手紙
寝室へ入ると、急いで部屋のドアを閉め、Lの文字の入った封筒にペーパーナイフをあてる。便箋を取り出し、文字に目を走らせた。
そこには少し右上がりの癖があるあの懐かしい文字が綴られている。
嘘!まんまるとしていた幼馴染がルーディ・ヒューゴ・ナッツ様だなんて!あまりの変わりように、驚きすぎて、口が開いたまま手紙を読み進める。
商売が軌道にのるまで時間がかかってしまって、会いに行くのが遅くなったこと。今は諸事情があって母親の名前を名乗ってること、お祖父様が亡くなって大変だった時に、側に居てやれなかったことへの謝罪と、そして、昔から好きだった、結婚して欲しいと思っていたと。帰ってきたら、婚姻を申し込む予定だったこと。そして、大公殿下との婚約の話は聞いた。もし、その婚姻に不満があれば言って欲しいと、ツェツェリアとレイモンドを連れて遠くに逃げるから。二人の面倒くらいのみる甲斐はあると書いてあった。
すごく嬉しい言葉の数々に、ツェツェリアの胸は温かくなる。
ルー!あの時、私だとわかってて海へ飛び込み助けてくれたのね!
ツェツェリアは急いで返事をかいた。
ああ、この手紙の存在を誰にも知られてはいけないわ。どこに直しましょう。
部屋を見回す。この部屋に置かれているのは、天幕付きのベッドと、執務や手紙を書く用の机にソファーとテーブルのセット、そして本棚のみた。ツェツェリアが、ディーン家から持ち込んだ書類や本は整理されて、既に本棚へ片付けられている。と言うことは、どこにでも使用人の手が入るということだ。
鍵がかかる場所は...。あっ、一つだけあるわ。私の手記を入れた箱!ここなら鍵がかかるし、鍵は私が首にかけているから大丈夫よね?
急いで箱の中の手記の下へ二通の手紙を入れ鍵をかける。そっと、箱を机の上に直したところで、部屋をノックする音がした。
「奥様、お風呂の準備が出来ました」
風呂から上がり部屋へ戻ると、ツェツェアは急いでディーン家から持ち込んだ祖父の手記に目を通してゆく。そこには、王家での生々しい攻防の日々が綴られていた。
帝国とその周りにある沢山の小国からなっていた。帝国の王子は小国から花嫁を友好の証として、一人づつ貰う。だか、次の帝王は一人、その帝王を前帝王が決めると、他の小国と亀裂が生じる。かといって、長子をとさだめれば、その長子が王の器でない場合は、帝国の存亡にかかわる。だから、生き残った王子をということになったのだ。これは、小国の王達が話し合って決めたこと、帝国は小国の王にそれを丸投げした。小国の王が公爵、侯爵と名を変えその歴史が前王の時代まで受け継がれた。
貴族であれば、誰もが知っている歴史。何百年も繰り返された史実。
『サガード殿下の初陣だ。過酷な場所でなければ良いが』
陛下を案じる一文が目に付く。
お祖父様は陛下に愛情を持って接してらっしゃったのね。
ツェツェリアは、時間があれば無心で手記を読み進めた。ホワイト宮から出ず、セザールの横にいるのは苦痛ではなく、今は有難いとさえ思えた。
「ツェツェリア、明日は外での仕事がある」
書類から目を外さず、セザールはそう告げる。
「そうですか」
私も外出したいと言ったら、許可してもらえるかしら?ルーへ手紙を渡したい。彼の店で『T』の文字の手紙を店員へ渡せば彼へ渡ると書いてあった。セザールが側にいないなら、定員へ手紙を渡すチャンスはある。騎士達は店内へ入らずに、外で警護するのが一般的だ。セラ一人なら目を誤魔化せそうだ。
何か言いたそうな視線を感じ、セザールがツェツェリアへ目を向ける。
「どうした?」
「あの、その日、買い物にいきたいのですが...。この前のお茶会のお礼状を出したいのです」
おずおずと申し出るツェツェリアへ、セザールはあっさりと許可する。
「ああ、構わない。ただし、セラを連れて行きなさい」
肩透かしを食らった形ではあったが、外出許可を得て、ツェツェリアの気分は浮上する。
「ありがとうございます」
飛びっきりの笑顔でお礼を言ったツェツェリアを、セザールは無言で真顔で見つめる。
ちょっと、お礼言ったんだから、何か反応あっても良くない?そう固まられると、対応に困るんだけど...。何?私、お礼すら言わない失礼極まりない人みたいに思われてたの?
そう言えば、最初に買い物に連れて行かれた時、沢山の服や装備具、雑貨を買って貰ったのに、早く帰りたくて、そのことだけに気を取られ、お礼すら言ってなかったわ...。その後も、何かと気にかけて貰っている気がする...。それも、お礼言ってないわ。ああ、私、本当に失礼な人よね。反省しなきゃ。
「あの、セザール殿下。沢山のドレスもありがとうございました。御礼が遅くなり申し訳ございません」
「ああ」
そう呟くと、セザールは口を片手で押さえて、下を向く。
反応が鈍いわね?ああ、今頃お礼を言ったからビックリなさってるのね。当然よね、今までの私の殿下に対する対応から考えれは、殿下だって、私との婚姻は命を守る為に仕方なくだし。早く、うまい具合に婚約を解消できる方法を探さなきゃ!勿論、殿下の為にも!
ツェツェリアは再び、手元の手記に視線を向けた。
『陛下は砂漠の都を我が国土と願っているようだ。あそこを攻め落とすのは至難の技だろう。今回も、難癖をつけてのこちらからの攻撃、どれだけ恨みをかえば気がすむのか』
砂漠の都とは、今のセザール殿下が治める小国のことよね?セザール殿下のお母様の母国はどこなのかしら?
手記によれば、お祖父様は同時殿下だったサガード陛下と共に数年遠征に行かれて、戻ってらっしゃらないみたいね。手記には、戦争での攻防と、まだ少年であるサガード殿下への心遣いが書かれていた。
「セザール殿下のお母様の国はどこなんですか?」
ツェツェリアの口から、ポロッと言葉が漏れる。
「砂漠のオアシスにある小国だ。私の国のすぐ側にある。扱いは我が国の一部だがな」
優しい声がツェツェリアの上から降って来た。
「え」
見上げると、いつに無く優しい表情のセザールの顔ではがあった。
「師の手記を読んでいるのか?」
「はい」
「そうか、何がわかったか?」
セザールはツェツェリアの手元を覗き込む。
「いえ特には、ああ、お祖父様が殿下や陛下を大事に思っていたことくらいですかね?」
「そうか、師の手記もいいが、これも目を通してくれ」
セザールはそう言って、ドサッと山のように本をツェツェリアの前に積む。
「あの、これは?」
「これか、これからは大公妃として、一応頭に入っていた方が良い事柄だ。師の手記を読む上でも、大いに役立つと思うぞ?」
お祖父様の手記を読むのを邪魔しているの?
ツェツェリアはイライラしながら、手記を閉じ、積まれた本のタイトルに目を通す。『法典』『帝国の歴史』『地図』『王室の成立ち』『貿易と外交』『貴族名鑑』の文字が目に入ったはいった。
たしかに、お祖父様の手記を読む上で知っていた方が良い知識ね...。
そうとわかると、怒りが鎮まる。
これらを読むことに上手く乗せられた感じは否めないけど...。




