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帰り道 【マリアンヌ視点】

 マリアンヌは、涙が出そうになるのを必死で我慢して、足早に馬車へ乗り込んだ。ドアが締まり馬車が走り出すと、カーテンを閉めて、嗚咽を漏らして泣き崩れた。


 何故私が、セザール殿下にあんなことを言われなきゃならないの?お詫びとして、王妃教育を一緒に受けれるように手配してあげるって、言っただけなのに!これも、ディーン令嬢が私に感激して、お礼を言わなかったからよ。


 本来なら、ディーン令嬢が一緒に学べるものじゃないのよ?口答えするんじゃなくて、『畏れ多いことでございます。マリアンヌ様に対して、感謝のあらわしようがございません』って言うべきだわ。


 マナーも他の令嬢並み、ダンスは下手。そんな人間は後宮へ入ってはならないと暗黙の了解があるのに、ちゃっかりホワイト宮殿に居座って。セザール殿下に誘われたのなら、淑女としてのマナーが身に付いていないからとお断りするべきだわ。本当、厚顔無恥な方!


 後宮の決まりで、侍女すら馬車に同乗させれず、慰めてくれる者も、手巾を差し出してくれる人もいない。


 方やツェツェリアには、既に専任の王宮侍女が付き、彼女を支え世話してくれている。まるで、ホワイト宮殿の主人の如く扱われている姿をみて、惨めになった。


 上手くいきそうだった貧民救済計画は、犯人に良いように使われ、その責任だけを押し付けられている。生まれが恵まれなくても、頑張れば安定した皆が羨む仕事につけると希望を持って欲しかっただけですのに...。


 どうして、努力が報われないのかしら、お勉強も淑女としての嗜みも人一倍頑張ったと自負している。それもこれも、セザール殿下と結婚する為だったのに...。


 何の努力もせずに、セザール殿下に守られているディーン令嬢が憎くて憎くて仕方ない。


 せっかく手差し伸べてあげたのに、掴まなかった貴女が悪いのよ。後悔してももう遅いわ。


 ハンカチで涙を拭い、泣き腫らした顔を鏡で確認した。


 馬車が家に着くと、使用人達が敢えて、心配するように泣き腫らした顔を少し隠すようにして馬車から降りる。お父様が、使用人達の圧力に根負けして、ジャネットお姉様を呼ぶように。


 ふらつきながら、部屋へ戻る。いつものように泣き暮らそう。2日ほど頑張れば、いつも通りジャネットお姉様が呼んでもらえるだろう。こっそりと、皆に見つからないように、お茶とお菓子を差し入れてくれる乳母が居ないのは痛手だけど仕方ない。


 ベッドに伏せろうかと思ったが、今の格好を見て思い直す。


 化粧も落としたいし、コルセットも外したい。


 侍女を呼び、お風呂の用意を頼みゆっくりと湯に浸かり、いつも通り磨いて貰う。泣き腫らした瞳は、冷たい手巾で冷やして貰い。落ち着いた後ベッドに伏せった。


 3日も過ぎているのに、ジャネットお姉様が訪ねて来ない。


 イライラと焦りが募る。伯爵令嬢の件をお母様に相談したら、一人で謝罪に行き、私財で賠償しなさいと言われた。お父様に頼ろうにも、お父様に賠償できるぐらいの私財はない。ジャネットお嬢様しか頼れないのに...。


 お父様が頑張ってるのかしら?それとも、お母様にバレた?


 ベルを鳴らして、侍女を呼ぶ。乳母が追い出されて、マリアンヌの気持ちを察して動いてくれる人物が居なくなり、こうして、ベルを使い呼ばなければならなくなった。


「ジャネットお姉様はいついらっしゃるのかしら?」


「ジャネット様でございますか?いらっしゃる予定はございませんが?」


 不思議そうに答える侍女に苛々が募る。


「お父様がジャネットお姉様を呼ぶように言ったのではないの?」


「そのような命令は、賜っておりません」


 はぁ?お父様、今回はお姉様を呼ぶように言わなかったの?嘘でしょ?それ程、宰相閣下からのクレームが大きかったのかしら。


 伯爵令嬢殺害事件の件は、早目に処理しなきゃならないのに!ジャネットお嬢様に一緒に謝って貰い、賠償金を用意して貰えば、簡単に解決できると高を括っていた。伯爵令嬢の命なんか、ジャネットお姉様の謝罪より安い!


 なら、可愛い妹の為に頭を下げてくれたら良いでしょ?私が王太子妃になれば、ジャネットお姉様だって、有り余る恩恵があるのだから!だって、ジャネットお姉様の威光は、叔母様が王妃だったからなんでしょ?


 マクレーン侯爵家には行きたくない。ジャネットお姉様の横には宰相閣下がいつもいて、こんな頼み事する雰囲気でないし、自分で解決しろって言われるのが目に見えている。その上、ネチネチ嫌味を言われるわよね。


 はあ、一人でなんて頭を下げに行けないわ...。


 でも、その前に...


「ねえ、私が3日も伏せっていたのに、お父様を説得出来なかったって、どうゆうこと?」


 新たな執事であるモーリスを叱る。


「お嬢様、何を仰りたいのか分かりかねますが」


 激怒するマリアンヌに、モーリスは涼しい顔だ。


「普通、その家の令嬢が伏せっていたら、父親にその惨状を伝え、改善するようにうながすものでしょ?貴方、私のことが心配じゃないの?」


 はあ、使えないわね。ドンマンなら、こんなことで叱る必要なんて無かったのに。


「あの、お言葉ですが、伏せっていらっしゃったとは?しっかりと入浴もされ、お食事は抜かれていましたが、お茶にお菓子はしっかりと召し上がっていらっしかましたし。何の問題があるのでしょうか?」


 訳がわからないという顔をするモーリスに、マリアンヌのイライラが募る。


「もしかして、お父様に私が伏せっていることすら伝えないの?」


「ありのままを、奥様にお伝え致しました。せっかく料理人が食事の準備をしているのに、お茶とお菓子しか召し上がらず困っていると」


 マリアンヌの頬がカッと赤く染まり、マリアンヌはモーリスの頬を思いっきり引っ叩いた。


 近くにいたメイドが慌てて、公爵夫人を呼びに行く。


「恥を知りなさい!使用人ごときが、主人に口答えするなんて!」


 頬を赤く腫らしたモーリスに、マリアンヌは真っ赤顔のまま怒声を浴びせる。


「口答えしたつもりはございません。事実を申し上げたまででございます。奥様より家庭のことは、旦那様ではなく奥様へお伝えするように仰せつかっておりますので」


 冷静な態度で淡々と言葉を紡ぐモーリスに、マリアンヌの苛立ちが募る。


 だから、あーもう、どうしてわからないのかしら?


「でも、私のことを思いやるべきでしょ?」


「ですので、心配を致しまして、事実を奥様へお伝え致しました」


 それは、何の心配よ?


 ああもう、お母様まで来たじゃない!


「いったい何事ですか?マリアンヌ何故モーリスを叩いたのです?」


 押し黙るマリアンヌに業を煮やした公爵夫人は、盛大な溜息をついた。マリアンヌはビクッと身体を震わせる。


「もういいわ。モーリス、頬を冷やして来なさい。マリアンヌ、着いて来なさい」


 夫人の執務室へ入ると、椅子に座るように促される。


「モーリスを叩くだなんて、どうかしているわ。何故、ドンマンを追い出すハメになったのか忘れたの?モーリスはね、ジャネットが指名した執事よ。ただ、ドンマンに問題があったら変えるようにとのことだったわ」


 あっ、私のせいでドンマンは追い出されたのね。


「お母様、ジャネットお姉様から当主の座を譲り受けることはできないのですか?」


 お姉様は嫁いだのだから、お母様に当主の座をお渡しすればよいのに...。


「無理な話だわ。私にはその資格はないの。勿論、貴方もよ。女神様が認めてくださらないわ。あのね、貴女が王太子妃になったら、ルーズベルト家をジャネットに返そうかと思っているの」


 ジャネットお姉様と宰相閣下がルーズベルト家を乗っ取るの?お姉様、マクレーン侯爵家に嫁いだのだから、弟にルーズベルト家は譲るべきだわ。なんて、強欲なのかしら!


「え、マシューはどうなるのですか?カアデミーから帰って来たら、居場所がなくなっているのですよ」


「大丈夫よ。伯爵家に婿養子に行くことになっているわ」


 伯爵家...。


「お母様、もしかして」


「そうよ。貴女の失態の埋め合わせよ。大丈夫よ、あちらは伯爵家の中でも裕福ですし。ジャネットがいる限り、大事にしてもらえるわ」


「そんなぁ」


 ジャネットお姉様が、頭を下げれば済む問題なのに...。


 マリアンヌは泣き崩れる。


「ディーン令嬢には謝罪は出来たのかしら?謝罪の品は何を渡して来たの?」


「謝罪の品は断られました。気に入らないと」


 あゝ、思い出しただけで腸が煮え繰り返るわ。


「まあ、失礼な方ね。で、何を渡そうと思ったのかしら?」


「王室のマナーがなっていないので、王太子妃教育に同席することを許可しましたの。あんな拙いダンスに、礼儀作法ではこの先苦労しますわ」


 公爵夫人の顔が真っ青になる。


「わかっているでしょうけど、ディーン令嬢の教育係はセラよ。今、貴女、お姉様を侮辱したのよ」


 でも、身分は平民だし、まあ、影響力はあるけど。我が家の使用人だったわけで、何故、ディーン家の直系がここまで気を使う必要があるの?


 『身分の範疇を越えず、わきまえよ』でしょう?私は王太子妃になるの、だから、皆んな私に対してそれなりの態度を取る必要があるってことよね。


 押し黙るマリアンヌに、夫人は返事を諦めたように立ち上がる。


「早急に謝罪に行かないのであれば、とりあえず、伯爵家に詫びの手紙を出しなさい。ディーン令嬢には、私から一言言っておくわ」


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