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教会 【エミリー視点】

「仰っていたことと違うじゃないですか?ツェツェリアは死んでいないし!だれも、私に関心を持たない!この前の夜会の主人公は、ツェツェリア・デア・ディーンとマリアンヌだったじゃないですか!」


 エミリーは婚約者お披露目のパーティーでの出来事を思い出して、苛立ちを女神像へとぶち撒ける。ツェツェリアへ向ける大公殿下のあの甘やかな視線を思い出して、沸々と怒りが込み上げてくる。


 本来なら、王太子の婚約者は、マリアンヌなのか、私なのかと会場が騒めくはずだった。なぜなら、私とマリアンヌのドレスのデザインが両方とも、殿下の服装とついになるものだからだ。だから、マリアンヌが婚約者と発表されても、それと同時に私も候補ではないかと囁かれるようになる。


 マリアンヌでは無く、ルーズベルトの家門の令嬢が婚約者と印象付くはずだったのだ。マリアンヌの方が産まれが良いため、マリアンヌを王太子殿下がエスコートしたと思わせれば、それで上出来だった。私がスペアであり、マリアンヌが拒んだり、王太子が私を選べば私がなる変わるかもしれない…そんな僅かな綻びで良かった。


 だが、マリアンヌが着ていたドレスは、彼女の侍女を通じて聞いていた清楚で落ち着いたデザインものでは無く、豪華で華やかなものだった。光沢のあるブルーの生地に金糸で刺繍の施されいた。その上、王太子はそのドレスと同じ生地を一部使った礼服を身に纏っていた。


 その上、セザールからは冷ややかな目で見られ、ツェツェリアへの謝罪をさせられた。父である公爵に無理を言って連れて行って貰ったのに散々な結果だったのだ。パーティーの前日の叱咤も相まって、公爵は怒り心頭だ。公爵夫人の体面を気にして、私を歳の離れた後妻として売り飛ばしたりはしないが、どこぞの男爵家や騎士から求婚があれば即刻纏めかねない勢いだ。


 寂れた教会で壇上にある女神像の正面で跪き、エミリーは女神へ約束が違うと訴えかける。割れたステンドグラスの隙間から、太陽光が降り注ぎ、女神像を金色に照らしていた。


「仰いましたよね。ツェツェリアを愛したセザール殿下は、彼女に似た私に恋をすると…。ああ、そっか、ツェツェリアが死んでないから…。なら、なぜ、ツェツェリアは死ななかったのですか?二度も死にかけているのに…。両方助かるなんて…、彼女が死ぬことが女神である貴女様の意志なのでしょう?」


 シーンと静まり返った埃っぽい空間の中、エミリーの声だけが響き渡る。


『選ばれし乙女よ、其方は過ちを犯した。それゆえ、其方の進む道は険しく困難なものになろう。まずは、王子の心を手に入れよ。さすれば、閉ざされた道が再び開けよう』


 サーっと暖かな光がエミリーへと降り注ぎ、エミリーの耳に糖蜜のような声が流れ込んできた。


「女神様、ありがとう御座います」


 エミリーは不敵な笑みを浮かべると、立ち上がり、ワンピースの埃を払って教会の出口へと急ぐと、真鍮の黒ずみと錆びが目立つドアノブへと手を掛けた。長年手入れをされていないせいで、たてつけが悪くなったドアが軋むように開く。


 女神の指示では、ツェツェリアが死ぬまで、身を潜めていなければならなかった。私の失態は、ツェツェリアが死ぬ前に表舞台に出たこと。


 でも、16歳になれば婚姻するのが普通の世の中、20歳の私は既に行き遅れの部類!もう、いっときの猶予すらないの。いつになるかわからないのに、婚姻を急かす女主人のいるあの家で、流暢にあの女の死を待ってられなかったのよ!


 あの屋敷で、少しづつ使用人達の心を掴む努力をしている。使用人達の同情を買い憐憫を誘う。メイド達の声に耳を傾けて、気さくに接する。マリアンヌやジャネットにキツく叱られているメイドをみたら、愚痴を聞き庇ってやる。出来ることは全てやっているのに靡く者が少ないが、着実に味方は増えてる。


 メイド長や執事、家令は依然として、ジャネットを盲信しているが、その分、彼らに少なからず反感のある下の者達の心は掴みやすい。2バイエルの価値は、それで苦しんだ者にしかわからないもの。


 2バイエル、パンが10個買える金額だ。ここの若い下女下男の1日の給料がその2バイエル。マリアンヌやジャネットは平気で、彼らが一生口にすることの出来ない料理に口さえも付けず、『食欲が無いわ』の一言で残す。

 

 その一皿分のお金があれば、彼らの家族は飢えからから解放されるというのに、その料理はゴミ箱へと消える。それを日々目の当たりにしている彼らを、ほんの少し刺激してやればいい。それだけで、私の味方になってくれる。手持ちの銅貨をごくたまに一枚、『御免なさいね。私は公女ではなく、公爵家のお荷物だから貴方達にこれくらいしか報いてやることが出来なくて…』と、言葉を添えて恵んでやれば完璧だ。


 少しづつ、あの家の主人から、私へ忠誠心を移行させればいい。その、2バイエルも、私からの銅貨もルーズベルト家から出ているお金と気付かせないように…。


 なんとしても、ルーズベルト家の養女という身分を手にいれなければならなければならない。それと、王太子の心を手に入れなきゃ。それと、何より重要なのが、『月の石』『世界樹の枝』『人魚の涙』を手に入れること…。


 公爵夫人が亡くなれば、お父様の手続きで簡単に養女になれると思っていたのに、まさか、ルーズベルト家の血が入った者がその手続きをする必要があるなんて!今、公爵夫人が亡くなったら、その権限はジャネットとマリアンヌに移る。


 マリアンヌはジャネットの言いなりで、私を『お姉様』と口では呼んでいるけど、姉だなんてひとつまみくらいも思っていない。ジャネットは私とお父様を毛嫌いしているし!夫人が死ねば追い出す為に画策しそうだわ!


 軋むドアを開けると、陽の光が一斉にエミリーに降り注いだ。目の前には荒れ果てた教会の入口を通りから隠すかのように、大きな楠木が聳え立っている。実際に、入口から木までの距離はそれなりにあるのがだが、巨木があまりにも壮大であるため教会の入口が通りからだと全く見えないのだ。


 樹齢、千年はとうに超えたであろう巨木は、教会のご神木とは言い難い禍々しい出立をしている。節くれだった枝を伸ばし、その体には、苔とシダが生えていた。中程には大きなうろができ、腐っている部分もあるが青々とした葉を茂らせ、生命力の強さを見せつけているようだ。根は泥から浮き出てまるで、何十の蛇が這い回っているように見えてた。木の根により、石畳は盛り上がり、気を付けなければ足を取られ転びそうになる。


 いつ見ても、気味が悪い木ね。なぜ、女神様のお告げはこの教会でしか聞けないのかしら?こんな廃墟でなく、街の大聖堂で聞けたら良かったのに…。そうしたら、私はきっと、聖女として崇められるわ。


 エミリーがこの教会を訪れたのは偶然だった。この前の道で、たまたま、エミリーの乗った馬車の車輪が外れてたうえに、雨が降って来たのだ。御者は馬車から馬を外し、他の馬車を手配に行った。エミリーは仕方なくこの教会で雨宿りを余儀なくされたのだ。その時、エミリーは初めて女神様のお告げを耳にした。


 それから、人目を避けては幾度となくここを訪れた。実は自分が庶民ではなく、貴族だということも女神から聞かされた。女神様の助言通り、母の反対を押し切り修道院を飛び出してディーン公爵家へ押しかけた。公爵家の目の前で父の子であるとぶち撒けると、女主人は眉を顰めて屋敷へ入れてくれた。


 客人というよりは、公爵家の厄介者という形で迎え入れられ、婚姻するまで置いて貰えることになった。


 母とお父様を許せない気持ちはあるが、私の生い立ちと境遇を考えた末の、ルーズベルト公爵夫人の施しなのだろう。公明正大な方だという評判は伊達ではなかったわね。冷遇はされないし、最低限の面倒はみて貰えているのだから、良い方なんでしょうね。男の見る目は無さそうだけど。


 エミリーは青々と葉を茂らせる巨木に目を向ける。一瞬、木の影が動いたような気がした。


「だ、だれかいるの?」


 木の背後から、神父の服を纏った白銀の髪の男性がぬっと現れた。顔は髪で覆い隠されていて、その表情はわからない。背が高く痩せ方なのはみてとれた。手には白い手袋をし、衿の詰まった神父の服装の為、彼が若いのか年老いているのか推し量るのは難しい。微かに見えた顎のラインから、若いのでは?と伺えた。


「こんな寂れた教会になんの御用ですか?レディー」


 ゆったりとしたテノールが静寂の中に響き渡る。


「あ、貴方こそ」


 しどろもどろになりながら、エミリーは質問で返した。


「ふふふ、私はこの教会の神父ですよ」


 男は本当とも嘘とも取れるような口調で、さも楽しそうにそう告げる。表情の窺えぬその男に、エミリーは薄気味悪さを感じ、急いでその場を離れようと試みる。


「そ、そうなんですか?神父様。私は、そう、女神像を見に来たんです!ほら、女神像のある教会は珍しいじゃないですか?」


 信じ難い話だけど、万が一、彼がここ神父だったら、私がまた、ここを訪れてもいいような理由を言わなきゃだよね!ここに来るのはこれっきりじゃないから…。来た時に怪しまれないようにしないと!


「女神像を見にいらしたのですか…。確かに、女神像が祀られている教会はこの国でここだけです。確かに、珍しいとお感じになっても不思議ではありませんね」


 何処となく小馬鹿にするような、なんとなく安心したような雰囲気を醸し出し、神父はクスリと笑った。


「えっ、女神像が祀られている教会はここしか無いの?」


 驚くエミリーを諭すように、神父はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「そうですよ、レディー。ですから、女神像を見にこの教会へ来たことを誰にも言ってはなりませんよ?わかりますね?」


 エミリーはコクコクと何度も頷く。


「宜しい。さ、早くお戻りなさい。もう、ここへは来てはなりませんよ」


 神父の言葉にエミリーは慌てて、教会から立ち去った。


 はは、良かった、誰にも言わなくて。バレたら好奇な目で見られるわね。だから、女神は私に自分の声が聞こえることを話すなと言ったのね。


 あの教会の神父を名乗る彼は、一体何者なの?教会の荒れ具合からいって、誰かが手入れしている雰囲気は無い。だからといって、彼が教会の主でないという保証は無いんだけど…。あそこに立ち入る必要がある以上、いずれにしろ、用心するに越したことはないわね。


 女神像についても調べる必要があるわね。


 エミリーは貴族として、ちゃんとした教育を受けていない。それは、不貞の末に出来た子として育ったからだ。エミリーは教会で産まれ、ルーズベルト家に来るまで母と共に教会で過ごしたからだ。


 エミリーは始めて、無学なことを悔いた。学ぶ機会は修道院にいてもあったのだ。他の孤児達とは違い、エミリーには学習の時間が設けられていた。但し、それは本人が拒まなければという条件下での話だ。一応、学校にも通わせて貰っていた。商家の子息や下級貴族が通う私塾のようなものだが...。だけど、学習が楽しくないエミリーは、勉強に身が入らなかった。何故、学習するのか、その目的が分からなかったからだ。

 

 生活に直結する読み書きや、計算はそれなりに頑張ったと自負している。だが、歴史や宗教などはてんで興味が湧かなかった。


 はあ、歴史や宗教の授業も真面目に頑張れば良かったわ。はあ、せめて、ノートくらいとっておけばよかった。公爵夫人に頼んで、本を借りなきゃならないじゃない。


 本は貴重で、簡単には手に入らない。そもそも、紙が高級品だ。印刷技術もさほど発展しておらず、基本的には自分で書き写す。需要の高いものであれば、鏡文字を書く職人が文字を書き、それを板に写して彫刻刀で彫り、インクを塗って押す印刷方法だ。1ページを作成するのもかなりの時間を要し、熟練者を要する為、本の値段が高いのも無理は無い。


 旅人達は、紙は手に入らないので、皮に版画された地図を買い求めるのか普通だ。それも、良き値段がして...

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