公爵家 2 【エミリー視点】
エマが城からメイドを引き連れて、公爵夫人の見舞いに来た日、マリアンヌは非常にご機嫌だった。
お父様がこの屋敷の実権を握るのを阻止したと思っているのだから、本当に単純よね?お父様がエマに謝罪をしている姿に心を痛めるでもなく。ざまあみなさいとでも思ってるのかしら?喜色の色を隠せてないわよ?浅はかだわ。
だから、実の娘なのに、お父様から可愛がられないのよ!
エミリーはメイドの一人とコンタクトをとる。そのメイドは、他の二人とは雰囲気が違った。
エミリーの思った通り、彼女は王妃様の手先の者だった。
お父様に上手く伝えて、彼女をうちで預かるように仕向ける。公爵夫人の看病を担当するメイドにといえば、マリアンヌは両手を挙げて歓迎した。そのメイドにも、その背後にいる王妃様にも貸しができたわ。
「申し訳ございません」
階段のすぐ下の廊下で、メイドの一人が泣きそうな声で謝っている。キャンドルが折れていたのだ。彼女が折ったわけでは決してない。案の定、乳母がそのメイドを叱咤している。
「キャンドルを折るだなんて、メイドとして失格です!」
馬鹿な乳母、彼女が折ったわけじゃないのに!いつもの早とちりね。エミリーはそっと、曲がった廊下で様子を伺っていた。
「私は...」
「言い訳は結構です!貴女が折ったのでしょう?」
鞭を構える乳母の元へ、公爵夫人が階段から降りて来た。エマが来たので丁度部屋から出てきたのだ。
「どうしたの?」
「はい、このメイドがキャンドルを折りまして」
乳母の言葉に、メイドは床に膝を付いたまま、フルフルと首を横に振る。
「貴女が折ったの?」
「いえ、違います。私は折ってなどおりません」
下を向いてブルブルと震えてるメイド、それを叱咤する乳母、折れた銀細工を施したキャンドルが廊下の壁掛けの燭台にある。
「嘘をおっしゃい。貴女、さっき謝罪をしたでしょ!」
「はい、謝罪はしました。それは、お城から、お客様がいらっしゃったのに、キャンドルが折れているのに気付くのが遅くなったという謝罪です!決して折った謝罪ではありません」
騒ぎを聞きつけて、エマとマリアンヌ、そして、公爵までもがやって来た。エミリーも隠れているのが難しいなりその場合に行く。
「乳母、どうしたの?」
気遣かわしげにマリアンヌが尋ねると、乳母はとこのあらましをマリアンヌに伝える。マリアンヌは一瞬驚いた顔をした。
「蝋燭...。御免なさい、こんな大事になるとは...。蝋燭を折ったのは私ですわ」
乳母の顔色が真っ青になる。
「どうしてお嬢様が?」
「ただの不注意よ...。後で伝えようと思っていたら、忘れていたわ」
市井で流行っている呪い館に、マリアンヌは行ったのだ。眉唾ものの占い師だが、今、若い婦女子に人気だった。お金を払い、書付を貰うというシンプルなもので、その中に色々書いてある。例えば、赤色の飴を食べるとか、赤色のリボンを身につけるといった具合のものが支流だ。全て、日にちと時間の指定があるのが特徴。
恋愛が成就したとか、しないとか、市井の若い女の子達の話題のタネだ。
マリアンヌは、慰問先の孤児院でその話を聞き。市井へ出向く機会の少ないマリアンヌは慰問の帰りにその占い師の館に寄ったのだ。
あとは、ちょっとお金を払って、マリアンヌが来たら、この書付を渡してほしいと頼めば、それで仕込みは完璧だ。
マリアンヌがもらった書付けは、一階の廊下の階段下の蝋燭を綺麗な布につつんで、持ち歩くというもの。日付は今日、時間帯は朝に行うことと書かれている。
この呪いは、決して人に呪いをしていると言ってはならないという誓約がある。この誓約を破れば、願い事がかなわなくなると言われている。
「申し訳ございません、奥様」
乳母が公爵夫人に謝罪する。
「乳母、貴女の処罰で彼女の生活が困窮するかもしれないのよ?もう少し、しっかりと話を聞くべきだわ」
公爵夫人の言葉に、マリアンヌが乳母への助け船を出した。
「お母様、乳母も、今回が初めてでしょうし、罰も未遂だったのですから、ね?」
背後に控えていたメイド長が口を開いた。
「お嬢様、失礼ながら、今回が初めてではございません。私は、確かめもされず以前、濡れ衣で処罰されました。私の他にも、同じように処罰を受け者が大勢います。どうぞこの機会にお確かめ下さいませ」
メイド長の言葉に、マリアンヌの顔が引き攣る。公爵夫人は大きく息を吐いた。
「エマ、せっかく来てくれたのに、こんな恥部をみせてしまうなんて...。いいわ、この際はっきりいたしましょう。乳母に濡れ衣で処罰された者はどれくらい居るのかしら?」
メイド長が口を開く。
「メイドだけで、10名は超えます。メイドは身分が低い為、このように直接奥様へお伝えする機会がございません。マリアンヌお嬢様の信頼厚い乳母様の叱責には間違いであろうと、ただ耐えるしか他ありません」
メイド長の言葉に乳母の顔色が変わる。権利を傘に着ることは、良くないと公爵夫人はそう公言しているからだ。
「乳母、それは本当なの?」
マリアンヌの寂しそうな顔に、エミリーは顔がニヤケてしまわないようする為、手の甲をつねった。
「そんなはずは...」
「乳母様、馬鈴薯が消えていたのを若いメイドが盗んだとして、鞭を振るわれましたわね?馬鈴薯は、既に調理場へ運ばれていたんですよ?他にも、シーツを汚したのはメイドではなく、猫ですし...皿が割れていたのは、見習いコックのせいではなく、奥様が体調が悪くてよろけられせいです」
メイド長の言葉に、メイド長の背後に控えていたメイド達は頷き、公爵夫人は頭を抱えた。
「乳母、残念ですけど、ここに置いておくわけにはいかないわ。荷物を纏めて本日中に出て行って頂戴」
エマや王妃のメイドがいる手前、公爵夫人もそう収めるしかないわよね、なんたって公明正大が売りの公爵夫人なんだから。マリアンヌ、残念ね。貴女の最大の味方が、追い出されるのよ?
これで後は、執事と家礼、侍女長とマリアンヌ付きの侍女1名だけよ貴女の味方は。侍女長の座は、王妃様のメイドになりかわって貰うから、楽しみにしててね?厄介なのが執事と家礼なのよね...。どこかで排除しなきゃならないわ...。
お父様も、さぞお喜びでしょう?目障りな乳母のせいで、公爵夫人の病気が治ったんだから...
侍女長は没落貴族の娘。ややあって、援助という形でここに雇われている。公爵夫人に感謝の気持ちと、マリアンヌや私への嫉妬心が入り混じっている。まあ、歳も私達とさほど離れてないから仕方ないわよね…。
王妃様には、城のメイドを足掛かりに、少しづつ擦り寄っていくしかないか...。執事や家令の扱いから、私の置かれた状態は同情に値するでしょうから...。王太子も同情を誘う作戦で行きましょう。優しい王太子殿下ですもの、不憫に思って下さるわ。
エミリーが考えに耽っている間に物事は進み、乳母は屋敷から追い出されることになった。
エミリーはこの場でエマに敢えて、膝を折り謝罪をする。エマは突然の正式な謝罪に少し狼狽えたが、まあ、流石、王宮侍女、さっさと適切な対応をした。
屈辱的だったが、まあ、王妃様の回し者であるメイドが見ている前での謝罪で、私への同情心を持つきっかけになればそれでいいわ。
「謝罪を受け入れます。私も、もう少し詳しく説明するべきでしたわね」
「いえ、私が無知だったもので...。少しでも、マリアンヌや侯爵夫人にご迷惑をお掛けしないようにと、先走った結果、王妃様初めて、色々な方々にご迷惑をお掛けして...」
エマは小さく息を吐くと、マリアンヌと侯爵を交互に見た。
「無知なのは、この屋敷に迎え入れた時からわかっていたこてでしょう?誰が面倒を見ていらしたの?マリアンヌお嬢様、貴女、ちゃんと社交界でのマナーを教えて差し上げましたか?聞けば、ジャネットお嬢様の侍女の仕事が、全ての王宮侍女の仕事と勘違いしていらっしゃってまし…。偏った自慢のみを見聞きしていては、今回のような失態は仕方ないことですわ。国母となられるのです。せめて、血の繋がった姉くらいは、気にかけて頂きたいですわ」
エマの言葉にマリアンヌの顔が羞恥で赤く染まる。
「エマ、心配を掛けたわね。私が病気でとこに臥していなければ、こんな事態にはならなかったものを...。エミリー、貴女の学びが、市井の者達と同じだったことを失念していたわ。ドンマン、誰が、エミリーの家庭教師なの?」
いきなり振られた執事は、冷や汗をかく。エミリーに家庭教師など付け居なかったからだ。
「家庭教師は付けおりません」
その言葉に、公爵夫人の顔色が変わった。
「貴方に、エミリーの世話を任せましたわよね?なのにお嫁出す為の最低限の教育も施さなかったのですか?はあ、エミリーが焦って、やらかすのは仕方ないことだわ。貴方も、なぜ、エミリーに家庭教師を選んでやらなかったの?」
夫人が公爵に視線を向けた。
「人選はドンマンに頼んだが?」
馬鹿ね。ドンマンはこの屋敷で一番私のことを良く思ってないのよ?そんな彼が、私に家庭教師など付ける訳ないじゃない?まあ、夫人の前では一切そんな素振りは見せないでしょうけど...。
「ドンマン、貴方は公明正大な人間だと思っていましたのに...。残念でなりませんわ。エミリーがこれまで縁談に乗り気じゃなかった理由がわかりました。勿論、マリアンヌを気遣ってというのもあるでしょう。しかし、満足な教育も受けずに嫁ぐ恐怖は、とても大きいものよ?」
「申し訳ございません」
深々と頭を下げる執事にエミリーの気分は上がる。
「はあ、あなたにここを任せておくのは、些か心配だわ。モーリスを呼びなさい。彼に執事の役割を与えます。お前は、領地へ行きそちらで仕えて頂戴」
まあ、私をいじめたくらいで、執事をクビにはしないわよね。へーぇ、次期執事がモーリスね。モーリスは良く仕事ができる人物よ。数回失敗を庇ってやったことがあるわ。それから、私の良き理解者よ?彼は、私に好意を持っている。ふふふ、いい人選じゃない!




