部屋にて
上質な部屋着に着替えて、高いとわかるお茶を飲みながらゆったりとソファーにもたれる。
レイモンドと話をしなきゃ。
重い気持ちと身体を動かそとするが、どうにも気力が湧かない。
ローランド公爵夫妻へ挨拶もしなければならないと頭ではわかってはいるが、身体が動かない。
根でも生えたかのように、ソファから立ち上がれない。
もう、疲れたわ。
カップをソーサーの上に置き、そっと目を閉じた。
辺りが暗くなっている。自分が先ほどの部屋のベッドに寝かされいることに気がつく。横には心配そうに見守るレイモンドの美しい顔。
長いこと背もたれすらない椅子に座ってられるじゃない。
食事をするとき以外、ベッドやカウチに寝そべっている姿しかここ最近は見ていないななんて、ぼんやりと考える。
ツェツェリアが目覚めたことに気がついたレイモンドは嬉しそうに顔を綻ばせる。
「姉さん、目が覚めた?お腹空いてない」
どうにか重い身体を起こすと、ツェツェリアは重い口を開いた。
「体調は大丈夫なの?」
抑揚のない声、無表情の顔。心配をしているはずの言葉なのにそんな雰囲気は微塵もないツェツェリアに、レイモンドの顔は曇る。
「大丈夫だよ。ねえ、姉さんとうしちゃったの?何があったの?」
泣きそうになりながら、懇願するような表情て必死にツェツェリアを見つめるレイモンドに、何の感情も湧き上がらない。
「ここはローランド公爵様の邸宅よね。ご挨拶をして、すぐに私は御暇するわ。これ以上はご迷惑をおかけできないわ。何の縁も縁もない私を探して下さいった私を探して下さったんだから、しっかりとお礼をしなきゃならないわね。この服も洗濯してお返しするわ」
嫌味たっぷりにそう告げれば、レイモンドはハッとしたような顔をした。
「え?姉さんが帰るなら、僕も帰るよ」
「貴方はここに居なさい。ここが貴方の本当の家でしょう?ね、レイモンド殿下」
『殿下』という言葉に、レイモンドの目が見開く。
「な、なぜ」
なぜ知ってるの?って?
「病気も嘘でしょう?長年私を騙して何がしたかったの?もう、疲れたわ。いい加減、私を私の家族を殿下から解放して下さい。あっ、乳母は私の家族じゃなくて、殿下の家族でしたね。今まで、お世話になりましたというお礼と、もう顔も見たくないともお伝え下さい」
顔さえ見るのが苦痛で、横に座るレイモンドではなく正面の壁を見つめ淡々と言葉を紡ぐ。
「誰が姉さんにそんなことを言ったの?」
「誰がは重要ではないわ。何故、私は家財まで売り払い。貴族令嬢対面すら保てないほど困窮しなければならなかったの?殿下にはこんなに裕福なお祖父様がいらっしゃって、惜しげもなく接して下さっているようですのに...」
「お金は貯めてあるよ。使い込んだわけじゃい...」
下を向き、泣きそうになりながらレイモンドは声を絞り出す。
「で?」
「姉さんを苦しめるつもりは微塵もなかった。ただ、僕は社交界デビューをするわけにはいかない立場だと言われて....この事実を知ったのはお祖父様が亡くなる直前、お祖父様から聞いた。乳母がローランド公爵の遠縁のもので、僕の母はローランド公爵の娘で父は先王だと。祖父であるローランド公爵と連絡を取りたければ、乳母に頼むと良いと...。お祖父様は公爵へ、僕を匿う条件として、ご自分が亡くなるまでその事実を僕に伝えない。そして、僕から連絡がない限り、公爵から僕への接触をしないことを条件と出されたと。最初は信じられなかったよ。だから、乳母を問い詰めた。乳母はお祖父様の言葉は本当だと、嘘じゃないから、公爵様へ手紙を書けと、そしたら、自分が必ず返事を貰ってくるし、秘密裏に会えるようにするって!」
必死で、言い訳をするレイモンドにツェツェリアは軽蔑の視線を投げたが、すぐにまた、壁を睨みつける。
「乳母に促されるまま、手紙を書いたのね」
「短絡的だったことも、軽率だった。でも、姉さんと血が繋がってないとわかって嬉しかったんだ。姉さんと結婚できる!って、舞い上がってしまって、もう、他のことは一切考えれなくなって...結果は惨敗。公爵の孫だと世間に公表することはできないっていわれたよ」
力なく肩をすくめ、首を横に振るレイモンドの言葉にツェツェリアは目を見開く。
「公爵様と直接会ったの?」
「うん。お祖父様が亡くなった後すぐに。それから、僕が通っていた医師の家で定期的に会ってる」
「そう…なぜ....」
「お金は貯めてある。使い込んだわけじゃないよ。困らせるつもりは無かったんだ。ただ、姉さんが美しい過ぎるから、社交界デビューをしたら、色んな貴族子息にいいよられるに決まってる!僕はその場に行くことすら叶わないのに、どうやったら、そいつらを追い払えるのさ、お祖父様が亡くなってしまったから....相手が高位貴族で正式に申し込まれたら、断る術なんかないじゃないか!嫌だったんだよ!僕の姉さんが意に沿わない結婚を強いられるのが...だ、だから、いっそ...勿論....さ、いしゅう...」
勢いよく話出したのは良いが、レイモンドの声はしり窄みになり最後はよく聞こえなかった。
「私が結婚を申し込まれるのが、許せなかったと?」
「バカなことをしたって、思ってる。だって、社交界デビューしなくても....本当にごめんなさい。ごめんなさい。どうしたら、許してくれる?ねえ?教えて?僕、姉さんに嫌われた生きていけないんだ」
全身の力が抜ける...
そんな幼稚な独占欲のために、私は大事にしてきたものと、時間を失うことになったのね。
祖父様がこつこつ用意してくれ、16になる日を指折り数えて胸を踊らせていたデビュタント。それと、数少ないお母様との大事な思い出の品をレイモンドのワガママで台無しにされた事実がツェツェリアの心に重くのし掛かる。




