夜会 1
大公であるセザールにエスコートされ、王族と共にパーティーホールに入場したツェツェリアの緊張は最高潮に達していた。
竣工パーティーで社交界デビューを果たしたツェツェリアにとって、この夜会は人生で実質2回目だ。それなのに、全貴族の視線が王に注がれる中、王族であるセザールの横で王夫妻の一歩後に立ち、王の話を聞くという状況なのだから無理も無い。
「諸君、今宵はよく集まってくれた。諸君に良き知らせがある。我が弟であるセザールとディーン子爵家の娘であるツェツェリア・デール・ディーンの婚約。そして、息子であるルーディハルトとルーズベルト公爵家のマリアンヌ・クライネット・ルーズベルトの婚約をここに発表する」
会場中に王の言葉が響き渡ると、貴族達が騒めきたった。と、同時に、貴族達の好奇と羨望、そして嫉妬が入り混じった視線が壇上のツェツェリアへ注がれる。
覚悟していたとはいえ、居心地が悪いわ。陛下のあの言葉で、沢山の人が一気に敵になったようだわ…。セザール様と婚約して、お金の心配は無くなったのは有難いけど…。命の危険と、周りの風当たりが厳しくなり、気分は沈むばかりだわ。
「さあ、ツェツェリア。ファーストダンスだ」
この夜会は、セザールの為に開かれた夜会だ。彼が栄誉あるファーストダンスを務める。そうなれば、パートナーは必然的にツェツェリアだ。
ガクガクと震えそうになる脚を叱咤して、ツェツェリアはホールの真ん中へと歩み出た。嘲笑うような表情を浮かべる夫人達、値踏みするような紳士らあからさまな悪意を隠そうともしない令嬢達、そのどれもがツェツェリアを不安に陥れる。
「大丈夫だ。今度は守ってやる」
セザールが優しくツェツェリアの耳元で囁く。ツェツェリアはなんとかダンスを踊りきり、中央から掃けようとしたとき、口元に下卑た笑いを浮かべた紳士が、ツェツェリアの前に立つと手を差し出した。
「御令嬢、一曲お相手願えませんか?」
「それは、御遠慮願いたい。俺は嫉妬深いんでね」
「ヒッ」
セザールに睨まれ、紳士は顔を青くすると、慌てて逃げるように立ち去った。周りの者達はセザールの言葉に驚いた様子で顔を見合わせる。ツェツェリアに対する視線が、好意的とまでは行かないが軟化したようだった。
「さあ、ツェツェ、喉が渇いただろ?俺も喉が渇いた。飲み物でも貰いに行こう。君は、チェリー酒が好きだったね?」
セザールはまるで最愛の女性にでも接するように、腰に手を回し宝物のように二人掛けのソファーまでエスコートすると、そこにツェツェリアに座るように促し、自分も横に腰を下ろした。
「飲み物はよかったのですか?」
「ああ、また、この前のような事があったら堪らない。ウエイターが近くに来たら頼めばいい」
長くすらっと伸びた脚を組み、背凭れに身体を預けるとセザールはツェツェリアの肩に腕を回す。
ここは室内だから、バルコニーへ行かない限りは安全なはず、まあ、私が死ねばご自分の命も危ういから、用心するにこしたことはないのよね…。ディーン家を襲撃した黒幕もわかっていないから…。私が死ねばセザール様の命が無いとバレないようにする為に、こうして、寄り添っているのも、セザール様が私を見染めたという設定の為ですし…。
「あの、大公殿下、一曲踊って下さい」
可愛らしい令嬢が頬を染めもじもじしながら、セザールをダンスに誘う。まるで、ツェツェリアなど存在していないかのように。
「済まないが、今後、婚約者以外とは踊らないつもりなんだ」
セザールの言葉に、令嬢は瞳に涙を浮かべてツェツェリアをキリッと睨んだ。
「武を弁えて下さい。殿下を独り占めしないでくださいまし。大公妃になられるのなら、もう少し寛容であるべきですわ」
令嬢はツェツェリアが我儘を言って、セザールが他の者と踊れないとでも言うように、声高々に周りの視線を集めた。
最低!セザールにこの令嬢と踊るように言わなければ、まるで私が嫉妬深い悪女じゃない!
「なら、君と踊っている間、ツェツェが他の者と踊ったら君は責任を取れるのかい?俺がそばにいても誘われるんだ。一人にしたら、すぐに他の男が寄って来るに決まっているだろ?」
セザールの言葉にツェツェリアは何が起こったのかわからず、ビックリして大きな目を更に大きく見開きセザールを見つめてしまった。声を掛けてきた令嬢も同じようで、口を金魚のようにパクパクとするばかりで、言葉が出てこない。
聞き耳を立てていた貴族達は、令嬢を気の毒そうに眺めるばかりだ。令嬢の連れであろう、紳士がセザールに礼をすると、さっさと令嬢の腕を引きその場から立ち去った。その後は何事もなかったかのように皆、思い思いに夜会を楽しみだした。
「良かったのですか?」
彼女の面子は丸潰れですけど…。
「ああ、あそこで俺がダンスに応じれば、この前の二の前になりかねないからな」
セザールの言葉に背筋が凍る。
それ程、自分は命を狙われる存在になったのね。確かに、安全であろうホワイト宮にいる時さえ、セザールの側から離れることを許されないのだから、パーティーホールなど、どこかに連れ込まれれば、私を殺すことなど赤子の手を捻るようなものなのかもしれないわね。
「わかりました。今日はずっとそばに居ます」
お手を煩わせないように!
セザールは少し驚いたような顔をしたが、ツェツェリアの顔を見ると機嫌良さげに口角を上げた。
正解ってことね。ここ最近わかって来たわ。いつも仏頂面をして、カロを怒鳴り散らしているけと、機嫌が良ければ口元が緩むのよ。だから、カロは怒鳴られても口元が緩んでいれば、全く気にせず軽口をたたくのよね。
「大公殿下、ご無沙汰しております。これは、ディーン嬢ははじめましてだね?殿下、ご紹介願えますか?」
口髭を蓄え、髪をきれいに後ろに撫でつけた柔らかな人相の男性が、セザールに声をかけて来た。横には、ツェツェリアにどことなく顔付きの似た、ピンクプラチナブロンドの髪と蜂蜜色の瞳を持った令嬢を連れている。髪と目の色のせいか、ツェツェリアより柔なか雰囲気を纏っていた。
「久しぶりだな、公爵。ツェツェ、彼はルーズベルト公爵、前王妃様の妹君の夫だ」
ツェツェリアが立ちあがろうとするのをセザールが制した為、ツェツェリアは仕方なく座ったまま頭を下げたが、公爵は気にする風でも無い。
「はじめまして、ディーン子爵の姉、ツェツェリアでございます」
公爵様に対して、席も立たずに挨拶するだなんて、失礼だわ。でも、大公であるセザールに制されては、立つことなんて出来ないし…。
「ディーン嬢、よろしく。さて、殿下、我娘を紹介させてもらえませんかな。コレは、私の娘でエミリーです。ディーン嬢とは歳が近い、良い話し相手になれるでしょうな」
エミリー…。あっ、どこかで見た事があると思ったら、
王妃様に付けていただいた見習い侍女だわ。その初日、ご紹介頂いたときしか、顔を合わせていないから忘れていたけど…。後は、出勤せずにクビになった方ですし…。公爵様はご存知ないのかしら?
にこにこ娘を紹介する公爵に、ツェツェリアはなんとも言えない気まずさを感じつつ、そっと視線を向けた。しかし、エミリーはセザールに釘付けで、公爵の言葉など耳に届いていない様子だった。
「ルーズベルト公爵の娘。エミリーでございます」




