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新聞

 暴動が起きている王都にいながら、それとはかけ離れた静かな日々が続いている。


 メイドが頼んでおいた新聞を持ってきた。紙の質が落ちているように感じる。


 新聞の日付からして、私が教会へ行ってからもう2ヶ月を超えたことがわかる。


『蛮族との戦争苦戦が続く』という大きな見出し、イナゴの襲撃により麦畑が食い荒らされ、麦の価格が高騰中、ついには去年の3倍!輸入も追いつかずという記事が一面を飾っていた。


 流行りのショップが特集されていたページは量増し料理の方法や節約術


 そして、記事の大半は貴族のゴシップ関するもの


 経済が低迷している時期は、貧困者の犯罪なんか記事にしたって民は喜ばない。余計に貴族へのバッシングがひどくなるだけ、貴族が贅沢してるから都民は犯罪をするしかなくなったんだ!と、暴動すら起きかねない。


 マリアンヌ穣 容疑 令嬢殺害示唆 実行犯と思われる執事は未だ捕まらない


 ツェツェリア・ディール・ディーン子爵令嬢の殺誘拐及び、殺害事件の犯人に新たな新容疑者が浮上

城勤めの1級侍女、マリッサ・モンクレール穣

ターシャ・ブロード 侯爵令嬢

令嬢連続殺人事件の被害者が全てツェツェリア・ディール・ディーン子爵令嬢と髪の色や長さ、そして背格好に年齢が酷似しているため、この2名も令嬢連続殺人事件の犯罪である可能が浮上


 マリアンヌ穣が犯人ではない、又は共犯である可能性がある為、引き続き慎重な捜査が続く


 ディーン令嬢の安否が心配される中、婚約である大公殿下と王管轄の捜索隊は依然令嬢を探しているがブルボーヌ公爵家の捜索隊は撤退


 まあ、私がここに居るからレイモンドの後ろ盾であるブルボーヌ公爵家は撤退するわよね。


 新たなゴシップは...


 ルーマニア侯爵領、過度な増税により農村部から反発の声が相次ぐ。侯爵夫人は連日夜会に参加


 どの貴族が絡んでいるのかわからないけど、ヘイトの矛先はルーマニア侯爵夫人ね。男爵令嬢だった彼女がだいぶ年上のルーマニア侯との間に子をなして、後妻として侯爵夫人の座を得たことでコルチザンと呼ぶ人も多いセラが言っていたっけ。彼女がお茶会や夜会に連日参加しているのは、この飢饉が始まってからではなく、彼女が令嬢の頃からだとセラに聞いた。ルーマニア侯爵夫人は社交界での話術や身の置き方に長けているので、細心注意が必要と教わった。彼女に矛先を向けるということは今騒がれている事件で世間から忘れて欲しいものがあるのかしら?


 未亡人で実家の後ろ盾なんかない彼女は唯一叩きやすい名門家の夫人だわ。


 馬車の中で、マリッサ・モンクレール穣が言ったことが正しければ、マリアンヌ穣とブロード 侯爵令嬢は濡れ衣を着せられたことになる。


 私と同じ髪の色の令嬢達は本当に私と間違えられて、拉致され、モンクレール穣の顔を見たという理由で殺害されたの?

私があの人の元婚約者で、彼が今でも私を大切に思ってるということが理由で?

そんな、些細なことで?

狂っているわ。


 マリッサ・モンクレール穣、王宮の1級侍女なら、職業侍女よね。彼女とあの人との関係は?私が使っていた部屋は自分のものだと言っていたけど、私よりだいぶ小柄な彼女には、あの部屋のクローゼットに入っていた服達はサイズが合わないし、彼女が似合うデザインの服は無かった。

 ましてや、あの部屋は女性のために用意されたというより、男性の為の部屋に慌てて、化粧台を入れたといった感じだった。


 あの時は慌てていて、彼女の言い分を信じてしまったけど、今、改めて考えると違和感しかない。


 彼女が私を殺したいくらい嫌っていて、その原因があの人だとしたら、彼女の行動は合点がいかなくもない。


 彼女とグランツの関係はなんなのだろう、彼女はグランツを『主人』と呼んでいた。けど...あの赤い髪は西の名門カロット家の血が入っていることを意味する。カロット家は公爵家の中で最も排他的な門家だと習った。カロット家門下の貴族令嬢は学園へ通う以外は、西から出ないと習ったのだけど...。彼の家門と知り合うきっかけが思いつかない。


 セラから色々と教わっていたおかげで、新聞の内容と貴族達の位置関係がわかる。彼女からの知識がなければ、この新聞の情報もあまり意味のないものだったわ。


 私がここから出る方法は...


「戦争、長引きそうだね...。まともな馬車での長距離移動は危険か、はあ、早く姉さんと田舎へ引っ越したいのに。荘園の近くに家を買おうと思うんだ。どうかな?温暖で過ごしやすいよきっと。本当なら、新たしく建てたいんだけど、そしたら、時間がかかるから」


 新聞を覗き込むようにして、いつの間に部屋に入ってきたのかレイモンドが話しかけてきた。


 え?了承していないのに田舎へ行くことになってる。


 驚きを隠せずに、目を見開きレイモンドの顔をまじまじと見つめてしまう。


「どうかな?って...まだ、もらう荘園も決まってないかと思ってたわ」


 あの時、レイモンドは地図を広げて、どこがいいかとたのしげに思案していたから。


「南のカルロレアの荘園をってお祖父様が仰ってね」


 カルロレア、温暖な気候で特産品は小麦粉、大麦、オリーブや柑橘類。田舎ではあるが港町で住みやすいところね。そして、公爵邸から馬車で4日ほど。見張るにも程よい距離。何より気になるのが、レイモンドが最近学習しているのが平民には必要のない帝王学。他にも色々学習はしているようだ。経済学や統計学、気象学は荘園経営のために必要ではあるけど、帝王学は流石に必要ないわ。


 王太子の資質が問われるいる中での、レイモンドへの教育。彼が公爵の命令で受けている教育は、正しく、王になる為のもの、セラが教えてくれなければ王太子になるためには何を学習するかなんて知らなかったこと。

 「セザール殿下との子供が産まれたら〜」なんて、ウキウキしながら学問のことまで楽しそうに話していたけ。


 レイモンドの机の上の本を一冊手に取ると、ペラペラとページを捲りながら、部屋にメイド達がいないか確認した。


「ねえ、レイ、なぜ貴方は最近こんなにも熱心に勉強しているの?荘園経営なら、今ある知識で充分だと思うのだけど」


「それだけだと、姉さんを横取りされる可能性が高いからね。ちゃんと、そなえとかなきゃならないんだよ。わかってね、本当はもっと構ってあげたいんだけど、なかなか時間が取れなくて、やっぱり、寂しいよね」


 横取りされるという言葉が引っかかる。


「横取りって...」


 兄弟でないとわかって、私を慕っていると思っていたから、当然求婚されると思っていた。でも、レイモンドからその気配はない。


 「側に居て」や「ずっと一緒に暮らそう」「僕は姉さんさえいればいいんだ」という言葉は相変わらず言ってはくるが、結婚したいとは言わない。男女の好きではなく、家族愛の好きなのか、はたまた、お気に入りの人形のような存在なのか。


「私は子供がいてもいい年齢なのよ?」


 嫌味を込めて、自由にしてと言ってみる。


 お祖父様が亡くなって、二人で支え合って生きてきたって、思っていたのは私だけだった。レイモンドには別に家族がいた。


 貴方には、家族がいるじゃない!母親に祖父、そして、産まれたころからずっと寄り添ってくれた乳母が。私にはもう、誰もいないのよ。家に帰して、今はあんなに居心地が悪いと感じてたセラやセザール殿下がいる王宮が恋しい。まあ、セザール殿下は戦争に行ってるけど...


「姉さんは結婚したいの?セザール大公との結婚に乗り気じゃなかったから、てっきり」


「あの時は、離れて暮らしている間に貴方に何かあったらと気が気でなかったからよ」


 しょんぼりするレイモンドに対して、ため息が漏れる。


「そっか、僕の体調が心配だったんだ。だから、結婚に前向きじゃなかったのか」


「それだけじゃないわ。身分違いの上、財力もなく困窮していたから、釣り合わないから殿下に申し訳なかったのよ」


 我ながら、無理やり理由づけしたみたいな答え...。正直、あの時は結婚なんて考えれなかった。目を離すとレイモンドが死ぬと思っていたから...いや、もうレイモンドの病気のことで日々頭が一杯だった。


 それが嘘と知った今、脱力感が大きい。


「申し訳ないか、はは、なら僕は姉さんにかなり申し訳ない存在でしかないね」


「そんなつもりは一切ないわ、貴方が私が可愛がってきたレイモンドである事実はかわらないもの。ただ、ローランド公の孫で、王弟である事実を知ったにも関わらず話してくれなかったことと、病気がでたらめで社交界へ出れないがための嘘であることを隠されたたことがショックだったの」


 自分の言葉にすとんと落ちた。


 そう、隠された事実が許せなかったんだわ。


 一番の理解者で、何があっても守ってあげているつもりだった相手に騙されていた事実が。


 暖簾に腕押しみたいにニコニコしていたレイモンドの顔が強張る。


「ごめんなさい、本当にごめんなさい。隠すつもりはなかったんだ、ただ、本当の事を言ったら、姉さんは僕を捨てると言われて」


 捨てる?


「誰に?」


「乳母に...」


 なぜ?彼女はレイモンドにそんなことを言ったの?


「乳母はどうして、私がレイを捨てると思ったの?」


 お祖父様が亡くなったのは、私が16歳になったばかりの頃、成人を迎えていたけど喪に服して、来年デビュタントに参加しようと思っていたころだ。レイモンドはまだ13歳、外との繋がりがなく、狭い世界で生きてきた彼にとって、捨てられるという言葉は衝撃的だったことは容易に想像できる。


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