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判決

 マリアンヌが拘束された翌日、ルーズベルト公爵夫人の訪問があった。これは、前からの約束だったのだが、ルーズベルト公爵夫人からすれば、マリアンヌの件もありかなり良いタイミングでの訪問となった。


「ディーン令嬢、マリアンヌが失礼なことを致しましたわね。その謝罪で来ましたの」


 公爵夫人に頭を下げられたら、許すほかない。


「謝罪でございますか、夫人がこうして直接いらっしゃったのです。受け入れます」


「この先一度だけ、ルーズベルト公爵家は、ディーン令嬢、貴女の味方を致しましょう。それが、我が家とって不利なことになるとしても」


 意志の強い顔でツェツェリアを見詰める夫人は、流石ルーズベルト公爵家を切り盛りしてきただけの貫禄があった。


「ありがとうございます」


 保護者を早くに亡くしたツェツェリアにとって、とても有難い申し出だ。


「大公殿下、マリアンヌは...、拘束されたということは、有罪確定なのでしょうね」


 夫人の言葉に、セザールはゆっくりと首を縦に振る。


「状況証拠だけですが、他に該当する人物がいませんので、このまま何も起こらなければ、有罪となるでしょう。で、ドンマンと御者と、メイドの兄妹は見つかったのですか?彼等がいれば、裁判をひっくり返せるかもしれません」


「ドンマンは領地へ向かう予定が、姿を眩まして行方知れず。御者とメイドの兄妹は、既に王都を出たらしいわ。マリアンヌのことがあったから、王都に留まることは身の危険を感じたのでしょう。」

 

 マリアンヌの周りの人間が、街で迫害を受けているという噂は、宮中に留まっているツェツェリアにも届いているくらいた。


「拉致の件は言い訳はできないかと」


「領地での蟄居で済めば幸いですわ。もとよりあの子は、その運命下に生まれてきたのを、私が無理矢理引っ張り出したのですから...」


 マリアンヌは拉致をして、警告したのちに帰す予定だったのを、ドンマンがマリアンヌに忖度して殺害したと、無理のある幕引きを望んでいるというのね。


「何故、俺にそのようなことを?」


「マリアンヌに、好意を持って下さっていたと思っております」


 ああ、やっぱり...。聞きたくない。


 ツェツェリアの心臓が五月蝿くなる。


「はて、何故そのような勘違いを?」


「勘違いですが?では、何故今まで奥方を迎えられなかったのです?殿下ほどの方であれば、よりどりみどりでしょうに」


 セザールは少し考えた風に視線を杯に落とした。


「昔、好きだった人が忘れられなかっただけだ」


「それがマリアンヌなのでは?私はてっきり、マリアンヌに殿下の好意があると思っていました」


「何故、そんな勘違いを?私の思い人だった方は、もうこの世に居ない」


 もう亡くなっている?


 ツェツェリアの心がズキリと痛む。


「では、マリアンヌの一人相撲だったのですね...」


「ああ、俺は彼女に親戚以上の感情を持ったことはないが?特別に扱った記憶もない。どうして、そう勘違いしたのやら」


 セザールは不愉快そうに眉間に皺寄せた。


「マリアンヌが、自分だけにプレゼントを下さっていた、と言っていたものですから」


「ん?ジャネット夫人やライラック姫にも贈っているが?それに、前王妃様の妹君である貴女にもお贈りしているかと?」


「もしかして、マリアンヌはそれを自分だけと勘違いしたの...。ああ、恥ずかしいわ。なんてことなのでしょう。親類への心遣いを勘違いするなんて...。こんなことなら学園を卒業してすぐに、お姉様の仰った通り、サイロ国の王太子に嫁がせるべきだったわ」


 サイロ国の王太子...。


「ルーディハルト殿下ではなく?」


 セザールが少し驚いたように目を見開く。


「ええ、そうよ。お姉様はルーディハルト殿下がマリアンヌへ好意を寄せている事を知って、サイロ国へマリアンヌを嫁がせるようにと言っていたの。マリアンヌとルーディハルト殿下は血が近すぎるから、良くないと...。それに、マリアンヌがこの国にいる事は、陛下の為にならないからと言っていらしたわ」


「マリアンヌ様はもしかして」


「そうよ。王太子殿下が婚姻し、持病で余命幾許も無い婚約者が亡くなれば、大公殿下が娶ってくださると信じていたの。哀れなことね」


 大公殿下がマリアンヌ様の事を思っているという噂も、マリアンヌ様の言語行動から来たものだったのかしら。


「夜会のエスコート、ひとつしたことがないのにな」


 セザールは呆れ返っている様子だ。


「そうなのですか?」


 ツェツェリアは驚いたような声をあげた。


「ああ、俺がエスコートした女性はルーズベルト夫人とジャネット夫人だ。そして、ツェツェだね」


 色っぽい視線でを向けられ、ツェツェは顔が熱くなるのを感じた。


「図々しい頼みと重々承知致しております。我がルーズベルト公爵家に、お力添えをお願いできませんでしょうか?」


「ルーズベルト公女の我が婚約者への無礼を水に流せと?」


 セザールは明らかに苛立った様子で、ルーズベルト公爵夫人に軽蔑したような視線を向ける。

 

「ですが、このままではマリアンヌは」


「死罪確定でしょう。取り潰しにはならないと思いますが、夫人も公爵も無事では済まないかと。ですが、マリアンヌ嬢がこれまで傍若無人に振舞ってこれたのは、全て夫人が甘かったからでは?」


 公爵夫妻は自由民へ降格ののち、領地で蟄居になるのかしら?


「どうして、マリアンヌが犯人だと?」


「ローブですよ。彼女のお気に入りの」


 公爵夫人は崩れ落ち、慌ててセラが支えた。


「セラ、ありがとう大丈夫よ。教えて下さり、ありがとうございました」


 公爵夫人は礼を伝えると、ふらふらとしながら帰って行った。


 マリアンヌが事件の主犯であるかのように、彼女が監禁されてから、事件はパッタリと止んだまま、裁判の日がやってきた。


 傍聴席は異例の満員で、立ち見の者達もでている。被告人席に座り、下を向くマリアンヌは少しやつれた様子だった。


「確かに彼女らは学園時代、マリアンヌ様から不興を買っておりました。だからと言って、卒業してまでこんな仕打ちはあんまりです」 


 ここぞとばかりに、マリアンヌへ不満があった者達は日頃の鬱憤をぶち撒ける。


「マリアンヌ嬢、その者達が申しておることは、本当か?」


 マリアンヌは凛とした表情で証言台へ立つと、落ち着き威厳のある声で反論した。


「学園時代、かの者達を叱咤したことは認めます。しかし、学園は貴賤を問わないとはいえ、それは余りにも身分を逸脱した行動を取っていたため、公爵令嬢として注意しただけです。決して辱めようとしたわけではございません。また、私が彼女達を誘拐する必要などありませんわ」


「だが、物的証拠に証言は全てマリアンヌ嬢、貴女を指しているのです」


 裁判官が証拠を次々とあげてゆく。


「誰かが私を陥れようとしたに違いないわ!例えば、そのローブを見たという令嬢が、市井の調書を受ける関係者にそのローブの特徴を告げて、私を陥れようとしたとか?それに、私に人の首を切り落とすことなんて出来ませんわ」


「確かに、貴女の細腕で首を切り落とす事は不可能でしょう。しかし、貴女の家の使用人、ドンマンであれば可能でしょう」


 余裕たっぷりに話していたマリアンヌの顔に、焦りが見え隠れする。


「ドンマンが殺したとでも言うの?」


「彼には、少し異常な趣味があったのをご存知でしょうか?彼は若いメイドに鞭を打つことに、喜びを感じていた節があります。そして、貴女が命令したのでなくとも、貴女の気持ちを過分に察する能力があった、違いますか?」


 マリアンヌはキリッと裁判官を睨みつける。


「私は馬車の手配なんてしていないわ!それに、ドンマンも否定するわよ!」


「ドンマンは数日、王都のやどに泊まって豪遊した後、行方を眩ましております。ルーズベルト公爵家の領地へも向かった形跡がありません。また、貴女を孤児院まで送っていた御者も、貴女の慈善事業の手伝いをしていたメイドの行方がわかりません。これは、一体何を指すのでしょうか。私達は御者とメイドの兄妹の命が、失われていない事を祈っていますよ」


 口封じに殺したとでも言わんばかりの物言いに、マリアンヌは声を荒げる。


「探せば見つかりますわ!それに、ドンマンが殺したという証拠はないじゃない」


「そうですね。ディーン令嬢証言台へ」


 裁判官に呼ばれ、ツェツェリアは証言台へ立つ。


「貴女は攫われた時、犯人を見ましたか?」


「はい、見ました」


「では、特徴を述べて下さい」


 マリアンヌはぎゅっとと拳をスカート握りしめて、ツェツェリアを睨みつける。


「薄暗い室内のうえ、犯人の顔は髪で隠れていたため、顔を見る事は叶いませんでした。黒い長い髪に神父服を纏っていました。体型は痩せ型だったと思います」


「ディーン令嬢が見た犯人の特徴は長い黒髪で痩せ型のみでです。もちろん、この証言のみでドンマンを犯人と決めつけるのは、些か乱暴です。しかし、ディーン令嬢が証言した人物の特徴に、ドンマンが当てはまるのは事実です」


 傍聴人がざわめき立つ。


「何を言ってますの!ドンマンは貴族よ。そんな野蛮なことはしないわ!」


「彼等が見つからなければ、貴女が犯人ということになりますな。死刑執行日までに見つかることを祈りますよ。ルーズベルト公爵夫妻は、これより王国の法に基づき、自由民の身分となります。速やかに、領地へ赴いて下さい。また、王都への立ち入りを生涯禁ずるものと致します」


 裁判官の言葉に、ルーズベルト公爵夫妻は呆然と立ち尽くす。夫人はドサッと椅子に座り込んでしまった。


「少し宜しいかしら?」


 王妃が壇上からゆっくりと降りてきた。


「はい、王妃様」


 裁判官が恭しく、手を差し伸べエスコートする。


「もう一つ、事案がありますの。せっかくですから、この機会に、是非を問いたいと思いまして」


 王妃はゆっくりと傍聴席を見渡す。


「どうぞ」


 裁判官は頷く。


「十数年前に起きました、薬草運輸事故の件です。かの事故は今のルーズベルト公爵が当時、首都の薬を前王妃様の憂いを慮り、早くと急ぎ、昼夜問わず急がせたことが原因で起きた事故と認識しております」


「ええ、そうです。若かった私は、前王妃様の期待に応えたい一心で、王都への道を急ぎました」


 ルーズベルト公爵は芝居がかった様子で、ゆっくりと傍聴席から降りてくる。まるで助けが来たかのように喜色に顔を綻ばせて。


「記録によると、大雨の夜に馬車が崖から転落して、積荷と数名の運び屋が崖の下へ消えたとあります。翌朝、下へ降り探したが下が河川だった為、雨に流されて馬の死体と馬車の残骸しか見つからなかったとあります」


「そうなのです。当時の事は昨日のように覚えております。で、それが今回の事件とどう関わっているのでしょうか?」


 怪訝そうな視線を無遠慮に王妃に向けて、ルーズベルト公爵は不満を露わにする。


「マリアンヌ嬢の立場を確認しようかと思いまして」


 他の人に聞こえないよう、小さく呟いた王妃言葉に、ルーズベルト公爵は合点がいった様子で、また、媚びた様子に戻る。


「当時、前ルーズベルト公爵が流行病にかかっていた。それが貴方へ伝わったのかと、ルーズベルト公爵が亡くなり、その座に着いた時に問題となりましたよね?わざと事故を起こしたのではないかと?」


「そうです。しかし、当時、私は前ルーズベルト公爵が流行病に罹っていた事実を知りませんでした」


「何故貴方は前王妃様が憂ていらっしゃると知ったの?貴方へ急ぐように伝令でも行ったのかしら?」


 傍聴席の人々の視線がルーズベルト公爵へと集まる。


「いいえ、私の王都にいた友人からの情報です。これでも学園の卒業生ですので、手紙をやり取りする相手くらい居ますよ」


 学園の卒業生と言う言葉をやたら強調して、喋るルーズベルト公爵の言葉にツェツェリアはボソッと呟いた。


「裕福なんですねクライネット男爵家」


 全寮制で一人一部屋与えられる学園の学費は高額だ。裕福であれば子供全員が通えるが、基本的には家を継ぐ者だけ通わせるのが一般的だ。ルーズベルト公爵はクライネット男爵家の次男だった。


「田舎貴族ではあるが、かなり羽振りがいい。かなりのやり手だ。収入源が些か不明瞭だがな」


 セザールがツェツェリアの耳元でそっと囁く。ツェツェリアは赤くなる頬を誤魔化すように、早口で質問を続けた。


「何故、ルーズベルト公爵は王妃様の質問にこんなに協力的なのですか?」


「マリアンヌ嬢が正当な娘ではないと主張したいんだよ。本来なら、エミリー穣が優先される。正式な婚姻をしていないくても、公爵はエミリー穣の母と婚姻したことになる。だから、マリアンヌ嬢は私生児扱いになるんだ。門家の娘では無いと切り捨てたいんだよ」


「酷い」


 王妃はカツカツとヒールの音を響かせ、ルーズベルト公爵の前に立つと、2枚の紙を見せる。


「貴方が得た情報は、これかしら?それとも、こちらかしら?大丈夫よ、どちらを知り得たとしても罪にはならないわ」


「こちらでございます」


 公爵は一枚の紙を指差す。それには伯爵家以下の患者の名簿が載っていた。


「ルーズベルト公爵は、前ルーズベルト公爵が流行病に罹っているとは知らなかった。彼が知っていたのは、流行病に罹った伯爵家以下の主要文官。だから、彼は、前ルーズベルト公爵を陥れようとしたわけではなかった。ルーズベルト公爵夫人との間に子ができたのも、本人の意とするものではなかったかもしれないわね。彼はその時、学園時代から恋焦がれていた人物とやっと恋仲になったばかりだったのですから」


「ええそうです。気が大きくなったのか夜会で飲み過ぎて、気がつけばルーズベルト公爵夫人と朝を迎えていました。こちらが一夜の過ちと思っていても、そう言い出せる相手ではありません。妻が私との婚姻を望めば、それに従う他に道は無かった。かの人には、手紙で別れを告げました。それに、その時、想いの人に子が出来ていたとは知りませんでした。エミリーの存在を知ったのは、エミリーがルーズベルト公爵家に訪ねて来てくれた日です」


 ざわめき立つ傍聴席。焦るように、ルーズベルト公爵に駆け寄る公爵夫人の行手を騎士が遮る。


「嘘偽りはありませんか?ルーズベルト公爵」


 裁判官は驚愕した様子をひた隠しし、陳述書から顔を上げた。


「はい、ございません」


 ルーズベルト公爵の言葉に、ルーズベルト公爵夫人が崩れ落ちた。


「初めての事例です。エミリー穣、ルーズベルト公爵の処遇については、諮問委員会で決議致します。ルーズベルト公爵いや、クライネット殿と呼ぶべきかな?貴方には監査官より別途質問を致します。どうぞ、あちらからご退出下さい」


 裁判官の言葉に意気揚々と別室へ向かうルーズベルト公爵の後ろ姿を、公爵夫人は睨みつけるように見送った。


「セザール殿下、ルーズベルト公爵はクライネット家に戻るのですか?」


「いや、皇后は別件で裁くつもりだ。彼が、意図的に薬草を積んだ、いや、空の馬車を転落させたのは明白だからね。ただ、これ以上は公爵婦人が耐えれないと感じたのだろう」


 蒼白の公爵夫人をジャネットが支えて、傍聴席から出て行った。


 釈然としない形で裁判が終わり、傍聴席で不満の声がチラホラ聞こえるが、誰も声を上げれる者は居なかった。


「ご令嬢、ハンカチを落とされましたよ」


 ツェツェリアの背後から、手が伸びてハンカチが手渡される。受け取ったハンカチは、亡くなった母のものだった。声をかけようと背後を振り返ったが、男の姿はもう無かった。握りしめると中に紙が挟まっているのがわかる。


 化粧室の個室へ、はやる気持ちを抑えて入ると、ハンカチをゆっくり開く。中には四つ折りの小さな紙が挟まれていた。紙を開くとそこには、『貴女のお母様の秘密についてのお話があります。必ずお一人で、神殿の祈りの部屋へ明日の夕方にお越し下さい』と書いてあった。


 


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