お茶会
王妃主催のお茶会は、テラスで行われた。ブルボーヌ公爵夫人にマクレーン侯爵夫人、ルーズベルト公女ことマリアンヌ嬢にローランド公女等、本来、王妃派と思われる面々が招かれた。
ツェツェリアも意思とは関係無く、王妃様の装備具で自身を飾り、ブルボーヌ公爵家のパーティーで社交界デビューを果たしたのだから、立派な王妃派といったところだろ。
マリアンヌ嬢が王太子妃となるに際して、マリアンヌ嬢が王妃様の下に下るのか、それとも権力を競うのかどの面々がマリアンヌ嬢に付くのかこのお茶会で、はっきりするとセラがツェツェリアへ忠告していた。
「皆、よく集まってくれた。礼を言うわ」
王妃の挨拶で、茶会が幕を上げる。
「ディーン令嬢、大公殿下は軍人であられるから、無骨でしょう?贈り物など期待しない方が身の為ですわよ。女性の格好などご興味ございませんもの」
斜め前に座っている赤いドレスのよく似合う、妖艶な夫人はが口元にねっとりとした笑みを湛えて、忠告してくる。セザールが数年付き合っていたエルニア公爵夫人だ。
「左様ですか。婚約初日に沢山の服をプレゼントして下さったのですが、やはり、我が家を心配してでしたか」
ツェツェリアはサラッと、このドレスもセザール殿下からのプレゼントだと告げた。
「まあ、そうだったんですの?なら、今貴女が着ているドレスもカロが用意したのよ。殿下の贈り物は、彼が準備しているの」
ツェツェリアが着ているドレスは、ホワイト宮へ来る前に店を連れ回された時に、セザール自ら選んだものだ。
「カロがですか...。セザール殿下は、わざわざ、試着につき合い、何着も着替えさせ、デザイナーへ注文をつけたあげく、それらを全てキャンセルして後からカロに服を選ばせるのですか?それは、かなり迷惑なプレゼントの買い方ですわね。デザイナーが可哀想だわ。カロもデザイナーに申し訳ないと思い、セザール殿下の注文のままでよいと言ったのかしら?だから、セザール殿下が注文された通りのドレスが来たのですね」
ツェツェリアの言葉に、近くにいた、貴婦人達が吹き出す。
「まあ、社交界に姿を現さない貴女がもの珍しかったのでしょうね。すぐに飽きるだろうけど、いつものことだから、そう落ち込まないことね」
「そうですか、セザール殿下は飽きられたのですね」
エルニア侯爵夫人の顔が赤く染まる。彼女のもとにも、白いチューリップの花が届いていたのだろう。
「気分がすぐれませんので、失礼しますわ」
エルニア侯爵夫人はそう言うと、席を立った。
「おとなしい方だと思っていましたけど、実はこんなに楽しい方だったのですね。今の貴女の発言で、敵が増えましたわよ?ほら、貴女を睨んでる令嬢達がいるでしょ?私の妹もその一人ですけど」
横に座っていたマクレーン侯爵夫人が、扇で口元を隠して、ツェツェリアへ囁く。
「売られた喧嘩は買うべきだと習いましたので」
「素敵な大公妃教育ですこと。ふふ、今から、今日のメインイベントがはじまりますわよ」
実の妹と叔母の権力争いを楽しそうに眺めているマクレーン侯爵夫人に、ツェツェリアは驚きを隠せない。
「マリアンヌ嬢、侍女は決まったのかしら?見つからないのなら、私が用意してあげますわよ」
「お気遣いありがとうございます。ですが、心配ご無用ですわ。エミリーお姉様が快く引き受けてくださいましたの。つきましては、お姉様が王宮侍女をつつがなく勤めれますようにブロード侯爵夫人、エミリーお姉様の先生を務めていただけないでしょうか?」
いきなり、矛先を向けられたブロード侯爵夫人は王妃に瞳で助けを求める。
「引き受けたらどうかしら?」
王妃様の言葉にほっとしたように、ブロード侯爵夫人は頷く。
「ルーズベルト公女、承知致しましたわ。我が国が照り輝くお手伝いができるのでしたら、喜ばしいかぎりですわ。では、いつから、エミリー嬢がいらっしゃるのか、後日手紙でご連絡下さい」
「ブロード侯爵夫人、エミリーお姉様はルーズベルト家の養子になりましたの。ですので、夫人に来て頂けたらと思っておりますの」
まるで、ルーズベルト家の女主人であるかのようなマリアンヌ嬢の言葉に、マクレーン侯爵夫人の目付きが変わる。しかし、マリアンヌ常識は一切、それには気が付かない様子だ。
「承知致しました。では、いつから伺ったらよいかご連絡をお待ちしております」
「はい、こちらから手紙を送らせていただきますわ」
王妃様へ遜ったブロード侯爵夫人とは対照的に、不遜なマリアンヌ嬢の発言が耳につく。この一幕で、マリアンヌ嬢は王妃嬢と敵対し、その権力を我が掌中へと納めようとしていると皆に伝わった。
刻一刻と移り変わる情勢の中で、皆がどちらに付いた方が得か、風見鶏のように見守る。
「ツェツェリア、ウエディングドレスだが、もうほとんど仮縫いは出来上がった。明日にでもセザールと合わせに来なさい。其方ひとり呼びたいところですけど、セザールも一緒によばなければ、アレが許可しないでしょうから」
少し呆れた風を装い、ツェツェリアにセザール殿下がゾッコンであることをアピールすると共に、王妃様はツェツェリアの母親代わりであることも匂わせる。
「わかりました。帰りましたらセザール殿下にお伝え致します」
ツェツェリアの言葉で、今、ツェツェリアがホワイト宮で生活していることが伝わる。ツェツェリアとセザールの子は、王妃の孫のような存在になるのだ。ましてや、ツェツェリアにもセザールにも親や後ろ盾はなく、そのいっさいを王妃と、その生家であるブルボーヌ家が担うのといっているようなものだ。
「マリアンヌ嬢、私はルーディハルトの孫は抱けるのかしら?王子は彼だけなのですから、よろしく頼みますね」
「はい」
マリアンヌが昔、王太子を嫌い婚約を結べなかったことを蒸し返す言葉だ。世継ぎは何よりも、今後の勢力争いに如実に関わってくる。マリアンヌと王太子の間に世継ぎができなければ、ツェツェリアの産んだ子が王となるかもしれないのだ。そうなれば、王と王妃がギリギリまで居座り、ルーズベルトをすっ飛ばしてその座を孫に譲る未来すら見えてくる。
何より、マリアンヌの心がルーディハルトにあるのか怪しく、その為、もし、世継ぎが生まれても王家の特徴が子に出なければ、王家の血が入っているのかさえ疑念が生じると言いたいのだ。
「ルーズベルト公女は、信心深く、善行を積まれているのですもの。太陽神が真の願いを叶えてくださいますわよきっと」
ローランド公女の助け船とも取れる言葉に、皆の思考が二分する。ローランド公女に近しい人達は、公の場で、彼女がマリアンヌ嬢のことを、敢えて、ルーズベルト公女と呼んだことで、マリアンヌ嬢と一線を引いたとわかった。加えて、マリアンヌ嬢に近しい人達はマリアンヌ嬢の願いは世継ぎではなく、セザール殿下の心だと知っている。それを切に願って、今迄血の滲むような努力をしていたことも。
「ディーン令嬢、社交の場はお好きではありませんの?お見かけしないもの」
マリアンヌ様は標的をすり替えた。
「お茶会にお誘い致しましたのに、返事すらありませんでしたわ。ああ、マナーのお勉強中でしか?私が教えて差し上げてもよろしくてよ?」
ブロード侯女はここぞとばかりに、ツェツェリアを叩く。
「後、一月ほどしか、こちらでの社交ができないのですから、積極的に参加なさった方が宜しいと思いますわよ?」
セザール殿下に気がある他の令嬢達が畳み掛ける。
「そうなんです。まだ、私が未熟な為、手紙は全てセザール殿下が管理なさっていますの。殿下が必要だとお感じになれば、返事が行っていると思いますわ。それに、お茶会にはそれなりに、出席しておりますわよ?ここにも、こうして参加しておりますし...。ただ、故意でないとはいえ、船から突き落とすような方を先生として招くのは、怖いですわ...」
そっとしといてよ、鬱陶しわ。と言える訳ないわね。面倒なので、船上パーティで突き落とされた事件を蒸し返し、ついでにセザール殿下も利用させてもらう。私、性格悪いわよね。
ツェツェリアの言葉で、騒つく。
「突き落した?」
「ブロード侯女が?」
「確かにそんな方の手紙、怖くて...」
などと騒つく令嬢達を尻目に、ドキドキと激しく脈打つ心臓の音を悟られないように、何ごとも無かったようにケーキを頬張る。言ってしまったという、妙な高揚感と後悔が押し寄せてきて、上手く周りの話が耳に入らない。気持ちを落ち着かせる為に、紅茶にに口をつけた。
紅茶の渋みとは別の、かすかな苦味が口に広がり、意識が遠のく。
「ディーン令嬢」
名前を呼ぶ声が微かに聞こえた。




