げた。


「な、なんで、そんな酷いことができるんだ!」


 乳母はレイモンドを嘲笑う。


「何をおっしゃいますやら、殿下も共犯ですよ?被害者や傍観者のように立ち振る舞うのはやめて下さいな。殿下は私よりたちが悪いじゃないですか」


「どういうことだ!」


 怒りを露わにするレイモンドに乳母は侮蔑の視線を向ける。


「私は殿下の乳母です。我が子を亡くした私にとっては、我が子のような存在でもありますから、まあ、こんなになっても、それなりに親子ごっこができて楽しくもありましたわ。でもね、ツェツェリアお嬢様は赤の他人、その他人まで道連れにするのはね...」


 乳母はふしくれだった指とシミができ荒れた手を眺めながら、そう言った。伯爵令嬢だったとは思えない、働き者の手だ。


「道連れって」


 レイモンドは目を見開く。


「そうでございましょう?だって、お金を請求したのも、自分の病を偽ったのも全て殿下ご自身がなさったこと、私は軽く背中を押しただけ。それに、お嬢様を解放して、これから私と二人で田舎で暮らしませんか?と何度も申し上げたありませんか。それを歪曲してお嬢様に伝えていたのでございましょう?」


 乳母は二人で田舎へ行こうと言っていたのね...田舎へ行くことも乳母の提案。


「そうしたら、姉さんが悲しむ」


「はあ、殿下が手放せばお嬢様はお嫁に行けたんですよ。私も、最初は妬ましさから、デビュタントを邪魔致しました。ですがね、流石に道連れにするには申し訳なさすぎます。公爵様へお嬢様をそろそろ解放してあげて欲しいと頼んでいたのに、こと如く邪魔したのは殿下でございましょう?」


「それの選択では僕は姉さんの側に居れなくなる。僕が望む事はただ一つ、姉さんの側にいること!!乳母だって、それを知ってるじゃないか!!」


 ヒートアップしていく二人のやりとりに、ツェツェリアは正直なところげんなりとしていた。


「聞きたいことがあるのですけど...。座りませんか?」


 ツェツェリアの言葉に二人は気まずそうにしながら、レイモンドはツェツェリアの隣に、乳母は椅子に腰を下ろした。


「まず、レイの治療代として私が工面したお金は?」


 ツェツェリアの質問に乳母が答える。


「グランマリエ銀行にあります。私の名義で...少し使いましたけど、大半は残ってますわ」


「私のお母様と会ったことはありますか?」


 乳母がお母様と会ったことがあれば、お母様が殺された経緯がわかるかもしれない。


 ツェツェリアは一縷の望みをかけて聞いた。


「ありませんわ。私が殿下を連れて来たときには、もう、息を引き取れた後だったみたいでね。葬儀は終わっていたわ」


「そうですか...」


 グランツが言う通り、お母様は殺されたの?


 先程まで騒がしかったレイモンドが黙り込む。


「レイを我が家に連れてきたのは、乳母?」


「そうですよ。殿下がローランド家でお生まれになったその日に、こっそりと..」


「このことを知っているのは?」


「そうですね、今、生きているのは私と産婆、数名の侍女と公爵様だけです。お嬢様、殿下の母君は、殿下を孕ってから体調不良と称して、公爵家へお戻りになっておりましたのでね。陛下はご存知かもしれませんが...」


「そう、ありがとう」


 グランツが言っていたことは正しかった。

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