陛下2 【セザール視点】
朝早くから、王の執務室へ押しかけたセザールは、何の了承も得ずに、どかっとソファーへ座るとそんざいに脚を組む。
「兄さん、詳しく説明して貰おうか?」
セザールのその言葉に、陛下はやれやれといったふうに横にいた秘書官を呼び、今日の予定を全てキャンセルするように告げ、お茶の用意を指示を出した。
「あいつら、お前に話したのか。ふっ、お前でも、ディーン令嬢の気持ちを手に入れることが出来ず、下男に助言を求めるとはとても愉快だ」
ディーン家の下男達は、王が王子時代に一緒に戦地を駆け回った旧知の者達だ。
王はさも楽しそうに、ゆっくりとした足取りでセザールの正面に座った。
「クソ」
悪態を吐き、拗ねるセザールに王は目を細める。秘書官がお茶と軽食、お菓子類をテーブルに並べる。王はこの部屋へ、人を近づけないようにと指示を出した。秘書官が部屋から出ると、セザールは鍵をかける。
「お母様が生きていたころまで遡る。我が妃が第二子を身籠ったとき、ローランド家の娘も父である陛下の子を身籠っていた。そして、陛下は戦での傷で死の淵を彷徨っていた。世継ぎとして生き残っていたのは、私とお前だけだったのは覚えているだろ?お前は私に忠誠を誓ってくれていたから、次の王は私と決まったも同じだった。ローランド公爵は娘の子に王位はいらないから、命を助けてくれと懇願してきたのだ」
「ですが、ローランド公爵は権家ではありませんか?」
権家の血が入っていると、それを後ろ盾に王の座が脅かされる可能性がある。
「そうだ、男児だった場合、信用できない。私は師であるディーン将軍に相談した。将軍はもし、ローランド公女が産んだ子が男子なら、将軍の孫として育てると約束してくれたのだ。ローランド公爵もそれでいいと言って感謝した。それが、レイモンドだ」
王はサンドイッチを齧ると、それを紅茶で流し込んだ。
「我が妃も無事出産したのだが、残念ながら死産だった。私は師に生まれたばかりの、師の孫娘を我が娘として欲しいと頼んだ。師は快諾してくれた」
「ローランド公女の子がレイモンド、ディーン将軍の孫娘がライラック、そして、本当の兄さんの子は死産だったのですね」
王家で死産は多い。
「ああ、そうだ。ローランド公女の子は我が妃の子とすり替え死産として扱われた。レイモンドはこの事実を知っておる。だから、大病を患ったフリをして、表舞台に出てこないのだ。これが世間に知られると自分の命も、姉であるディーン令嬢の命も危ういことを熟知しておる」
セザールの頭の中に疑問が浮かぶ。王妃は我が子がすり替えられた事実を知っているのだろうか?
「この話は、お義姉さんも知っているのですか?」
「いや、知らん。あれは、ライラックが自分の娘と信じて疑わない。ライラックもこの事実は知らん。今、知っておるのは、私とローランド公爵、レイモンド、レイモンドの乳母、奴の主治医、そしてお前だけだ」
なるほど、レイモンドが弟だとバレることを恐れて、兄さんはディーン子爵家に援助出来なかったのか。なるべく、希薄に接してきたのだろうことが伺えた。
「乳母は知っていたのか」
「我の政策には、欠陥があってな。じつは、ルーディハルトには子ができないのだ。それゆえ、お前かレイモンドが子をなす必要がある。レイモンドとライラックの婚姻を推し進めるのはこれが原因じゃ。ライラックがレイモンド以外の者と結婚すると、不味いことになるでな」
レイモンドとライラックが結婚すれば、もし子供が産まれてもその血筋は正当な王家のものとなる。しかし、ルーディンハルトに子が出来ぬ今、ライラックが他の貴族に嫁ぎ子をなした場合、その子が王へと担ぎ出されかねない。マリアンヌとの婚姻もルーディハルトに子が出来ないということは織り込み済みか。その事実を知ったら、マリアンヌは絶望するだろうな。
「兄さんは、ルーディハルトを飼い殺しにするつもりですか?」
ルーディハルトにマリアンヌを嫁がせるのは、自分の協力家であるルーズベルト公爵家にそっぽを向かれない為か。王子を産めないマリアンヌは、辛い半生となるだろうな。
「あやつに国を収める力はない。残念ながらな」
「俺は保険か」
レイモンドにはローランド公爵家という後ろ盾がある。レイモンドの息子を次の王にと考えているのだろう。
「ああ、レイモンドは決して、ツェツェリア穣の子を害することはないからな。お前の命は知らんが」
クックと王は楽しそうに笑う。
レイモンドが異常なほどツェツェリアに執着していることも、織り込み済みか。恐ろしい人だ。
「はあ、俺の命は本当にツェツェリアに握られているのですね。彼女が本気で俺を愛せば、レイモンドは俺を殺すことができない。そう、おっしゃるんですね」
権謀術数を張り巡らし、崖の淵から転げ落ちぬよう綱渡りを生きてきた。この国の王子であった俺が、今、命があるだけ上出来だ。
「頑張って、その心を手に入れることだな」
王はまるで他人事のようにそう言うと、今度は焼き菓子に手を伸ばした。
「ライラックとツェツェリアがあまりにも似ていないのですが。やはり、あの噂は」
「ああ、そうだ。ディーン将軍の娘は乱暴され、子を身籠った。それが、ライラックだ」
ああ、あの頃の疑問が繋がった。あのいい匂いのする優しい女性は、ツェツェリアの母だったのだ。
彼女はその事件の後から王宮に来なくなった。彼女はその事件のせいで精神を病み領地で自らその命を絶ち、ツェツェリアはレイモンドと共に祖父母に育てられた。
「犯人はブロード公子」
「そうだろうな。彼はツェツェリアの母親に並々ならぬ想いを寄せていた。彼女が未亡人となると、正室にと婚姻を申し込んでおる。しかし、子爵家の娘であり、寡婦の上に娘までいる。年も公子よりずっと上だ。跡継ぎである公子との婚姻は、世間も侯爵も認めないからと断りを入れたらしい」
当然の話だろう。いくら息子が惚れているからと言って、初婚の跡継ぎにだいぶ年上のコブ付きの寡婦を正妻にという家はあるまい。ブロード侯爵も流石に首を縦に振らないよな。
「だろうとは?」
「彼はまず自分の父親であるブロード侯爵の説得、そして、ブロード家の門下の説得に奔走したようだが、色良い返事は当然のことながら貰えなかったようだ。そして、思い詰めた上の暴挙と、しでかしたことの重大さに気がついての失踪といったところだろ。本人にしかその心の内はわからんしな。この憶測が事実か確かめようにも夫人は気が触れて話ができなくなったでな」
ブロード侯爵家で公子の話はタブーとなっている。このまま、妹のターシャが婿養子を貰い家督を継ぐと専らの噂だ。
「ツェツェリアを攫った者は特定できたのですか?」
「まだだ、あの屋敷に真新しいベッド。簡単に犯人がわかると思ったのだが、思ったより難航しておる。ベッドを注文したのは、若い女であの屋敷に運ぶように手配したのも若い女だ。あの馬車を借りたのも若い女だ。金払いも身なりもよいから、貴族に仕える侍女に絞って調べているところだが、身元がまだわからぬ」
ツェツェリアが見たのは、神父服の男。その女の主人が神父服の男なのか?
「ツェツェリアは神父服の男を見たと言っています」
「ふむ、なら、捜索を教会まで広めるか。実は、似たような事件が2件あってな。他の事件は全て殺害され頭部の膚が剥ぎ取られておるのだ。身なりから貴族の子女とわかり、全て身元の特定はできておる」
頭を切り落とし、頭部の膚の持ち去るとはなんと猟奇的な犯罪なのだろう。
「貴族が被害者なら、物取りの可能性はないのですか?」
髪はお金になる。なら、頭部の膚なら髪を取るためとは考えられないか?
「その可能性は低いな。宝飾品に手をつけた形跡がない。耳飾りや髪留めは要らぬとばかりに、はずして、ベッドの上に放置されておった。服も一切乱された跡がない」
「性別と貴族ということ以外、共通点はあるのですか?」
「ああ、皆年頃の令嬢達で、枯れ草色の髪をしておるのと、比較的簡素なドレスを身に纏っていたと報告をうけておる」
ツェツェリアも枯れ草色の髪だ。なら、ツェツェリアを狙った犯行ではないのか?貴族の枯れ草色の髪の乙女ならだれでも良かったのだろか?
「令嬢達が寝かされていたベッドは、ツェツェリアと同様、真新しいものだったのですか?」
「いや、廃屋に備え付けられていた古びたものだ。ただ、全て主寝室のベッドの上に遺体が放置されていた。ブロード侯爵家の別邸は、家具が持ち出されていたため、仕方なく購入したのかもしれぬな」
枯れ草色の髪の青い血の令嬢達。髪の色が重要なのか?ツェツェリアも探すのが遅ければ、かの者達のように頭部を切り落とされ、膚を剥ぎ取られていたのか?
「しかし、いくら下位貴族とはいえ、令嬢を一人で外へ出さないだろう?そんなに頻繁に攫われるとは」
「ああ、そうだ貴族の威信にかかわる。その上、凄惨な事件だからの秘密裏に調査しておる」
確かに、自由民に伝える必要はない。混乱を招くだけだからな。




