表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/94

公爵家 4 【エミリー視点】

 孤児院を抜けて、いつもの教会へ行く。


 相変わらず、入口を塞ぐように生えた巨木は薄気味悪く。教会への来訪者を排除しようとしているようだった。うねうねと伸び、苔むした根っこが入り口を難み、巨木のせいで傾いた門を潜らざるを得ない。


 エミリーは錆びて脆くなった門を潜り、教会の敷地内へ足を進める。石畳の隙間から草が顔を出してはいるが、中へ進むには何の問題もない。それより、巨木のせいで日に当たらないのか、石畳が苔むし滑りそうになる部分がある。

 

 巨木の根で盛り上がり、歩きづらくなった石畳みを慎重に進み、立て付けの悪くなった教会の戸をゆっくりと押し開く。足を踏み入れると、陽の光を浴びステンドグラスの絵が優しく埃っぽい白い石造りの廊下を優しく照らしていた。


 神々の物語の絵だ。エミリーが、公爵夫人から借りた歴史書にも書いてあった有名な神話。歴史に興味のある、平民であれ少し裕福な子息女や学のある大人、貴族であれば皆知っている。


 太陽に惹かれた女神達が、太陽に妻にして欲しいと懇願する。すると、太陽はそう願った女神全てを妻に迎えるのだ。女神達は、妻は自分だけだと信じていたが、他にも娶っていた事実に太陽を責める。だが、太陽は平然と、『君達が結婚して欲しいと言ったから、その願いを叶えたんだ。私は君達の全てが妻でも構わないし、この中の誰か一人が妻でも構わないんだよ?後は、貴女達で解決してくれ』と言い放ち、ここから、長きに亘る女神達の争いが始まるのだ。


 これが、王室の後継者争いの始まりとされているのよね。


 それをなぞるかのように、前王の治世まで、王妃達は我が身とわが子の命を守り、我が子を王座に据える戦いに明け暮れていた。


 エミリーはその波乱には満ちた物語が美しく光で描かれた道を眼下に、ゆっくりと戦い女神像へと足を運んでゆく。


 本のおかげでエミリーが御告げを受けた女神は、戦いの女神マリウスだとわかった。異教徒の信仰の象徴であり、戦を愛する好戦的な女神だ。妖艶で美しく、そして、争いの女神であるためか好戦的で戦略に長けている。

 

 美しき女神達、美貌、智力、能力を使い戦う様子が美しく描かれていたのね...。


 いつものように女神像の前で跪き、祈りを捧げる。


「美しき女神様、家庭教師をつけて貰えることになりました。どうぞ、御導き下さい」


 温かな光とともに、糖蜜のようなどろっとした甘美な声が頭の中に直接聞こえる。


『マリアンヌの親友を家庭教師にと望みなさい。きっと、貴女を助けてくれますよ』


 マリアンヌの親友...


 エミリーの頭の中にローランド公女の顔が思い浮かぶ。いつもマリアンヌと一緒にはいるが、彼女がマリアンヌを見る目はジャネットを見る目と違って、何処となく嫌悪感を感じる。エミリーは幼い頃からその視線に晒されていたため、人一倍敏感だ。


「女神様、ありがとうございます」


 ローランド公女、上手く立ち回れば仲良くできそう。


 エミリーは鼻歌を唄ながら、足早に孤児院へと戻る。その後ろ姿を木の影から、この前の神父服の男が見ているのも気付かずに...。


 孤児院の馬車に送ってもらい公爵家の裏門から入る。馬車が使用人用の入口に停まると、家令が出てきて、御者を務める孤児院の子供に、銀貨を一枚マリアンヌお嬢様からですと言って渡す。


 エミリーは敢えて、その言葉を毎回言う家令にマリアンヌの焦りを感じる。


 マリアンヌ、孤児院での慈善活動が上手くいってないのね!


 孤児院での評判は、マリアンヌの市井での評判を左右する。何故なら、大人達は、子供達は素直だと思う傾向にあるからだ。今の王妃様やルーズベルト公爵夫人の人気は高い。マクレーン侯爵夫人もライラック姫も市井の人々に好かれている。だが、マリアンヌの評判はイマイチなのだ。


 市井の人達の娯楽はもっぱら貴族の噂話だ。マリアンヌの人望がないのは、エミリーの存在が大きい。それは人々がエミリーとマリアンヌを比べるから他ならない。同じ血の繋がった姉妹なのにと...。エミリーはその扱いの差を尋ねられると、いつもマリアンヌが...と言い、視線を逸らし、儚げな雰囲気を作る。加えて、同じ孤児院の慰問時のお土産に差があるのも、マリアンヌがエミリーを虐げているのでは?と、憶測をよんでいるのだ。


 エミリーは一人の若い女性を連れて馬車から降りた。家令の眉がピクリと動く。


「エミリーお嬢様、この者は?」


 咎めるような家令の言葉に、エミリーは家令の顔をしっかりと見つめる。


「私の侍女にするつもりです」


 家令はエミリーの言葉を鼻で笑い、エミリーの横に立つ少女に値踏みするような視線を向ける。


「何をおっしゃるかと思えば、絵空事を。ここは由緒正しき公爵なのですぞ?この屋敷で働きたい者は沢山おります。皆、紹介状を持って、他の貴族の推薦を経て来た者達です。そんな、誰でも働けるわけではございません」


「あら、私に専用の侍女を付けてくださらないので、自分で連れて来たしたの。奥様は私の婚姻の相手を探して下さるのに、私には、婚家へ連れて行く侍女も居ません。家令殿にご相談したら、私に付きたい侍女など居ないと仰ったではありませんか?ですから、奥様のお名前に恥じないように、自分で探して来たんですのよ?」


 エミリーの言葉に、家令はさっさといつもの能面に戻ると、何事もなかったかのごとく、いつもの抑揚のない喋り方に戻る。


「そうでしたか、婚家へ一緒に行く者でしたか。それは、こちらでのご用意が遅れ、申し訳ございません。わかりました。彼女をエミリーお嬢様の侍女にする手続を取りましょう。で、彼女はどこのお嬢さんですかな?」


 ふふ、家令は、私の専属侍女を選んでなかったことを、公爵夫人に咎められるのを恐れたのね。でも、ほら思った通りだわ、生家について難癖をつけてくる。


「私が今日行った孤児院の子よ?マリアンヌが週一回お勉強を教えている孤児院よ」


 家令の片眉がピクリと動く。


 マリアンヌの名前を出されたら、断れないでしょう?そして、難癖をつけて追い出せなくなったわよね…。だって、無作法だと罵れば、それを教えたマリアンヌが恥をかくんですもの!


「そうですか、なら、生家の調査は必要ございませんね。君、名前は?」


「リサです」


 少女が緊張した面持ちでそう答えると、家令はリサを上から下へ値踏みするようにみて、徐に口を開いた?


「リサ、お前はマリアンヌお嬢様から学んでいるのでしたら、特別に許可しましょう。エミリーお嬢様の侍女を探していたのは事実ですし、私について来なさい」


 良かった。思った通りにことが運んだわ。結婚をさせたい公爵夫人に、嫁に行く準備を自分が怠っていたため、私が渋っていたとは思われたくないわよね?その上、マリアンヌの名前を出したから、リサがいじめられる心配はないわ。


 本来なら、リサは侍女になれる身分ではない。でも、男爵令嬢であり、ルーズベルト家のお荷物でしかない私の侍女なら、許可が降りるだろう。何せ、ここの職業侍女達は、支度金も用意できないような貧乏貴族の娘達や、没落した貴族の娘達なのだから。私と境遇はさほど変わらない。下手をすれば、私より身分が高いかもしれないのよね。そんな人達を私に付けることができないのは、まあ、当たり前よね。


 メイドから抜擢するのも、均衡が崩れそうで躊躇したのだろう。 


 エミリーはメイドに頼んで、執事と公爵夫人に会いたいと伝えてもらう。家庭教師の件だ。


 ノックの音がして、エミリーの部屋へ執事のモーリスが来た。


「エミリーお嬢様、お呼びでしょか?」


 エミリーの前に立つフロックコートを身に付けた執事姿のモーリスには、今迄の砕けた雰囲気はもう無かった。


 ちゃんと令嬢として扱われていることに、エミリーは内心驚きを隠せない。エミリーの心はこれだけで随分と温かくなった。


「家庭教師の件で、お願いがあります。ローランド公女にお願いしたいのですが...。彼女であれば、マリアンヌも公爵夫人も安心でしょう?まあ、先方が引き受けて下さればの話ですが...」


 男爵令嬢の家庭教師を公女が務めるなんて、普段ならありえない話だものね...。


 エミリーは驚きを隠せないモーリスに、尻凄みになりながら希望を伝えてみる。モーリスは少し考える素振りを見せたが、すぐに執事の顔に戻って、軽くお辞儀をした。


「マリアンヌお嬢様へのご配慮でございますね。先方がどのようなご判断をなさいますかわかりかねますが、奥様を通じて依頼してみます。」


「ありがとう」


「礼には及びません。では、私は奥様へその旨伝えてまいりますので、これで失礼致します」


 そう言い残し、モーリスは部屋から出て行った。

 

 取り敢えず、これで、公爵夫人には私がマリアンヌに全力で媚びを売っているように映るわよね?マリアンヌの教え子を侍女にと連れて来て、マリアンヌの親友を家庭教師にと懇願する。私の侍女が決まってなかったのも、家庭教師が決まらなかったのも、これで、家令や執事がマリアンヌに忖度をしていたからというふうに見えないかしら?


 大事な情報を与えてられなかったのは、マリアンヌの圧力があったから...。公爵夫人がいくら嫁ぎ先を用意してくれても、その準備をマリアンヌが邪魔していたから、全て断るしか無かったというストーリーが、公爵夫人の中でできてくれたらそれで大成功だ。


 後は、ツェツェリアが御告げ通りに殺されるのを待つだけ...。大公の想い人であるツェツェリアが死ねば、大公はその面影のある私に惹かれる。公爵夫人もマリアンヌのことで、私に責任を感じて養子に迎えるだろう…。まあ、家門を守る為に世間の噂を払拭すると言うのが、本音だろうけど、そのお陰で私は大公殿下と目出たく婚姻ができる!


 女神様は王太子に保険をかけおくように言っていたわね....


 大丈夫、今回はヘマはしないわ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ