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ブルボーヌ家のパーティー 2

 全身に鈍い痛みと、異常な寒さ、そして、猛烈な吐き気を感じ、ツェツェリアは意識をとりもどした。


 ああ、助かった?ベッドに寝かされている?装備具は無事かしら?王妃様にお借りしたものなのに…!


 ツェツェリアは命が助かったと同時に、あの値段の予想もできない高価な装備具の所在が心配になった。


「そう、心配するな、もう大丈夫じゃろう。だだ、首を強く打った恐れがある。暫く様子を見た方が良いな。まだ、唇が真っ青じゃ。温石を絶やすで無いぞ。意識が戻ったら薬湯を飲ますが良い」


 年配の男性の声が聞こえる。お医者様かしら?


 ツェツェリアは重い瞼をゆっくりと開けた。目の前には快活そうな頭の真っ白な老人と、セザールの姿が見えた。ここが、最初に案内されたキャビンだと気がつく。


「おお、気がついたか、どうじゃ気分は?まだ吐き気がするかの?」


 起きあがろうとするツェツェリアを老齢の男性は、手で諌め、優しい口調で尋ねた。


「はい、少し。あ、あの、貴方は?」


「そうか、そうか、水をだいぶ飲んでおったからな。吐かせはしたが、まだ、気持ち悪かろう。ワシか、ワシは此奴の師の一人じゃ。其方のお祖父である将軍と縁のある者の一人だ」


 お祖父様の知人なのね。


「診察して下さり、ありがとうございます。あの、誰が助けて下さったのですか?」


 ツェツェリアの言葉にバツの悪そうなセザールと、ニヤニヤと笑う老人。


「海の貴公子が其方を助けたんじゃよ。此奴も飛び込みはしたが一足遅かったな!小童。まあ、元気になり会うことが有れば礼の一つでも言うがいい」


 海の貴公子、ルーディ・ヒューゴ・ナッツ。存在してたんだ。


「あ、あの、セザール様も有り難うございました。それで、王妃様に借りた装備具は…全て、ございますか?あと、だれが着替えさせて下さったのでしょう?」


 装備具は全て外され、ドレスからラフなワンピースへと着替えさせられていた。


「ああ、ブルボーヌ夫人が侍女に指示をだして着替えさておったで、心配なさんな。ドレスや装備具は、夫人に聞いてみなされ。もう少ししたら、来るじゃろう」


「色々お世話になりまして、なんとお礼を申し上げていいのか…」


 老人は楽しそうに笑い、セザールに視線を向ける。


「フォフォフォ、なあに、此奴からここのクリージングチケットを貰ったで気になさるな」


「チィ、ロイヤルスイートルームを要求しやがって」


 悪態を吐くセザールの頭を叩くと、老人は睨み付けた。


「ふん、お嬢さんが海に落ちたのはお主の責任じゃ。それくらい当然じゃろ!」


 この老人といると、セザールが市井にいるただの悪ガキに見え、ツェツェリアは笑いたくなるのを必死に我慢した。


 私よりだいぶ年上なのに可愛く思えるなんて!


 ノックの音がして、ブルボーヌ夫人が入って来た。ツェツェリアが目を開けているのを見ると、ほっとしたような表情になり、慌てた様子でベッドに駆け寄って来た。


「気が付いたのね、良かったわ。心配したのよ。ああ、まだ唇が真っ青ね。すぐに薬湯を持って来させるわ。ああ、そのままで、起きないでね」


「公爵夫人、せっかくのパーティーで騒ぎを起こしてしまい、申し訳ございません」


 豪華客船の竣工パーティーでの転落事故。醜聞になっていないといいんですけど…。


「貴女が悪いんじゃ無いわ。気にしないでね。まあ、安全面を見直す必要性は出たわね。はあ、それよりも、問題は貴女に掴みかかったあの娘よ。頭が痛いわ」


 ターシャ嬢って、呼ばれていた方よね?


「彼女はどうしているのでしょう?」


「勿論、お帰り頂いたわ。後で正式に抗議をする予定よ。竣工式を台無しにしてくれたんですから!然るべき、責任を取って頂くわ」


 ブルボーヌ夫人は不敵な笑みを浮かべる。


 どんな責任を追求されるのかしら、スタージャ嬢。


「着替えさせて頂いたと伺いました。ありがとうございます。あ、あの、ドレスと装備具は、どうなったのでしょう?」


 装備具の安否がきになり、ツェツェリアが恐る恐る尋ねると、ブルボーヌ夫人は眉をハの字にし、非常に残念そうに話し出した。


「ドレスは諦めて。ルーディ殿が海に置き去りにしたから。髪飾りも海の底よ。ネックレスとイヤリングは無事よ。イヤリングは揉み合った時に落ちたようで、デッキに残っていたわ」


「そうですか」


 王妃様に何て伝えたら…。いくらするのからしら…。弁償できる金額の代物ではないわよね。潜って取ることはできるかしら…。


 ツェツェリアの頭の中は、海の底に沈んだ髪飾りのことでいっぱいだ。


「………、いや、………まずい………」


「…、………、だから、………、で、………。それでいいわね。他の……。仕方ないのよ………。………、でいいわよね、ツェツェリア嬢」


「は、はい」


 ツェツェリアは不意に名前を呼ばれて慌てて返事をした。


「良かったわ。私はパーティーがあるからもう行くわね。先生、参りましょうか」


「おお、そうじゃな。お大事にの。坊主、請求書を送っておくでの」


 そう言い残すと、二人は部屋から出て行くと、椅子の背もたれに身体を預けて、足を組み、顔を手で覆い天上を仰ぎ見ていた。


「クソ、どうしろって、てーんだよ!」


 どうなさったのかしら?ああ、私の所為で、上手予定が運ばなかったのね。いつも忙しそうだもの、お仕事が滞ってしまったのかしら?


「先に帰られますか?」


「もう、遅い。出航した!」


 ツェツェリアが言葉を発しようとした時、ノックの音がした。キャビン・アテンダントが夕食と薬湯を運んで来たのだ。キャビン・アテンダントが夕食のセッティングをし、薬湯をベッドサイドのローテブルに置いて出て行った後、なんともいえない沈黙が部屋を支配した。


「「あの、」」


 二人の声が重なる。譲り合う雰囲気の中、ツェツェリアが声を発した。


「夕食、食べませんか?温かいうちに…」


「ああ、そうだな。先に薬湯を飲め、先生がそう言っていた」


 セザールは緩慢な動きで椅子から立ち上がった。


「ほら、薬湯だ。これを飲めば身体が温まるらしい。熱いから気をつけろ」


 素気ない口調とは裏腹に、ツェツェリアが起き上がるのを手助けし、背中にクッションを当て、薬湯を渡すセザールの手つきは優しい。

 

「有り難うございます」


 気遣ってはくれるが、何処となくバツが悪そうな落ち着かない雰囲気のセザールが、子供っぽくってツェツェリアは自然と笑みが溢れる。


「ほら、気を付けろ。歩けるか?」


「はい」


 セザールに支えられ、テーブルまで移動して、なんとも甘酸っぱく気不味い雰囲気の中、二人とも無言で食事を取る。ガチャガチャと言うナイフとフォークの音が静まり返った室内に響いた。


 出航した船。港への到着は明日の昼頃よね。ただでさえ、多い仕事に手を付けれないから、落ちつかないのかしら?今、パーティーホールでは夜会が開かれているのよね…。同じ船内なのに、ここは凄く静かだわ。


「もう、いいのか?」


 手の止まったツェツェリアに、セザールの目が留まる。


「はい、もうお腹いっぱいです」


「ん、なら、寝ろ」


 目線だけで先程のベッドを指すと、セザールはそのまま食事を続ける。


 具合が悪いから、食事が終わるまで待つ必要は無いといいたいのかしら?食べ終わったら、自分の部屋へ戻るわよね。もう、私の心配もいらないし。


 具合が良くないこともあり、ツェツェリアはセザールの申し出を有り難く受け取り、ベッドに入りそのまま瞳を閉じた。

 


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