メイド 【ユア視点】
『今をときめくマリン・クレトアの店は今シーズン店を閉めている。セザール殿下の注文が、工房をフル回転しても間に合わないそうだ。』これが市井の今、一番ホットな話題だ。
貴族の令嬢達が憧れる大公殿下の色恋事情、貴族のゴシップが娯楽の一つである市井の者達の格好のネタだ。ディーン家に勤める通いのメイド、ユアはここ最近、通り歩く度に主人であるツェツェリアについて聞かれる。
「あんたの主人ってどんな方?」
「マリアンヌ様みたいに、派手な方なのかしら?」
いろんな質問が飛んでくるが、ユアはいつも同じように答える。
「質素で、優しい主人ですよ。烏滸がましいですけど、妹みたいな存在です」
「そーいやぁ、ユアちゃん、そういやーぁ見ないけど、いつも一緒のえれー美人の侍女さんも、あんたの主人と一緒にお城へ行ったんかい?」
粉物屋の女将さんの言葉に、ユアは吹き出した。
「あの方が、私のお嬢様ですよ」
「あんれまあ、私ら時のお嬢様のお顔見た事があったんだ?」
「確かに、着飾らんでも、どえらい美人さんだわ」
口々に主人を褒められて、ユアの機嫌はよい。
「ユア姉、ユア姉ん所のお嬢様に不満はないの?まあ、優しいお姉さんだよな、ユア姉ん所のお嬢様。落とした林檎は拾ってくれるし、お腹空かせてたらパン分けてくれるしさ」
靴磨きのデッドに聞かれて、ユアは少し考え込む。
「うーん。特には?まあ、強いていうなら、もう少しご自分に気を遣って貰いたいってことかしら?お嬢様はあんな方だから、ご自分の幸せには無頓着で、御坊ちゃまの御病気の心配ばかりなさっているから」
「へー、いいご主人様なんだぁ。そーいやぁ、大公殿下って沢山の愛人?がいるんだろ?」
「うーん、どーだろ?今はお嬢様の側を片時も離れない様子だったら、お嬢様、大変そうだったけど...。私がお嬢様と楽しくおしゃべりしてただけで、すんごい嫌そうに睨まれたし。家のメイドに焼き餅焼くって、もう、笑えるわ」
さも、面倒そうにユアが苦笑いを浮かべると、デッドはウヘッと舌を出した。
「マジが」
教会にボランティアで出入りしている。調香師のお姉さんが楽しそうに話に加わってきた。教会のボランティアは、貴族とお近づきになる良い機会なのだ。
「あら、まあ、じゃあマリアンヌお嬢様は御冠だわねぇ。ほら、自分にだけ大公殿下は優しいって、風聴なさってたから、ほら、王太子殿下に遠慮して、自分のことを娶らないんだって、街娘達に淡い悲恋でも話すみたいにさあ」
「何、あれ、マリアンヌお嬢様の妄想?うわー、かなり痛いわぁ」
クスクスと笑う花売りの娘は、マリアンヌのボランティア授業を受けている一人だ。彼女の意思ではなく、孤児院のシスターに頼まれて渋々行っているのだとか。
しかし、ほんとマリアンヌお嬢様は人気がないわよね。
「そういえば、ロザンナ達はどうなったの?城で働いてるんでしょ?」
「それが、逃げたらしいのよ。うちのお嬢様に睡眠薬を盛って、捕まる前にトンズラしたって、乳母様から聞いたわ。もう、大公殿下がカンカンですんごかったって。温厚な御坊ちゃまも、引き付けを起こすんじゃないかってくらいに、怒ってたみたいで」
「はあ、言わんこっちゃない。だから、あんな誘惑いっぱいのとこで働くもんじゃないね。どーせ、誰かに唆されたんでしょ?で、お金掴まされて、捨て駒みたいに使われるのがオチだって、貴族屋敷ですら、働くならコネがあって誰か守ってくれる人が居ないと、虐められるってゆうのに」
貴族の屋敷に出入りしている調香師のお姉さんは、訳知り顔で得意気にそう話す。
「貧民救済計画だっけ?なら、紡績工場の一つでも立ち上げてくれたら良いのに、働き口さえあれば飢える人間は減るってのに。それより、前にユアちゃんとこのお嬢様、攫うの依頼したのって、赤毛の令嬢だってきいたけど?マリアンヌお嬢様も赤毛の御令嬢よね?」
井戸端会議をしていた女達は、ゆっくりと互いの顔を見合わせた。
「高級貸し馬車屋にも、誘拐目的で赤毛の令嬢が馬車借りに来てたみたいよ。それも、あのルーマン金貨での支払いだったそうよ」
「へーぇ、高位貴族が使うやつだよねぇ?確か、権力見せびらかす為の奴、ほら、フード被ってお忍びなのに、自分貴族だぞ、ちゃんと貴族扱いしろって圧かける為に前金で出すアレでしょ」
「わぁー、あの方ならやりそーぅ」
「あんたら、それくらいにしとき、不敬罪でしょっ引かれるよ」
粉物屋の女将さんに嗜められ、皆散り散りに仕事へ戻って行った。
「ユア姉、ちょっと時間ある?」
「うん、大丈夫よ」
デッドに袖を引かれ、建物影に連れてこられた。
「良かった、あのさーぁ。ユア姉んとこのお嬢様って、何回も拉致られそうになってるよな?ユア姉、間違えられそうになって、怪我したんだろ?」
「相変わらず、よく知ってるわね。そうよ。青い蠍に拉致されそうになったわよ」
「なあ、顔見て離してもらったの?ユア姉、ほら、枯れ草色の髪だし?気になって」
「そうよ、顔を確認したら、蠍は居なくなってたわ」
令嬢連れ去り事件では、枯れ草色の髪の令嬢は惨殺されたと聞いた。
「青い血じゃなかったからかな。でも、他の事件は蠍は関わってないからなんとも言えないかぁ」
「ねえ、蠍に入ってない不成者って、王都にいるの?」
王様が表の支配者なら、蠍は裏の支配者だ。で、デッドは蠍の眼のような存在。
「居るはずがない。新たに王都に入って来た奴らは、全て把握済みだし」
「なら、他のは蠍に見せかけた貴族が起こした事件ってわけ?」
デッドはイライラしたように親指の爪を噛む。
「全く、赤髪のお嬢様、えげつない奴だよ」
赤髪の令嬢って、都民が知っているのはマリアンヌお嬢様くらいだ。赤毛の持ち主が少ないから、マリアンヌお嬢様が都民の脳裏に浮かぶのは致し方ない。




