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夜会 3


「殿下、ご機嫌麗しゅうございます。ツェツェリア嬢、体調はどうだね?」


 白髪の初老がにこにこと、話しかけて来た。いつぞや、ツェツェリアが溺れた際に、診てくれた老人だ。


「師匠、いらしておいででしたか?」


「先日は大変お世話になりました。あの時はちゃんと、お礼も申し上げれませんで...」


 ツェツェリアとセザールが席を立ち上がると、老人はにこにこと、ツェツェリへ手を伸ばす。


「セザール、御令嬢をお借りできるかの?お前も、挨拶する相手がいるであろう?」


 ああ、私が側にいると拙い方がいらっしゃるのね?


 ツェツェリアはセザールの顔色を伺うと、セザールは苦虫を噛み潰したような顔をした後、ツェツェリアに老師の手を取るように視線で促した。


「師、ツェツェリアを宜しく頼みます」


「ふおふおふお、さ、婚約者の許可も得たことだじ、レディー、私の連れをご紹介致しましょう。皆、レディーのお祖父様と縁の深い者達じゃ。中々、こうして、集まることもない故、良き機会じゃろて」


 老師はそう言うと、ツェツェリアをエスコートして、食事の置いてあるテーブルの方へとゆったりと足を進めた。


 お祖父様が生前懇意にされていた方々に会えるのね。


 老師の言葉は、ツェツェリアの胸を高鳴らせる。


 老師に連れてこられた先は、年配の第一線を退いた者の集まりだった。そして、彼らがこの国の重鎮達であることは、容易に想像できた。なぜならば、一番良きソファーの席に陣取り、我が者顔で寛いでいても、誰もそれに眉を潜めたりせず、彼らの機嫌を損ねぬようにその周りには、人が集まっていないのだ。その中に、白銀の髪を持つ、一際目を惹く貴公子の姿があった。


「ツェツェリア嬢、ここにおるのは、第一線を退いた老いぼれ達だ。皆、わしと同じで頑固でひねくれておるが、皆、気の良い奴等だら、話し相手になってやってくれ」


 老師に紹介されて、ソファーに寛ぎ酒を嗜んでいた面々が、ツェツェリアへと話しかけて来た。皆、領地へ引き篭もったり、海外を放浪したりと、気ままな生活をして過ごしているらしい。


「ディーン令嬢、其方の弟君の病気だが、それに似た症状が沢山見られる村を見つけてな...」


 一人の厳つい気難しそうな雰囲気のこの場に相応しくない、よく日焼けした老人が、ツェツェリアへ話かける。彼は、元軍人で、ディーン子爵の下で軍を纏めていた人物の一人らしい。戦争で左腕を痛めてから、一線を退き放浪の旅に出ている元騎士らしい。生家が侯爵家だから、今日のお披露目に参加できたと楽しそうに笑っていた。


「その村では、その病気は治っていたのですか?」


「ああ、だから、この老師に一緒に行きその治療法を習得して欲しいと頼みに、この夜会に参加したのだ。俺は本来、このような場は好まぬ」


 ツェツェリアが老師へ目を向けると、老師はゆっくりと頷いた。


 ああ、この方々は私達姉弟をこんなにも気にかけてくださっていらっしゃる。


 胸が温かくなり、ツェツェリアの頬に涙が伝う。


 サッと、麗しい貴公子がハンカチでツェツェリアの涙を抑えた。


「御令嬢、ここで涙を零されるのは...」


 はっ、そうだわ、いらない誤解をうむ原因になりかねない。


 ツェツェリアは慌てて、気をひき締める。


「老師、そろそろ、私も令嬢へご紹介下さい」


 はんなりと穏やかな笑みを浮かべて、忘れないで欲しいと、老師へ貴公子が不満を漏らす。


「おお、そうじゃった。すまんすまん、ツェツェリア嬢、こちらが、其方を助けたルーディ・ヒューゴ・ナッツ殿じゃ。其方を紹介して欲しいと頼まれての」


「ルーディ・ヒューゴ・ナッツと申します。以後、お見知りおきを」


 ツェツェリアの手を取り、その甲に恭しく口付けを落とす。


「まあ、貴方があの伝説のルーディ様ですのね。その節は私の命を助けてくださりありがとうございました。どう、お礼をして良いものやら、残念ながら、我が家はさほど裕福ではございませんが、私に出来ることであれば、なんなりと仰って下さい」


 ツェツェリアの言葉に、ルーディは驚いた様子だったが、その美しい顔を嬉しそうに綻ばせる。


「私にできること…ですか。御令嬢、そのような言葉、決して口に出してはなりませんよ?私が理不尽な要求をしたらどうなさるおつもりだったのですか?例えば、そうですね…貴女との婚姻とか?」


 クスクスと楽しそうに笑いながら、ルーディは冗談めかして、ツェツェリアへ問う。


「貴方ほどのお方なら、引くて数多でございましょう?私のような貧乏子爵の娘など、なんの価値もございませんわ」


「まったく、貴女はご自分の価値にお気付きにならないのですね?あの、大公ですら惚れ込む美貌の持ち主だというのに」


 セザール殿下が私と婚約したのは、命がかかってるからよ!決して私に惚れたとかではないわ!


「そのような…、私など婚期すら逃した行き遅れです。ルーディ様の買い被りですわ」


「ふふふ、私が先に貴女を見つけ出すべきでしたね。相手が大公殿下では競うにしても、武が悪すぎる。ただし、貴女が大公殿下の元を去り、私と来てくださるのなら、全力で手を貸しますよ?」


 ルーディは他には聞こえないよにこっそりと、ツェツェリアへ囁いた。


「エッ」


 驚いた顔をしたツェツェリアへ、ルーディは優しく笑うと、侍女からドリンクを受け取る。


「そうですね、お礼は今度会う時まで考えておきます。また、すぐに会えるでしょうから?」


「はい」


 そう、当たり障りなく返すツェツェリアに目的は果たしたとばかりに、ドリンクを飲み干すと、軽くウインクをした。


「ては、私はそろそろ退散致しますね。このままここへ留まるのは、宜しく無さそうだ。老師、今日は私の我儘を叶えてくださり、ありがとうございましたございました。では、失礼致します」


 サッとお辞儀をすると、ルーディは流れるように会場を後にした。その後ろ姿を見送っていると、後から、不機嫌な声が聞こえる。


「おい、今、話していたのは誰だ?」


 ツェツェリアがビックと体を震わせ、恐る恐る振り返ると、そこには、あからさまに機嫌の悪いセザールの姿があった。


「海の貴公子、ルーディ・ヒューゴ・ナッツ様です。前日のお礼を申し上げておりました」


 私が何かしました?もう、なんでこんなに怒ってるのよ!あゝもう、地雷が全くわからないわ。


「ああ、ツェツェ、君を助けた奴か、で、その見返りに何か要求されたのか?」


 不機嫌を隠そうとともせず、老師を睨みつけると、当たり前のようにツェツェリアの腰へと手を回す。


「いえ、今度会った時までに、考えておくと...、我が家には満足にお礼できる財産もございませんし...、そう伝えたので、過度な要求はないと思いますわ」


 しどろもどろに言い訳がましく、セザールに説明する自分にツェツェリアに、セザールの周りの気温がどんどん下がってゆく。


「わかった、奴への謝礼は俺がしておく、だから、もう、一切会う必要はないな?」


 有無を言わせぬ物言いに、ツェツェリアの不満が噴き出す。


 助けて貰ったのは、私よ?何故、セザール殿下が謝礼を?


「師匠。その、なんとかって野郎には船を、そうだな、マリアントア号を謝礼として贈ると伝えてくれ、それが気に食わなきゃ、マリアアトラス号でも良いと言ってくれ!貿易を生業としてるんだ、金塊より、船の方が何かと都合が良かろう?」


 マリアントア号?この国で5本の指に入る軍艦じゃない?マリアアトラス号は、他国から送られたという豪華客船!それを謝礼として贈ると言うの?信じられない!


「ふおふおふお、また、大きくでたな小童、だが、先方はそんなものより、ツェツェリア嬢とのデートを所望するかもしれんぞ?」


 セザールの怒りなどどこ吹く風で、老師はニタニタと人の悪い笑みを口元に貼り付けて、さも、楽しそうにセザールを仰見ている。老師の言葉にセザールの周りの温度がまたいちだんと下がった。


「ふん、そうならんように、相手を丸め込むのが老師の役目では無いか?礼の請求など俺にすれば良いものを、わざわざツェツェリアに引き合わせたのだから!」


「まったく狭量な。だから、小童なんじゃ!まったく、図体ばかりでかくなりおって、幼児がお気に入りのものを他人に見せるのも、触らせるのも嫌がるのと同じじゃわい。しかし、謝礼が船とは、大きくでたのぉ」


 怒鳴りつけるセザールをもともせず、一層揶揄うように老師は煽る。


 船は貴重なものだ。そして、セザールが提示した船はどれも素晴らしいもので、小国であれば、国家予算なみの代物なのだ。


「セザール様、そ、それはなりません。婚約者とはいえ、助けて頂いたのは私です。私がお礼をするべきですわ」


 慌てて止めるツェツェリアを、鋭い眼光でひと睨みして黙らせると、その腰を支える手に力を込めた。


 黙れというとね。そこに私の意志は存在しないと...


「ふむ。だが、先方はそんな礼は望んではおらんと思うぞ?例えば、彼がツェツェリア嬢と一日過ごすことを礼に求めたら、どうするつもりだ?それを断り、船で手を打てとごり押しするつもりか?」


「はっ、当然じゃないか!ツェツェは私の命なんだぞ?ツェツェと一日過ごす方が船より高いわ!」


 平然とそう公言するセザールに、それが耳に入ったであろう貴族達が顔を赤らめる。


 そうよね、事情を知らない方々にとっては、熱烈な口説き文句だわ。でも、本来はその言葉通りなんだけど...私の命イコール、セザール殿下のお命。私の身の安全を何よりご心配なさっての発言。なんの甘さもない、契約の関係...

 

 周りからの生温かい視線に居た堪れず、ツェツェリアは下を向く。その顔色は、恥ずかしさに赤く染まったものではなく、居心地の悪さに青白くなっていた。


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