表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/91

ローランド邸

 何故、一緒に外出する時はいつもペアルックなのかしら...今、王室では婚約者と一緒に外出する時は、服を揃えるという決まりでもあるのかしら?前の夜会の時、王太子とマリアンヌ様もペアルックだったわよね。


 ツェツェリアはカタコトと揺れる馬車の中、正面に座る自分のドレスと同じ生地の服を着た、セザールをまじまじと見つめる。


 もし、公式にそのような決まりがあれば、婚約を告げられた翌日、セザール殿下に連れ回され、服を購入して貰ったのは、至極当然の行為だったのだろう、ただ、ツェツェリアが婚約のショックが大き過ぎて、その説明を聞いていなかっただけだったのかもしれない。そう思うとツェツェリアの心は幾許か軽くなった。


「何を考えている?」


 抑揚のない声でセザールが問う。


「今日のお茶会のことです。粗相しないか心配で」


 頂いた物の金勘定をしていたとは言えず、ツェツェリアは当たり障りのない回答をする。


「その為のセラだろ。セラは身分こそは平民だが、その影響力は王妃に準ずるから、ツェツェが粗相しても、上手くフォローしてくれるさ」


「そんな方を私につけてもらっても良いのでしょうか?」


 セラは引くて数多でしょうに...


「だから、さ。マリアンヌ嬢が王太子妃になれば、必然的にセラが彼女の筆頭侍女となろう、そうなれば、王妃にとって都合が悪い。だから、そうなる前に厄介払いをしたいわけだ。そして、セラもそれを望んでいる。」


 前王妃の専属侍女、前王妃が公爵家から王室へ輿入れするときに連れて来た、ただ一人の侍女がセラだった。理由は丁度いい、平民ながら大きな商家の娘で貴族並に教育が行き届いてる。若いが婚姻願望が無く、跡取りでもない。貴族の娘でないから、彼女の両親が利権を主張してくることも、侍女自身も主人を出し抜く心配も少ない。そんな理由だった。


 前王妃はセラを妹のように可愛がり、常に側に置き、全ての雑務を彼女を通して行った。彼女しか信じれないのだから仕方のないことだ。セラが貴族界で力を持つのは自然の摂理だったのだ。前王妃が亡くなった今も、セラの力は強く、王であるサガード3世も、幼少期より面倒みてもらったセラには頭が上がらない。


 ローランド邸は年代を重ねた建物なかがら、手入れが行き届きその存在感は圧感である。まるて、ローランド公爵のこの国での存在感を彷彿とさせた。


 ツェツェリアは早々に、セザールとは別の場所に案内される。美しい中庭の東家には、白を基調としたテーブルには美しいお菓子が並び、猫足の彫刻を施した椅子に可愛いらしい令嬢が座っていた。そして、その横に何故かエミリーの姿があった。


「よくいらっしゃいました、ディーン令嬢。私はローランド公爵の孫娘、アエラと申します。こちらは、私が最近面倒をみている、エミリーですわ。エミリーは少々事情がある令嬢ですの...、それは、ゆっくりお話し致しますわね」


 アエラに促され、挨拶もそこそこに席に着く。

 

「ディーン令嬢、エミリーとは会ったことがおありとか?」


「ええ、前に..」


 流石に侍女として来たものの、紹介された当日しか出勤せず、夜会で謝罪された関係とは言えない。


「私が無知で、ディーン令嬢には迷惑をおかけしたの。あの時までの私は、自分の立場を履き違えていましたの、ディーン令嬢に傲慢な態度をとってしまって、お恥ずかしいかぎりですわ」


 エミリーは夜会で会った時とは、全く別の人物のようにしおらしい。


 ツェツェリアが訝しげにアエラを見れば、アエラはエミリーと目を合わせた後、訳知り顔で口を開いた。


「実は、エミリーは淑女としての教育を全く受けず、不幸なことに誤った知識のみを得ていたの...。ルーズベルト公爵夫人の調子が悪いのは、ディーン令嬢もご存知でしょう?これを幸いに、エミリーの出生をよく思っていない、ルーズベルト公爵の執事が彼女に家庭教師をつけるのを怠って...、その上、エミリーが耳にするのは...マリアンヌの話のみですから...それが、常識と勘違いをね?」


 エミリーは恥ずかしそうに俯く。


「私、ルーズベルト公爵に御厄介になる前は、市井で暮らしていましたの...その為、貴族としての常識が全くわかっていなかったんです。ただただ、真似をするしかなくて...」


 真似をするとは、マリアンヌ嬢の行動を猿真似していたということだろう。そうなら、自信が公女のように振る舞っていたのにも納得がいく。しかし、マリアンヌ嬢はそんなエミリー嬢を諭したり、彼女に教えたり、然るべき処置を促さなかったのだろうか?


「ディーン令嬢、言わんとすることはわかります。実はエミリーの世話を請け負ったのは、つい先日ですの、聞けばそれまで、エミリーは衣食住の世話は何の不都合もなく受けていたものの、教育面は一切放置され、マリアンヌ嬢の自慢話のみを聞いて過ごしていたらしく...。その上、縁談のみは世話をされ、エミリーも流石にこのまま嫁ぐのはルーズベルト公爵家に迷惑がかかると、それで、城の侍女になりたいと公爵様に頼んだらしいのですが...」


 主旨が全く伝わってなかったのだろう、ツェツェリア付きにされ、然るべきマナーを学ぶ機会を失い。侍女としての仕事もマリアンヌ嬢から聞いた上級侍女としての仕事と履き違えていたのだろうと、ツェツェリアが感じるには、何の疑問もない話だった。その上、ツェツェリアがエマをに視線を向けると、エマはアエラの言葉を肯定した。


「そうだったのですね。エミリー嬢、この前は少しキツく当たって申し訳無かったわ」


 ツェツェリアの言葉にエミリーは首を横に振る。


「いいえ、ディーン令嬢が私に怒ってらっしゃったのは、当然ですわ。アエラ様から色々御教示頂きましてから、よくわかりましたわの。無知とは、本当に恐ろしいものですわね」


「ええ、そのことをよく知っているはずの、マリアンヌ嬢が母違いではあるとはいえ、姉であるエミリーに何の手助けもしなかったなんて、本当に残念でなりませんわ」


 アエラは、ほうと残念そうに眉尻を下げる。


「マリアンヌの気持ちも解りますわ。だって、私の存在がマリアンヌにとって邪魔で排除したいものでしょうから...」


 悲しそうに目を伏せるエミリーに、アエラは痛ましそうな視線を向ける。


「違うわ、エミリー。この国の法律通りなら、本来なら、マリアンヌが日陰の身として生活するべきだった。のよ。なのに...」


 公爵様、最低だわ。同時に2人の女性と関係を持つなんて。アエラ嬢の口振りでは、エミリー嬢の母親は泣寝入りしたようね。そう言えば市井でそんな噂を聞いたことがあるわ...。


 結婚を約束していた寡婦の伯爵夫人が、夫となる人物を公爵夫人に取られて泣寝入りしたと。お腹には娘がいて、そのせいで嫁ぎ先の伯爵家を追い出されたと言う話は有名だ。その夫人は今も心を患っているとこの事は、噂話に疎いツェツェリアの耳にも入っていた。


「公爵夫人はお父様とお母様の関係を知らなかったのですから、夫人も犠牲者ですわ。なのに、私には最善の処置をなさってくださってます。」


「公明正大な夫人はそうでしょうし、ジュリェッタお姉様もそうよ、市井での評判も良いもの!ああ、御免なさいね。ディーン令嬢、気持ちの良い話ではなかったわね。ふふふ、せっかくお近づきになったのだから、お名前で呼んでもいいかしら?私のことも、気軽にアエラと呼んでくだされば嬉しいわ」


 社交界では、完璧な令嬢と呼び声の高いマリアンヌの評判は、その二人に比べて市井ではあまり良くない。王都での都民の評判こそが、国民の評価となる。地方の者達が貴族の善し悪しなどわかるわけがない。王都き来た者達がそれっぽく話したことが、さも当たり前のように国中に広まるのだ。


「アエラ様、社交界に友達のいない私のことを気にかけて下さり、ありがとうございます。私のことも、ツェツェリアと呼んで下さい」


 エミリーもおずおずと口を開く。


「ディーン令嬢、私のこともエミリーと名前で呼んで頂ければ幸いです。実は、私の身分は曖昧でして...、お父様の生家の男爵家の名を名乗るにも、産まれて一度も訪れたこてすらありません。それに、お父様は婿養子となられております。幼少期はお母様と修道院で過ごしておりましたので...。お母様の家紋を名乗ろにも、お母様は勘当された身。私の家紋は曖昧なのです」


 その身に青い血は流れているが、胸を張って名乗れる名は無い。厳格なディーン家で生まれ育ったツェツェリリアには、それが、貴族としてどんなに辛い事か重々理解しているつもりだ。


「勿論ですわ、エミリー嬢。私のこともツェツェリアと名前で呼んで下さい」


 ツェツェリアは今の流行りや、お菓子、美容などをアエラから聞いた。


「私は、もうじき他国の王族に嫁ぐ身ですの。本来なら、私ではなく、殿下が行かれるのが筋なんでしょうけど、ほら、私、こんなに美人でしょう?ですから、お祖父様が私を推薦なさったの。私が嫁いだら、手紙を下さいませ」


 努め明るくそして、少し傲慢にアエラは言っているが、その役割は過酷で重要なのはしっかりと熟知していた。その証拠に、そう話す彼女の手はカタカタと震えている。


 姫に呼ばれた茶会で、自分が醜女だから、外国への輿入れの道は無いと言っていた、ライラック姫の言葉がツェツェリアの脳裏によぎった。


「勿論ですわ。アエラ様」


「ふふふ、そのお言葉、心強いですわ。大公妃からの文が刻より届けば、彼の国も私を冷遇できないでしょうから」


 冗談めかしてそう言うアエラに、不思議そうにエミリーが首を傾げた。


「アエラ様とマリアンヌは仲が宜しいのでしょう?王太子妃のマリアンヌから文が届けば、そんな心配は杞憂なのではございませんの?」


「マリアンヌ嬢からの文は期待出来ませんわ。彼女はそんな、思い遣りのある人物ではありませんから...」


 ツェツェリアの中ねマリアンヌの印象が、この茶会で随分と変化した。


「ツェツェリア様、マリアンヌにはお気を付けになった方が宜しいかもしれません。本当はこんなことは言いたく無いのですが...、マリアンヌはセザール殿下との婚姻を夢観ていたのです。お父様をけしかけ、家紋の力を利用してお父様に強要して、セザール殿下へ婚姻を打診したのですが...、例に漏れず白いチューリップが送られて来まして...。それで、数日の荒れようが酷く、お父様もどうにもできず、いつものごとく、マクレーン夫人が呼ばれたのです。マリアンヌは思い込む節があるので...、ツェツェリア様が逆恨みをされないか心配なのです」


 言葉の含みにエミリーが、マリアンヌのせいで虐げられたといわんとしていることが伝わる。


「そうね、マリアンヌは気位の高いところがあるから、姉が社交界の貴婦人と名高いジャネットお姉様ですから、気を追うのは仕方ないのでしょうけど...。そもそも、お姉様と立場が違う事を認めて無い傾向にあられますから...。まあ、無いとは思いますけど、一応、お気を付けになって?」


 ジャネットと違い、マリアンヌの出生にはケチがつく。そして、父親の生家の格も大きな差がある。エミリーが自分が公女のごとく振舞ったのと、大差がないと言いたいのだ。そして、その立場を利用して、ツェツェリアに危害を加える可能性があるやもと心配していると。


「淑女と名高いマリアンヌ様ですもの...。そのようなことはないと思いますが、ご忠告は有り難く心にしまっておきますわ」


 ローランド公爵からの帰り道、ツェツェリアの頭の中は、マリアンヌへの疑念でいっぱいだった。ただ、2人の令嬢の話だけで、その人となりを決め付けてはならないと、何度も自分に言い聞かせるが、城の夜会でツェツェリアに向けた、マリアンヌの射殺すような視線が何度も脳裏を掠める。


 目の前のセザールは、難しい顔をして書類を睨んでいた。


 馬車が止まり、着いた場所はツェツェリアが生まれ育ったディーン邸であるが、その姿は、くたびれ廃墟と見間違えるものではなく、ツェツェリアの幼い頃の手入れの行き届いていたものだった。


「まあ」


 ツェツェリアは目を見開き、口もポカンと開けたまま門の前で立ち尽くす。


「何を突っ立ている?とっとと中に入るぞ!」


 セザールに促され、屋敷の敷地に足を進めた。


「ありがとうございます。セザール殿下」


 ツェツェリアの瞳から涙がとめどなくこぼれ落ちる。


「まだ、外観だけだ」


 そうぶっきらぼうに告げるセザールの瞳はいつになく優しかった。

 

 セザールが取り計らったのだろ、作業員は居らず、ディーン家の年老いた執事と通いのメイド達だけだった。


「お嬢様、お帰りなさいませ」


 ツェツェリアが話を聞くに、彼らは補修工事の手伝いをしていたらしい。手伝いと言っても、本や書類、家財の片付けが主な仕事のようだった。


「ねえ、お祖父様の書き残したものは、これで全てかしら?」


「はい、お嬢様」


 執事から受け取った書類や手帳を馬車に積み込む。


 セザールがツェツェリアの側を離れたのを見計らったように、執事がツェツェリアに一通の手紙を差し出す。


 淡いブルーの封筒に癖の強いLの文字、ツェツェリアにとって、それはすごく馴染みのあるものだ。横に住んでいた商家の幼馴染がであるルーがツェツェリアに寄越していた手紙だ。


「マールが来たの?」


「はい、お嬢様。すごく立派になられていました。ただ、この手紙は絶対にお嬢様お一人の時に、他には気付かれないように渡して欲しいと頼まれまして...」

 

 嬉しそうに涙ぐみそうな顔で執事は、ツェツェリアにその時の様子を話す。


「ありがとう。こっそり読むわね」


「お嬢様、これは持って行かれますか?」


 メイドのユアがマリアンヌの手記を持ってニコニコ入ってくる。ユアは市井に住んでいる通いのメイドだ。


「ええ、持って行くわ。ねえ、ユア、市井でのマリアンヌ様の評価ってどうなの?」


 ユアはすこし考える素振りをしてから口を開く。


「そうですね...。あまり良く無いですね」


 アエラ様達の言っていた通りだわ...。社交界とは全く違う評価。


「ねえ、詳しく教えてくれる?セザール殿下が戻ってくる前に」


 ユアは小声で、ツェツェリアの肩口で入り口を気にしながら話出した。


「マリアンヌお嬢様の慰問なんですけど、持っていらっしゃるものが、真っ白なふわふわのパンとインクに、紙の束を綴じたものなんです。後、慰問に行かれるのは、マインセンディアの孤児院のみ。その活動も、文字習得が終わった子達に、文を書く作法?を教えてらっしゃるとか?なんの意味があるのでしょう。その上、パブロ孤児院にもランディア孤児院にも、救護院にもいらっしゃらないんですよ!都民の大半はマリアンヌお嬢様が慈善活動を始められたと聞いた時は、パブロ孤児院やランディア孤児院をマインセンディア孤児院のように立て直してくださるものとばかり期待していたので、都民の落胆は酷かったです」


 マインセンディア孤児院は王都で一番評判の良い孤児院だ。元は不正の温床だった処を、ルーズベルト公爵夫人とジャネットがその不正を暴き、今の孤児院を作り上げたのは有名な話だ。


 ユアの話では、マリアンヌ嬢の慈善活動はその他大勢貴族が行っている、ポーズのみの慈善活動だといいたいのだ。特に白いふわふわのパンは貴族や一部の都民しか口にできない高価な食べ物だし、紙やインクも非常に高い。


「そうなのね」


「はい、慰問に一度しか訪れなかったけど、パブロ孤児院の建物をまるっと新しく立て直した、ローランド公爵のアエラお嬢様の方が都民の評判はいいですよ!なんでも、今度外国の王族に嫁がれるから、持って行けないドレスを処分された時にでたお金を使われたそうで、その話で持ちきりですよ」


 コンコンとドアを叩く音がした。楽しく話し込んでいたツェツェリアとユアはハッと顔を上げる。そこには、薄らと笑みを貼り付けたカロの姿があった。


「レディ、我が主がお呼びです。そろそろ城へ戻られる時間になりました」


 いつも見ることのない、完璧な従者の姿にツェツェリアは少し驚いたが、何でも無い風に取り繕い。その差し出された手を取る。


 エスコートされ、馬車へ行くとそこにはもう、いつも通り、眉間に皺を寄せ不機嫌な顔を貼り付けたセザールが座っていた。


「ありがとうございます。今日、連れてきて下さって」


 嬉しそうにはにかむツェツェリアに、セザールの表情が少し緩んだような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ