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塔の上 3

 (いにしえ)の縁と言われ、亡き両親の思い出に触れ、大事に扱われて絆されているのは自覚している。本当に、帰ってセザール殿下と結婚したいのかと問われれば、微妙なところだ。


 彼の命が掛かっていないのなら、否と言い切ったかもしれない。何より、あんなに大事にしていたレイモンドに裏切られたかもしれないのが一番辛かった。何をおいても優先してあげたのに、あの病気そのものが、医師を巻き込んだ自作自演と聞かされた時はショックで倒れてしまった。その外見を社交界から隠す為だったなんて...。


 そう言われば思い当たる節は幾つもあった。絶対に他の医者に掛からなかったのに、王宮医にはすんなりとみて貰ったからだ。王宮医もレイモンドをみたのはただ一人だけ。お祖父様の友だちである医者の診察も、拒んだのを思い出した。


 なら、レイモンドの医療代はどこに消えたのよ!あれがあれば、私は社交界デビューを諦めずに済んだのに!お母様のピアノだって、手放さずにすんだ。冷静になればなるほどツェツェリアの中で怒りが込み上げる。


 ただ、これさあの男の言葉のみで全て確証はない。そう言い聞かせて、心を落ち着けた。


 男の話が本当だったら、私、何の為にあのI王宮へ戻らなきゃならないの?彼の話では、私が行方不明で婚姻さえしてなければセザール殿下は死ぬことはないそうだ。


「貴方はずっと、ここに隠れているのですか?」


「いや、準備が整うのを待っているんだ。これでも、本来なら家門の長になる血筋だからね。失ったものを取り戻す為に戦うつもりだよ。ただ、君が全てを捨てて、一緒に外国へ逃げてくれるなら私はそれを選ぶけどね」


 冗談めかして笑うが、その言葉が本心であることは、ここ数日の様子で痛いほどわかる。私が幼い頃の約束とはいえその当時彼は物事のわかる年だった。その約束を守るほど、私の両親を大事にしていたのだろうということが、痛いほど伝わり、胸が張り裂けそうだった。


 ただ、帰らない選択をすれば王妃様をはじめ、沢山の人達に迷惑がかかるのも事実だ。


「君に甘い言葉を囁き、愛を乞うことが許されるなら、私は毎日でもそうしただろう。でも、今の私達の状況はそれを許さない。だから、私の想いは胸にしまっておくよ。あの頃の私がもう少し賢かったなら、君の母君を死なせずにすんだのにと、今でも悔やまれる」


 決して、押し付けがましくもなく、少し寂しそうにそう言われると、ツェツェリアの心はもう、彼と外国へ行ってしまおうかと揺さぶれる。


 そう、今のツェツェリアに欲しいのは、男の言っていることが正しいと言う確証なのだ。それさえあれば、大公妃などという、嫉妬に塗れた地位に付かずに、嘘吐きなレイモンドや乳母とも縁を切り、両親の選んでくれたこの男に、全てを放棄して身を委ねれるのだ。


 彼は自分と一緒に居てくれるのなら、これから、ツェツェリアに起こることの責任を全てとってくれると約束してくれた。国外にある商団の権利書も、彼の預金の全てをツェツェリアの名義に変更してくれるという。もし、私が望むなら、王位すら狙ってもいいと冗談めかして言う。


「ほら、私にはその権利があるからね?」


 いつもレイモンドの世話や領地の管理、家の采配にと追われていたツェツェリアにとって、不自由ではあるが、祖父が亡くなって以来のゆったりとした時間であることには違いなかった。


「あの、本当にお父様が亡くなったのは、その、墓石に掘ってある日付より一年も前なのですか?」


「ああ、そうだよ。君の父君であるディーン卿は、砂漠の国、今のアールディア国で戦死なさった。ただ、当時は混戦していてね、一歩も引けない状態だった。勝利を収めてからも、その地を占領する為、かなかな帰還できずに多くの兵の訃報だけが届いたのさ。私はまだ未熟だった為、その戦には参加できなかった」

 

 セザール殿下が参戦していた為、守るべき王族の血は一人で精一杯との判断だったそうだ。それが本当なら、戦時中一度も帰還せず、彼の地で父が戦死したのなら、レイモンドは両親の子ではない。


 男と話せば話すほど、容赦無い現実が突きつけられ、自分が騙されていたと確信せざるを得ない。その上、慰めてくれる男の言葉は甘美で、もう、ディーン家に、現実に戻りたく無くなってしまう。


 頭ではわかっている。ここに留まるのは得策ではないと、だが、王宮での息の詰まる生活、社交界では嫌味に晒されて、拠り所だったレイモンドの裏切り、もう頑張るのにも疲れたのが現実だ。


 夕食の後、男に結婚式に間に合うように帰るなら、今夜が最後のチャンスだといわれる。ただ、家主の保身の為、人に出会ってしまったら、計画は中止。屋敷の使用人が御者を務め、男が付き添うという。


 ただ、失敗すれば御者と男の命の保証はない。と聞かされ、ツェツェリアはそんな危険にこの人を巻き込んでまで帰るべきなのかと疑問が湧く。


「さあ、そろそろ塔を降ろう」


 あれから3日が過ぎた頃、男はツェツェリアが帰る為の手筈が整ったと告げた。男にエスコートされながながら、一段一段、石造りの階段を降りてゆく。


「あの、もう、会うことはでいないのですか?」


「ああ、君がここを出たら、私達の道が交わることはもう二度と無いだろう」


 悲痛な面持ちでそう言われると、胸の奥がズキッと痛む。


 帰りたく無い。と言う言葉が出掛かりそれを必死で飲み込むと、また、一段階段を降りた。


 長い長い螺旋階段は、ツェツェリアを塔に引き留めるには充分効果的で、中ほどに差し掛かる頃には、もう、そのまま留まった方がよいのではとすら思えた。


 私の人生を搾取したレイモンド。私の両親への忠義から、明るい未来を捨てたこの男性。彼は私の為に、また、危険を冒そうとしてくれている。私は何も返せないのに!なら、私は彼に寄り添うべきではないのか?


「貴方はこの後、何をなさるつもりでしょうか?今お聞きしたことも、勿論一生胸の内に終いこむつもりです。ですから、教えて頂けないでしょうか?」


 ツェツェリアは始めて、男がこの国に戻ってきた経緯を尋ねた。男はニヤッとツェツェリアにバレないように口元を歪める。


「貴方のお母様であるディーン夫人の汚名を漱ぎに戻りました。私はその為に、この数年間、地位を捨て色々と調べ回ったのです。何故、あのように殺されなければならなかったのか...。将軍が何故、その事実を諾々と受け入れなければならなかったのか」


「教えて下さい!何故なのか?知ってらっしゃるのですよね?」


 足を止め、必死で尋ねるツェツェリアに男は首を横に振る。


「済みません。御喋りが過ぎました。どうぞこのことは忘れて、幸せになって下さい。亡き将軍もそうお望みなのでしょうから...」


 

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