【〇〇視点】
「城へは戻りません。貴方の側で、お母様の死の真相を一緒に探ります」
やっと欲しい言葉が聞けた。囲い込み、私の他に誰とも会話をさせずに、ゆっくりと洗脳し、蜘蛛が獲物を狙うように絡め取り、弱点を上手く突いて彼女が好みそうな男を演じた。
情報は小出しに、興味を引くように与える。真実に都合の良い嘘を織り混ぜながら共通の敵を作り上げてゆく。もう少ししたら、丘の上の邸宅へ移り住もう。外へ出れない生活は、少なからずストレスになるものだ。ここで使っている口の聞けぬ使用人も引き連れて...。
やたら忠義心の高い侍女や、紛い物は、利用価値がなくなったら早急に処分するに限る。彼女達は有能で貪欲だ。嫉妬心を募らせて、ツェツェリアに害を与えないとはいえない。
ツェツェリアに会わせる人物は、限られた者のみで良い。要らぬ情報を与えぬように、私のみを頼るように。
思い描いたシナリオ通りに進んでいれば、マリアンヌの死刑が延期されているだろう。予想外だったのは、ルーズベルト公爵が薬草運搬事故を追求され、取り調べが行われていることだ。彼がルーズベルト公爵姓を抜ければ、エミリーが王太子妃になる道は無くなる。それが吉と出るか、凶と出るか...。
エミリーが王太子妃にならないのなら、どう処分すべきか...。私達がこの国を取り戻したのなら、戦いの女神を崇めることになる。彼女に自分は女神の声を聞いたと言いふらされるのは厄介だ。
ツェツェリアを落ち着かせ、元いた部屋へ送ると、家主の元へと急ぐ。
予想通り、王都はツェツェリアを探す憲兵隊で溢れ、セザールの私兵のみならず、ローランド家の私兵まで投入され、ツェツェリアの捜索にあたっていると報告を受けた。
「容疑者はドンマン、そして、ディーン令嬢を海へ突き落とした貴方の妹君です。ドンマンはまあ、想定内ですが宜しいのですか?半分しか繋がっていないとはいえ、ブロード侯女は貴方の妹君でしょう?」
ニヤニヤと貴族らしからぬ下卑な笑みを浮かべる初老の男を鼻で笑うと、上機嫌で血の滴るレアステーキとワインを口に運こぶ。
「私がターシャのことで悲しむとでも?クックックク、奴等が苦しめば苦しむほど、この上なく愉快な気分になるというのに」
「それより、ディーン令嬢を誘拐したのは正解だったのでしょうか?彼女を掌中に収めてから、王都の警備が増し、我々が活動しにくくなったのですが...」
揉み手でもするかのように機嫌を伺いながら尋ねてくる初老の男が鬱陶しかったが、今、彼の機嫌を損なうのは得策ではない。
「敵の戦力を測ったのさ、で、侯爵、今王都を我が物顔で闊歩している兵士達を君は制圧できるかい?無理だろ?だから、力技は得策じゃ無い!ここを使うのさ」
頭を人差し指で指しニンマリと笑う。
「どうすれば...」
「はあ、君達は赤ん坊かい?民主に頑張って貰うのさ。しかし、マリアンヌ嬢とターシャだけじゃぁ革命は起こらない。ルーズベルト公爵の薬草事件も彼の力が小さいからイマイチ、もう一つ、大きなスキャンダルが必要だねぇ。王都民の鬱憤が爆発し、各領地にまで飛び火するような楽しいヤツ!さあ、誰がいいと思う?」
「エルニア公爵夫人でしょうか?」
恐る恐る答える侯爵に、正解だとワインをグラスに注いでやる。
「そう、彼女が適任だ!五つの公爵家のうち、マクレーン家は既に業火の中にある。ブルボーヌ家とローランド家を火種にするには堅固過ぎる。西のカロット家は赤毛の姫君の件があるから、マリアンヌ嬢が処刑されるまでは静止を決め込むだろう。なら、一番叩きやすい社交会の娼婦!よく燃えるだろう」
煌びやかなドレスと宝石を常に身に纏い。その美貌とお金にモノを言わせて欲しい物は全て手に入れて来た人物。傲慢で美しく、困惑的で貪欲な女性。幼い公爵に目隠しをし、公爵家の財産を我が物顔で貪る毒婦。
「叩けば、埃くらい出るでしょう。それはこちらでお調べ致します」
「よろしく!さて、私は愛しい人の側へ戻るとするか、頼んだガーベラの花束はあるか?」
ガーベラは彼女の母親が好きだった花だ。きっと彼女も喜んでくれるだろう。丘の家にはガーベラを沢山植えよう。
「はい、用意してあります。あの、本当に彼女を王妃として迎えられるのですか?他に、適切な令嬢は沢山居ると...」
睨み付けるとしどろもどろになる男に、厭気がさすがもう、そんなことは口にできぬようにニッコリと微笑んだ。
「私の伴侶は彼女だけと決めているんだ。それに、我が愛しの君だからこそ、これだけの兵士達が動いているんだよ?彼女のみが、セザール大公とローランド家の私兵を動かせる。他の令嬢なら、捜査は打ち切って、マリアンヌ嬢はとっくに首を切られいるさ、だから、権力が欲しけりゃ、我が娘と子息が婚姻をできるように頑張るんだな。そうすれば、君の息子には小国をくれてやる!上手く子を成し、そやつが女神に認められれば王座だったそやつのモノになる!」
甘い希望と誘惑で目隠しをして思考を鈍らせ、ツェツェリアさえ掌中に収めておけばセザールとレイモンド率いるローランド家は意のままに操れると思うがいい!
花束とディーン卿の手記、そして流行りの恋愛小説を手にツェツェリアの部屋へ向かう。今日は彼女の結婚式が行われる予定だった。しとしとと降る雨が、奴等の心情を表しているようで非常に愉快だ。
鍵を開け重い扉を開くと、ツェツェリアはベッドの上に寝転がっていた。本をテーブルに置き、花を生けると、彼女の横に腰をおろし機嫌を取るようにその顔を覗き込む。
「ねえ、ここに残ると決めたのよ。もう、名前を教えてくれてもいいでしょう?」
「名前かぁ、実は今の私には名前がない。諸国を旅していた時はサンソンと名乗っていた。今、ここでは皆、私のことを主人と呼ぶ。昔の名は大事な人達を葬った人がつけたものだから捨てたんだ」
寂しそうな表情を作りそう伝えれば、純粋で優しい彼女は起き上がり私の頬に手を添え、その美しい頬を私の為に涙で濡らしてくれる。
「なら、私は貴方をなんと呼んだら良いのでしょう」
ハラハラと溢れる涙をハンカチで拭いてやりながら、決して顔には出さぬよう気をつけてながら、湧き上がる歓喜を噛み締める。
「貴女が私の名をつけて下さい」
侯爵家の家名を名乗る気など毛頭無い。私が名乗るべき家名は、母方の家名、そう、この国の王の名だ。そのためには王座に座らなければならない。
「グランツ」
輝き、今の貴女に私がそう見えるんですね。それとも、私に対する希望か...。
「良い名ですね。気に入りました」
彼女が頬を支えている手に、自分の手をゆっくりと重ねて、嬉しそうに微笑む。時間はたっぷりある。その心はゆっくりと落としていったらいい。
名を与え、情が湧くように仕向ける。なりふり構わず、哀れな振りをして同情心を掻き立てる。彼女が甘えたい時は頼り甲斐のある兄を父親を演じ、優しく包み込む。狂ってしまった本当の私は、彼女には決して見せてはならない。
はあ、やはり閉じ込めているのが一番安全だ。




