断罪
犯人逮捕に至らない中、城は結婚式の準備でバタバタしていた。その全てを取り仕切っているのが、ブルボーヌ公爵夫人だ。本来、花嫁の家がやるべきことの一切を取り仕切っている。新郎側の雑務は王妃が采配するという、正に、ブルボーヌ公爵家の権威を象徴するかのような進め方だった。
その様子に、セザールが苦笑いを溢す。
「誰の式なんだか、主役の二人は置いてけぼりだな」
セザールの言葉にツェツェリアは吹き出してしまった。
「セザール殿下も、そうお感じなのですね」
「当然だろ?俺も礼服のデザインや色すら口出しできないんだぞ」
諦めたように、肩をすくめるようすに、ツェツェリアの心は軽くなる。
「実は、私、ずっと今殿下がお感じになったような気持ちだったんです。私の意思なく婚姻が決まり、そこから、自由に駆け巡っていた所へ、サッとレールが敷かれ、私の人生なのに私の気持ちとは関係なく目まぐるしく、いろんな事が決まっていって、心がついていなかったのです」
「済まなかった。そんなつもりは無かったのだが、結果的にそうなってしまった。これからは精進しよう」
バツが悪そうにそう言う、セザール殿下がなんとなく可愛く見えた。
「そうして下されば嬉しく思います」
「ふむ、なら、これから行われるマリアンヌ穣の審議に行くか?」
少し考えるようにして、セザールが口を開く。前までなら、尋ねもせず審議の席へ連れて行かれたのだろうことが伺えた。
「行った方が宜しいのでしょうか?」
「当事者だからな、無理にとは言わんが」
気遣いが嬉しい。
「わかりました。行きます」
審議の場と聞いて身構えて居たが、本邸の応接間の一室へ通された。
中には、マリアンヌに王太子殿下、監査官と数名の騎士がいた。セザールに促されて、ソファーに座ると、王太子殿下が口開く。
「マリアンヌ、これから質問する事に嘘偽りなく答えてほしい」
その声は、懇願するようだった。
「わかりましたわ」
少し緊張した面持ちで、マリアンヌは頷く。王太子殿下は一枚の羊皮紙を取り出した。そこには、フードを被った女性の絵が描かれている。
「これと同じローブは持っているか?」
何かを察したのだろう、マリアンヌの顔色が悪くなる。
「ええ、持っておりますわ」
マリアンヌの言葉に、王太子殿下は落胆した様子だ。王太子殿下は、!別の紙をマリアンヌの前に差し出す。
「下記の日に、市井へでむいたか?」
「ええ、全て教会と孤児院へ行った日ですわ」
「同行した者は屋敷にいるか?」
皆が固唾を飲んで見守る中、マリアンヌの顔が一気に青ざめた。
「居ませんわ。ばあやは私の噂が祟って、心労で亡くなりましたわ」
「他に付き添いぐらいいらっしゃるでしょ?それに、御者だって」
なかなか口を割らないマリアンヌに痺れを切らしたのか、監査官が回答を促す。
「先日...屋敷から追い出したわ」
「『いくら無日と仰られましても、それが証明できなければ、意味がない』んでしたよね。ルーズベルト公女様、貴女は以前、私にそう仰いました。覚えておいでですか?また、今回殺された御令嬢は、皆、学園時代マリアンヌお嬢様といざこざがあった方々ですよね?」
監査官の冷たい視線がマリアンヌに向けられている。マリアンヌは押し黙る他ない様子だ。
マリアンヌ様と監査官は知り合いみたいね。そして、二人の間には確執があるような気がするわ。
「マリアンヌ、もう一度聞く、君があの一連事件の犯人かい?」
「違いますわ」
「状況証拠は、君が犯人だと言わんばかりだ。さっきのローブの人物画は、貸し馬車屋と蠍に依頼した人物の人相画だ。そして、あのローブを持っている人物が、何人存在する?そんなに簡単には手に入らないモノなのだろ?また、マリアンヌ、君が出かけた日にあの事件は起きているんだ。そして、君が無実であることを証明するべき使用人を自らクビにしている」
「私はやってません」
マリアンヌが悲痛な声で訴える。怖くなって、ツェツェリアはセザールの服の端を握りしめる。
「使用人は探してやる。だが、処分されていたら見つからないだろうな。マリアンヌを貴賓用の牢へ連れて行け」
マリアンヌは引っ立てられるように、両脇を騎士に抱えられて部屋から出て行った。
「ディーン令嬢、私は一級監査官のパトリックと申します。今回の事件の担当をさせて貰っております。どうぞ、ご協力をお願い致します」
「はい」
「まずは、この絵のローブに見覚えはございますか?」
羊皮紙には、ローブを目深に被った女性の絵が描かれて居た。
「ええ、しっかりとみた訳ではありませんので、確証は持てませんが、馬車で連れ去られる際に、見た気が致します」
「セザール殿下と婚約する以前に、連れ去り等の身の危険に遭ったこてはございますか?」
パトリックは事務的な質問をし、紙に記入してゆく。
「ありません。あの、本当にあの一連の事件はマリアンヌ様が行われたのですか?」
「状況証拠では、疑いようがありません。少々出来過ぎの感もございますが」
「そんなに気を揉まないで下さい。私がマリアンヌ様を嫌っているからといって、私怨で捜査するほど愚かではありませんよ」
パトリックは少し表情を緩めると、ツェツェリアの手を取りその甲に口づけをして、部屋から出て行った。
な、何?アレ、パトリック様、アレが普通なのかしら?
熱くなって頬を抑え、心を落ち着かせようと息を大きく吐き出すと、王太子殿下とセザールがビックリたような顔で、自分の方を見ていることに気がついて、ツェツェリアは慌てて下を向く。
「叔父上、これはどういった状況でしょうか?」
「ツェツェは、彼のような男が好みなのか?」
ん?
「レディへの挨拶をされて、ビックリしただけですわ」
「挨拶で...」
王太子殿下はセザールをジーッとなんとも言い難い表情で見つめる。
「叔父上」
「何も言うな。それより、俺はお前のことが心配だ」
セザールの言葉に王太子殿下は力無く笑う。
「女性を見る目がないですね、私は。流石に今回はこたえした」
「マリアンヌ様以外に、怪しい方はいないのですか?」
「残念ながら、赤い髪に淑女とわかる身のこなし、何よりあのローブを持っている者が限定される。あのローブはマン・クレトアが店をオープンさせた初日にドレスの契約をした5名にノベルティとして贈られた物だったんだ。マリアンヌのは、ジャネット夫人が持っていたのを強請ったものなんだ。注文書を借りて来た」
王太子殿下が5枚の少し黄ばんだ注文書を、テーブルに広げた。名だたる方々の名前が記入されいる。
「マリアンヌ様が犯人であれば、凄惨な遺体に違和感を覚えるのです」
「マリアンヌ嬢がそういった類いの、下僕を抱えていれば話は別でがな」
セザールの言葉には棘があった。
「叔父上、それは執事だったドンマンのことを仰っているのですか?」
「ドンマンだけじゃないさ、解雇した御者だって怪しいだろ?何せ、俺は凶悪な犯罪者ですって、顔に出して生きている奴なんかいないんだからな。ただ、ドンマンは若い娘を、ムチで打つことに喜びを感じている節があったように感じただけだ。まあ、俺の思い過ごしかもしれないけどな」
セザールの言葉に、王太子殿下の顔は一段と曇る。
「私もドンマンには、加虐嗜好があるような気はしていました。その上、マリアンヌのお気に入りの執事でしたから」
ドンマンは子爵家の三男だが、騎士学校を退学したうえ、士官試験も落ちた箸にも棒にもかからない人物だ。仕方なく、公爵家で面倒をみて貰っていたが、マリアンヌに気に入られ、執事になった人物だった。
「ドンマンは今もルーズベルト公爵家にいるのですか?」
「いや、彼は領地勤務になったと聞いた。ただ、一ヶ月の長期休暇を申請したみたいで、どこにいるのかわからない状態だ」
王太子殿下はお手上げというふうに、大きく息を吐く。
「なら、他に容疑者が浮上しなければ、マリアンヌ嬢は規定通り一週間後、裁判にかけられるのだな」
「そうなります」




