干し首 【◯◯視点】
グロい表現があります。苦手な方は読み飛ばしてください。
切り落とした頭部の首の後ろから耳にかけて切り込みをいれ、頭蓋骨から頭皮部分を剥がす。それから、鼻や耳の余分な軟骨を取り除き、皮膚を丁寧にこそげ落としてゆく。完全に皮膚を剥ぎ取ったら瞳を縫いとじ、口をピンで閉じて薬草入り熱湯で1時間ほど茹でる。
茹で上がったら、元の大きさの1/3になっている。その後、ひっくり返して余分な脂肪、軟骨を取り除き元にもどし、切り込みを入れた部分を縫い合わせる。
元の人物の外貌になるように整えながら、焚火の上で熱々の石をそれに詰め、石が入らなくなったら、そこに熱々の砂を流し込み乾燥させるという作業を繰り返し、拳くらいの大きさに仕上げる。
神父服の男は、数日この作業にほとんどの時間を費やしていた。女神の腰を佩の代わりに飾るのだ。丁寧に仕上げなければならない。
私が欲しいのは本物だけ、あとは女神の供物として捧げればよい。
男は音程の少し音程の外れた歌を口ずさみながら、作業に没頭していた。
重い扉が開き、一人の顎髭を蓄えた初老の男性が若い侍女を従えて入ってきた。男は部屋中に充満したすえた匂いに口と鼻をハンカチで抑えて顔を顰める。
「後、一カ月無いんだけど?」
神父服の男は作業の手を止めることなく、初老の男性へ問いかける。
「王宮にいらっしゃるため、お連れすることが難しく」
「なら、諦める?」
神父服の男は初老の男性に顔を向けることなく、軽い感じで言葉を紡ぐ。
「本当なのでしょうな?彼の方を拐って、貴方の妻にすれば王家を我がモノにできるというのは!」
「我らの女神様の悲願だから」
温度管理が難しいってーのに、横からごちゃごちゃ五月蝿いなぁ。
「この前、せっかく拐ってまいりましたのに...しかし、あの令嬢にそんな魅力があるのか?我が娘の方がよっぽど...」
足がつき、すぐに突き止められたのを棚に上げて、ぶつぶつと文句を垂れる老人を睨み付けた。
お前の娘など、彼女の足元にも及ばない。彼女を我がモノにできるなら、身分、いや、なんだって投げ出せる。
仕上がった干し首のくちびるを焼きごてで焼き、髪をとき、
長すぎる髪をカットして丁寧に仕上げてゆく。
「湯に浸かりたい」
神父服の男がそう溢せば、老人はほっとしたように侍女に風呂の用意を急がせた。
「すぐに用意ができましょう。何か召し上がりますかな?風呂から上がられたら、食べれるように用意致します」
男の髪は皮脂で汚れてベタつき、無精髭が伸び皮膚は垢が溜まり酷い有様だった。その上、死臭と赤黒く固まった血が服にこびり付いている。見るに堪えない格好だ。
「赤ワインとステーキをレアで」
先程まで、死体をいじっていた人が食すものではない。老人はついに吐き気が込み上げたのか口を抑え、頷くと足早に部屋から出て行った。部屋の外でえずく音が聞こえる。
「盛大にぶちまけたな。軟弱だねーぇ、王座を簒奪しよーっていうんだから、もう少し豪胆にならなきゃ」
神父服の男はギャハハと笑い干し首の頭頂部分の髪を少しとって器用に三つ編みにしてゆく。その姿は猟奇的で薔薇の貴公子と呼ばれ、淑女達の視線を恣にしていた面影などまったくない。
程なくして、風呂の準備ができたと、先程の侍女が呼びに来た。
一月ぶりに湯に入り、絡まった髪を切り落とし、髭を当たってもらう。ガタガタと震えながら、メイド達が泡立てた布で身体を優しく撫洗う。主人にどのような説明を受けているのだろうか、ひたすら無言で作業を行っている。数度悪臭を放つ湯をはりかえ泡を流し、やっと本来の皮膚と髪の色を取り戻した。
ガウンを羽織り、カウチに寝そべり爪を整えて貰いながら服を選ぶ。この屋敷の主人が用意した服はどれも質の良い鮮麗された品だ。服を着替えて鼈甲に十字科を掘ったループタイを締める。着替え終わると、本館に案内される。
ああ、この屋敷に来て初めて、本館に足を踏み入れるな。
通された部屋には、赤ワインとステーキ、それにやわらかいパン、温かなスープが用意されていた。部屋に足を踏み入れると、この家の主人は重厚なソファからゆっくりと立ち上がった。
「どうぞ、食事をお召し上がり下さい。大事な話故、従者を下がらせても良いかな?」
食事をしながら、今後のことを聞きたいのだろう。軽く頷くと、屋敷の主人は、従者を手振りで追い出し。また、ゆっくりとソファへ腰を下ろした。
「何が知りたいのです」
血の滴る肉を一切れ咀嚼した後、赤ワインで流し込み、色々尋ねたくてうずうずしているだろう屋敷の主人に声を掛ける。
「かの令嬢を攫った後は、どうなさるのですか?」
おずおずと尋ねる初老の男に視線を合わせることなく、分厚いステーキを平らげていく。
「サガード3世のクビを落としましょう。それから、ライラックを貴方の息子の嫁にすれば、大方終了」
簡単でしょ?とニッコリ笑うと、初老の男性は顔を綻ばせるが、ステーキとワインから必死で目を背けているようだ。
「セザール殿下とルーディハルト殿下はいかが致しましょう」
「セザールは飼い殺し。なんなら、アールディア国あげちゃえはいいじゃん。どうせ、本国に手一杯でそこまで回んないしね。ルーディハルトは小心者な上、子に恵まれない人物だから放っておいて、良いタイミングで断頭台に上げよう」
ナイフで自分の首を切る真似をする。
「だが、王座に座る王族の条件は、子がいることではないのですか?」
「ふふふ、俺に子はいるよ」
余程驚いたのだろうか、初老の男は目を大きく見開いた。その様子が愉快で、上機嫌で空になったグラスにワインを注ぐとユラユラと回して香りを嗅いだ。
「どこにいらっしゃるのかね?」
「ふふふ。すぐにわかる。亡き愛する人との間に出来た可愛い娘だ」




