兄弟 2 【セザール視点】
部屋をノックする音がし、細身で神経質そうに髪を後に撫でつけた、壮年の補佐官が執務室へ入って来た。
「陛下、王妃様がいらっしゃっておりますが、いかがいたしましょうか?」
「通してくれ、ライラを諌めるように進言に来たのだろう」
程なくして現れた王妃は、相変わらず美しく気品に溢れていた。重ねたとしの分だけ神々しくも感じられる。この国最大の力を持つ公爵家の出で、前皇后とも縁戚にあたる。細っそりとした腰に、白い肌。プラチナブロンドの艶やかな髪を結い上げ、孔雀の羽で出来た扇を片手に、お気に入りの侍女を従え入ってきた。
子供達が、もう少し王妃に似れば良かったものを。
娘であるライラックは、まあ、見る者によっては美人と言えなくは無い部類だが、王子であるルーディハルト殿下は父親である陛下の色を濃く受け継いでいて、お世辞にも美男子とは言い難い。
「王妃様にご挨拶申し上げます」
セザールは立ち上がり、恭しく王妃の手を取りその項に口付けをする。幼き頃より、本当の姉のように慈しんでくれた王妃に感謝をしていた。打算的な兄より、余程愛情深い。
「ふふふ、セザール、息災でしたか?中々顔を見せてくれないので寂しく思っていたのですよ」
はんなりと笑みを見せると、王妃はソファーへ掛けるように促し、侍女へ新しいお茶の準備を命じた。
「なるべく、出向くように致します。王妃様」
セザールが冗談めかして言えば、楽しそうにふふと王妃は笑った。
「はあ、ルーディもセザールくらい見目が良ければ、あそこまで卑屈にならなかったのかしら?もう少し、頭脳が陛下に似れば、何の問題も無かったのですけれども…。せめて、性格がライラと反対なら…」
ほうと溜息を吐き、王妃はセザールの顔から夫であるサガード3世へと視線を移す。
ルーディハルトはその父に似た厳しい風貌に似合わぬ、臆病で内気な人物なのだ。王としては若干その素質に掛ける。だが、決して愚かでは無く、文武両道、幼き頃より必死に努力してきた姿は、剣のみを振り回して大きくなったセザールも感心していた。平時であれば、賢王になるやもしれんな。ああ、だから、あの地をこの国から切り離し俺に与えたのか。
セザールが治める小国は四国に接した国だ貿易の要だ。また、海にも面していることもあり、海賊の進撃にも警戒が必要な地だ。この地さえ守り切れば、この帝国を脅かす敵は少ない。この帝国へ入るには、セザールが治める小国で旅の準備を整ってから、砂漠を越える必要があった。言い換えれば、その小国で戦の準備を整えなければ、陸路を使いこの帝国へ攻め入る事は至難の業だということだ。
だが、問題は妹の方がどの学問にしても秀でていたことだ。ライラック姫は、女性ながら好奇心旺盛で、乗馬に剣術、そして、ルーディハルトと同じく学問にも興味を示し、自ら進んで学んだ。その出来は、父親であるサガード3世を彷彿とさせるものがあったのだ。
これでは、妹であるライラック姫を王座にという、家臣達の声が出るのも致し方無い。だが、そうなれば、王配に国を乗っ取られる可能性が出る為、それは最良の選択とは言い難い。
王妃の最近の悩みは専ら、我が子達のことだ。ライラック姫に兄を敬うように言い聞かせてはいるが、体格以外で劣るところが無いと思っているライラック姫は、ルーディハルト殿下を見下しているきらいがあるのだ。
「ライラがまた、弁えなかったのか」
サガード3世は深い溜息を吐くと、眉間に皺を寄せた。
「はい」
「ライラの婚姻を急ぐ必要があるな。娘が、寡婦にならぬよう良い医師も探さねばなるまい。かの病気なら子孫は望めぬ。ライラが国を脅かすことはあるまい。美しき夫に献身的に仕え、愛情を注ぎ暮らすのもまた幸せであろう。その為には、姉であるディーン令嬢を婚姻を急がねばならない」
結局、ここへ戻るのか。殺し合いを繰り返した兄が、兄妹仲良くと願うのは当然のことだな。
セザールは溜息を溢した。