公爵家 1 【エミリー視点】
公爵夫人に頼むのは嫌だけど、背に腹はかえれない。最近、調子が良さげだから、朝か夜の食事の時は会えるわよね。花嫁修行の一環とでも言えば問題ないかな?
今日の夕食には、珍しく皆が揃っていた。公爵夫人を上座にして、当然、私は一番末席。まあ、ここで食事ができるだけ、良き待遇と思う必要があるんだけど...
「公爵夫人、歴史の本をお借りしたいのですが....。簡単な基本的なものが載っているもので構いません。私があまりにも、無学で...王太子妃となるマリアンヌに迷惑がかかると、申し訳ないと思いまして...」
夫人は、ワインを一口、口に含んだ後、少し考える素振りし徐に口を開いた。
「無学ね。ここ最近の行動はそれを超えている気がするが、まあ良いわ、自覚したのなら。わかりました。一冊貸しましょう。で、エミリー嬢、今度どのよう過ごすつもりかしら?」
はあ、結婚はどうするの?いつまで居座るの?とっとと出て行けってことよね?
「はい、マリアンヌの婚姻が済み次第、私も良き相手に嫁ぎたいと考えております。良き縁談を頂いておりましたが、マリアンヌの婚姻が纏まらない間に、私が嫁ぐのは間違っているような気が致しまして...」
姉とはいえ、年子、不義の子である自分が、婚約者を亡くしたマリアンヌの先に婚姻するのは気が引けたから、婚姻を先延ばしにしていたと嘯く。
「あら、マリーを気遣ってくれての行動だったの?なら、そう言ってくれれば良かったのに。わかりましたわ。ただ、相手くらいは探しておく必要があります。いくつか候補があるので、目を通しておきなさい」
本当は違う、今思いついただけだから言える訳ないじゃ無い!と言う言葉を呑み込む。
「はい、お気遣いありがとうございます」
お父様ったら、あからさまにホッとした顔をして、腹が立つたらないわ!取り敢えず、婚姻はマリアンヌが結婚するまで先延ばしに出来たわ。相手ね...婚約者にあたる人か...はあ、まあ、保険として見繕うのはありよね?
私室で釣書に目を通す。
期待はしていなかったが、どれもパッとするものは無いわね。20歳も上の伯爵に、外見と性格に問題ありの子爵。まあ、顔も性格も問題なさそうな貧乏男爵が一番マシかしら?後妻なら、少しマシな条件もあったけど...
確かに優良物件は残ってないか...私でなくマリアンヌなら、爵位のつりあいの取れた次男三男を見繕い。伯爵位に据えて分家として立ち上げるんでしょうね...。
釣書を箱に直して、歴史書に目を通す。
建国まもない頃には、この国は二つの国だったことが記されていた。一つは太陽を崇めるこの国、そして、もう一つは女神を崇める国。この両国は互いに牽制し合い、度々ぶつかっていた。徐々にこの国が領地を増やし、その女神を崇める国を追い出したと記されていた。
追い出したのだから、滅んではないのね...。
あまりにも、風習が異なる為、交わることが無かったと記されている。
あまりにも風習が違うって?どう違うのよ?肝心なことが書いて無いじゃ無い!
あっ、王家が殺し合いで王を決めるようになったのは、その女神を崇める国に対抗する苦肉の策だったのか...。なるべく優秀な人物が王で無ければ、国自体が滅ぶことを危惧して、このようなシステムを取り入れたと...。まあ、当初はここまで過激なものでは無かったみたいだけど...
ペラペラとページを捲る。
おっ、女神について書いてあるじゃない!ふーん。戦いの女神なんだ。好戦的な女神様なのね。慈愛とかかと思ってわ。太陽神は豊穣の神様なのか...。
借りた書物には、女神の声や太陽神の声を聞いた人物などは記されていなかった。
うーん。私が女神の声を聞いたと言っても、無視されるか頭がおかしいと思われるのがオチよね。
王族が金の髪なのは、太陽神の加護があるからなのね...。但し、全ての王族が金髪なわけでな無いと...公爵家など、王族の血が入っていた所は、まあ、金髪もありえるのね...。王様って、決まった所の貴族との婚姻が多いんだ...。
思ったより、有益な情報の数々にエミリーの頬が緩む。
血筋と家紋が優先される世の中、その中で身代わりと成り替わりも存在すると記されている。まあ、それには、こまかな条件が色々あるみたいだけど....
女神様のお導きはこれだったのね...合法的な成り替わり。
はあ、法律も学ばなきゃならないじゃない!後、この地を去った国についてももっと詳しく調べなきゃ!
王太子と仲良くなる方法が見つからない。今は謹慎中だし侍女の道は断たれた。残るは、この屋敷の掌握と王妃様に気に入られて、彼女の駒になること...マリアンヌより、私を選んで貰わなきゃならないわ。
後で聞いた話によると、マリアンヌのドレスの変更を侍女が知ったのは前日だったらしい。当初は王太子とマリアンヌの婚約発表だけだったのが、大公殿下の婚姻発表も一緒に執り行なう為、装いの格を合わせたと侍女が言っていた。
確かに、ツェツェリアのドレスは煌びやかで豪華な作りだったわね...。侍女がエミリーに伝える時間も無かったそうだ。確かに、エミリーは王宮侍女の件で公爵に叱咤され、それどころではなかった。
はあ、女神様の意向に背いて、良かれと思い先走ったのがいけなかったのかしら?
ドレスはそれなりに揃えて貰えるのに、本は自由に読むことが出来ないなんでどんな基準よ!マリアンヌは自由に書斎に出入りしているのに、私は閲覧する本を選ぶ権利すらないなんて!
はあ、取り敢えず、王妃様と会うにはどうしたら良いかしら?ああそういえば、エラが来るのよね?王妃様がスパイとして送り込むメイドを連れて。まずは、そのメイドを味方にすることが先決ね...。
コンコンと音がして、メイドがそっと入って来た。
「どうしたの?」
心配した顔を作り、尋ねると案の定泣き出した。話の内容はマリアンヌの乳母に叱咤され、鞭打ちされたというものだった。よく見ると、足にいく筋のアザがある。エミリーは急いで塗り薬をメイドに塗ってやりながら、そうなった経緯を詳細に尋ねる。マリアンヌの一番の理解者である乳母を、その地位から引きずり下ろす為だ。
「辛かったわね」
と、乳母を責めるでもなく、メイドの失敗を嗜めるでもなく、ただ聞き役に徹する。乳母は迂闊な所があり、よく調べもせずに罰を下すことがある。濡れ衣案件もあるのだ。歳のせいもあり、少し頑固なになってきている。もとからの厳しい性格も影響しているのだろう。もう少し、その事案が貯まれば、追い出すことも可能だ。
ヒクヒクと泣き噦るメイドを宥め、高く良く効く薬を小分けしてやる。これくらいの傷なら、一週間もすれば治るだろう。まあ、貴族が使うこの薬があればだけど...。
「御免なさいね。私にもう少し力があればいいだけど...」
お決まりの台詞で〆ると、メイドははんなりと笑って、そうなるように微力ながらお手伝いしますね。と言って、部屋から出て行った。
そろそろ、乳母を追い出すには良き頃合いよね?その為の舞台を整えなきゃ、言い逃れができなくてマリアンヌが庇いだてできない状態。
うーん。王宮侍女エマが来る日がいいわ。確か、城から騎士も来るし、王妃のメイドも来る。そうとなれば、色々仕込みが肝心ね。




