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塔の上 1

 光を感じ目が覚める。辺りを見回すと、ツェツェリアは眠っていた豪華なベッドとは不釣り合いで粗末な石造りの部屋に居た。窓には鉄格子が貼られ、壁は壁紙など貼られてはおらず石壁が剥き出しのままだ。床も剥き出しの石畳の上に、直接、高価であることが一目瞭然の毛足の長い絨毯が敷かれいる。


 昨日、祭司と話している間に眠ってしまったことを思い出し、ツェツェリアは慌てた。屋敷の者達に無断で出てきたのだ、きっと心配している。もしかしたら、もう王宮に私が居なくなった事を知らせたかも知れない。早く言って帰してもらわなければ、昨日の祭司にも迷惑がかかるやもしれない。


 慌ててベッドから降りようとしたが、靴が見当たらない。スリッパすら目の届く範囲には見当たらなかった。


 仕方なくツェツェリアは、裸足のままジュータンに足を下ろし、入口のドアノブに手をかけた。推しても引いてもドアが開く気配が無い。


 仕方なくベッドに戻り、ベル等がないか探すと、枕元にホワイト宮殿で使っていたような、黄金に輝く細やかな細工の施されたベルを見つけた。


 試しにベルを鳴らしてみると、ガチャリと鍵の開く音がして、ギーッとひどく鈍い音を立ててながらドアが開き、昨日の祭司が、今日は貴族のような出立ちでメイドを従え入って来た。


「大丈夫でしたか?昨日はいきなり倒れられたので心配したのですよ」


「お手隙をおかけして申し訳ございません。あの、ここは?」


「ああ、この塔は私が世話になっている者より、借りているモノです。今は私の住居といったところでしょうか。朝食を用意させましたので、召し上がって下さい」


 にっこりと笑う男に、ツェツェリアは眉をハの字に下げて申し訳なさそうに詫びる。


「せっかくのこ配慮頂いたのに申し訳ございません。屋敷の者達か心配しているので、急いで帰らねばなりません。馬車を手配していただける助かるのですが」


「申し訳ございませんが、それはできかねます」


 慌てて帰ろとするツェツェリアに、男は表情とは裏腹の、全く申し訳なさそうでない声色でそう言うと、椅子に座るように促した。


「何故ですか?王宮でも私を探すように命令が出ているはずです!」


「知っていますよ?でも、今、このまま貴方を返すと、私がお世話になっている方に迷惑がかかりますので...。だって、私は貴方を拐かしたわけではない、ですよね?ですが、あんな事件の後です。殿下はじめ王様はそう思って下さいますか?それに、私の外見は王族のものです。そう簡単に、あの方たちの前に姿を表すわけにはいかないのですよ...。せめて、私を援助して下さっている方へ相談させて下さい」


 そう言われてしまえば、ツェツェリアは黙る他ない。どうやら、この男は表に姿を現せない事情があるのだろう。自分に一晩、部屋を貸したせいで断頭台へこの人達を上げるわけにはいかない。


「わかりました。では、その方とお話しが終わられるまで待ちます」


「では、一緒に食事をしながら、昨日の話の続きでもしましょう」


「はい」


 男が指示をするとメイド達は一言も喋ることなく、食事の準備をすると、さっさと部屋から出て行った。


 温かなカボチャのスープに、ふわふわのオムレツ、新鮮な野菜のサラダ、焼き立ての白いパンが並ぶ食卓は、彼がとても裕福なことを表す。


「どこから話したら良いだろか...、うーん、まずレイモンド子爵は君の本当弟ではない、ということは知っているかな?」


 サラッと言う男の言葉に、ツェツェリアの食事の手が止まる。


「あの、レイモンドが弟ではないとは?」


「そーかぁ、知らないのか、彼は王族の血が入っているからねぇ。ほら、疑問に思ったことはない?あの、白銀の髪に私と同じ色の瞳。髪はどこの家と同じかは言わずとも分かるだろう?」 


「そんな...」


 ツェツェリアの手に持っていたスプーンが、ジュータンの上に落ちた。


「ああ、今まで疑問にすら思ってなかったんだね。もう、彼が誰なのかわかったでしょう?レイモンド殿下は先王とローランド妃の子供だよ。レイモンド殿下の乳母はローランド妃の忠実な腹心だ。彼女は今も、ローランド妃と通じている」


「うそ、レイモンドもそのことを知ってるって言うんですか?」


 男は落ちたスプーンを拾うと、自分のスプーンをツェツェリアへ渡す。


「まだ、使ってないから綺麗だよ。絶対とは言い切れないが、その可能性は高いね。彼の主治医は噴水の側の老爺だろう?あの老爺は宮殿医も務めたことのある、ローランド家のお抱え医者だった者だよ」


 嘘、なら、お爺さまもレイモンドも、そして乳母さえも私を騙していたの?


「うそよ。そんなの信じられないわ!」


「これで、君の疑問が解決できたんじゃないかな?多分君は何故自分がセザール大公と婚姻することになったのか、疑問に思ったはずだ。違うかい?」


「そうよ、ずっと調べていたわ!」


「だろ?簡単な理由さ、王太子に世継ぎができない可能性がある。何故、前王太子妃が廃されたのか知らないだろ?それは簡単なことさ、彼女は王太子の子ではない子供を産み落としたんだ。彼女が産み落とした息子はね、ピンクの髪に浅黒い肌をしていた。もう、父親が誰かわかるだろ?廃妃は妊娠できる体だ。しかし、あれほど睦まじいくしていたにもかかわらず、廃妃が宿した子は不義子だ。まあ、本人は托卵する気だったようだけど、ほら、容姿が父親そっくりだったから...、ね?で、問題があるのは、王太子の身体だったということだ」


 ツェツェリアは驚きのあまり、拳を握りしめたままガタガタと震える。


 そう、廃妃は養父の子を宿していたのだ。


「な、な、何故、そんなことまで、ご存知なのですか!」


 男はにっこりとその美しい顔で少し寂しそうに微笑んだ。


「私の髪と目の色が答えさ。レイモンド殿下と同じように、私にも知り得る機会はあるといえばいいかな?王太子が子を作れなければ、スペアが世継ぎを用意する必要がある。今、世継ぎを残せるのは、私、セザール大公、レイモンド殿下の3人なんだ。王はレイモンド殿下に白羽の矢をたてた。ローランド家の忠義に報いる為もあるが、セザール大公は女神の血筋ではないし、私には闘いの女神の血が入っているからね」


 とんでもないことをサラッと言う男に、ツェツェリアはもう脳内の処理が追いつかず、頭の中は大混乱だ。


「あ、あの、えーっ、と、その」


 どう言って良いのか、もう収集さえつかず、言葉を探すツェツェリアに新しいスプーンを渡しながら、男は楽しそうに笑っている。


「ほら、食べて。スープが冷めてしまう。話の続きは食事の後でだ。もちろん、ツェツェリア、君が聞きたいと望んでいるならね?」


 この後、ツェツェリアは何をどう食べたのか、全く記憶にない。もう、さっきの話がぐるぐると頭の中を駆け巡っている。


 ツェツェリアがどうにか食事を終えると、男はメイドを呼び片付けさせた。メイド達が下がると、男はツェツェリアにソファーへ座るように促すと、自分もその横に腰を下ろす。


「さて、家主が戻ったようだ。すぐに帰るか、話を聞くか選んだらいい。ただし、話を聞く機会はこれが人生で最後になるだろ。もし、私のことを外で漏らせば、ツェツェリア、君とそれを聞いた者は舌を切られ断頭台へ上がることとなる。だから、話を聞く気がないのなら、今日見聞きしたことは綺麗さっぱり忘れて大公へ嫁いだらいい」


 ゴクリとツェツェリアの喉が鳴る。


「こんな状態で嫁ぐことはできないわ!」


「ふふ、なら、覚悟はできたわけだ。では、続きを話そう」


 男から聞いた話は、ツェツェリアの常識の範囲を遥かに超えるものだった。目の前のこの男は、ツェツェリアの許嫁だというではないか!彼は騎士だったツェツェリアの父親であるディーン卿の部下の一人だったそうだ。侯爵家の子息で、ディーン卿とその妻であるツェツェリアの母を慕っていたと聞いた。身分差はあるが是非家族になりたいと、ツェツェリアと結婚したいと願い出て、両親に許可を貰っていたらしい。


 なら、私の家で一緒にお母様のピアノを聴いたお兄様はこの人?


 だが、お父様であるディーン卿と、かれの母親である王女様が亡くなり事態は一変したそうだ。側女だった今の侯爵夫人が正妻の地位に就くと、男を身分の高い子女と婚姻させ、王の座を狙いたいと躍起になった。侯爵夫妻はとうとうツェツェリアの母に、婚姻破棄を迫った。しかし、それは隠していお父様が戦死したことを公表することになる危険な行為の為、お母様が拒むと、お母様を拉致してそれを強要したらしい。


 お母様はやむなくお父様の死亡届けと、婚約破棄書にサインをした。


「そんな...」


「私はディーン将軍が居ぬ間を狙って、敬愛するディーン婦人を追い詰めた父と義母が許せなかった。彼らの思い通りになることを恐れて、そのまま家を飛び出し、海外へ逃げたのです」


「貴方は」


 ツェツェリアの唇に男は人差し指を当てて、言葉を止めた。


 

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